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セカンド・アース  作者: 九重


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体育祭 17

桃たちは、押されていた。


当然だろう。魏団と呉団が揃って攻め入って来たのだから。

戸塚(許褚)、聖(趙雲)、隼(馬超)の3人が獅子奮迅の勢いで懸命に戦い、明哉たち名士も、それぞれ得意の武器で防戦していたが、圧倒的な数の差で劣勢に追い込まれざるを得ないのが現状だった。


それでもあっという間に崩れないのは、流石と言えるだろう。

蜀団は、攻め入る敵に対して驚異的とも言える粘りを見せていた。


もっとも蜀団が粘れる理由には、魏団と呉団の事情も関与している。

彼らは背後から挟撃してくる利長や串田たちを足止めするために、それぞれ手練れの4〜5騎の駒を背後に残してきているのだった。

しかも両団とも互いへの警戒を解いていない。

蜀を攻めつつ、後方にも側面にも戦力を割いていれば、いくら戦力差があっても攻め切れないのは仕方がないと言えるだろう。


・・・もちろん、そうは言っても蜀が圧倒的に押されている現状は変わりない。


桃たちは、最初に陣を構えた場所から、ジリジリと押されて移動を余儀なくされていた。


「桃、足元に気をつけて!」


「大丈夫です!的盧がしっかりしていてくれるから!」


敗戦の色濃く押しやられる蜀団は、誰もが強張った顔で懸命に戦っている。


その圧倒的不利な様子に、騎馬戦に出なかった蜀団の仲間も、3年一般クラスの生徒も、応援している観客も全員固唾をのんで見守っていた。


特に馬持ちでありながら、今回は参戦しなかった剛や拓斗は、手に汗を握っている。


・・・彼らは、今回は自ら出場を辞退したのであった。


自分たちが実戦の戦力にならないことが参戦しない大きな理由であったが・・・もうひとつ、彼らには他を押しのけてまで、どうしてもこの戦いに出たいと言い出せない理由があった。


彼らは・・・各々の前世の自国と戦う覚悟が、今一つつかなかったのだ。


桃のことが心底気に入って、純粋に好ましいと思う2人だが、自らの主君は誰かと問われれば、どうしても前世において長年仕えてきた孫権や曹操の顔が思い浮かんでしまう。

こんな気持ちのままで参戦しても足を引っ張る事しかできないだろうと2人は判断したのであった。


桃は、気にしないで良いと言ってくれた。

ゆっくりよく考えて、自分の意志でどうするかを決めてくれれば良いのだとも。


その時の桃の深く優しい微笑みが、剛と拓斗の脳裏に蘇る。

苦戦をしている“仲間”を見る。


「頑張れ!」


自然に声が出た。


(もう、少しだ!!)


心の内で2人とも、祈るように応援していた。





「・・・もう少しです。」


明哉の抑えた声が、自陣の中で響く。

桃たちは、その言葉に静かに頷き返す。

耐えて、耐えて、ここまで来た!

もう少しの我慢だ!


「みんな、頑張って!」


「応っ!!」


桃の声援に力をもらいながら、明哉たちは懸命に戦っていた。





「意外に崩れないな。」


圧倒的に押されながらも崩れない蜀団に、仲西は称賛の目を向ける。


「諸葛亮と荀彧がいますから。」


荒岡の言葉は、的を射ていた。

どのような不利な戦いでも、絶対的な安心感を与えられる軍師の存在は大きい。

そんな存在が居れば、必ずなんとかしてくれると、兵たちは信じて戦うことができる。


「それだけでもないだろう?」


「そうですね。・・・蜀には、桃がいます。」


仲西の重ねての問いかけに、荒岡は誰もが強く感じている答えを返す。


そう、もうひとつ蜀団を支える大きな要因は、桃の存在だった。

桃を守るため、桃に勝利を捧げるために、蜀団の武将はひたすらに努力する。

その姿はゴールデンウィークでもしっかり確認した荒岡たちだったのだが、今回の騎馬戦では、それをより強く再認識させられていた。


もちろん、荒岡たち呉の2年生も、己が主君に選んだ人物のため懸命に戦うという姿勢で人後に落ちるつもりなど全くない。

誰もが、仲西のためならば力の限りを尽くす所存でいることなど当たり前だ。


しかし、その覚悟を持つ彼らの目から見ても、蜀団は、どこか違って見えた。


桃が女性だというのも大きな理由なのかもしれないが、蜀団の桃への思いには一途で胸を打たれるような真摯なものがある。


だからこそ荒岡は、いち早く蜀を叩こうと決意したのだった。

この騎馬戦のみならず、最終目標である全校制覇に向けて、何よりも警戒すべきは、魏ではなく蜀だと荒岡には感じられる。


それは、確信と言っても良かった。


その覚悟を持って、この戦いに臨んだのだが・・・


(まあ、とりあえずこの騎馬戦は蜀を制することができたと判断して良いだろう。)


戦況を冷静に分析しつつ、荒岡はそっと息を吐く。


予想外に粘ってはいるものの、この圧倒的な数の差で、もはや蜀には勝ち目はないように見えた。

後は時間の問題だろう。

事実、押された蜀団は、既に敗走と言っても良い状況に陥っている。


(ここからの逆転は、いくら荀彧、諸葛亮を(よう)する蜀団といえど無理だろう。)


最初の呂布と劉表の攻撃こそ手こずったが、その他は案外呆気なかったなと荒岡は振り返った。


改めて思い返せば、あまりに呆気なさ過ぎて、何か裏があるのではないかと勘繰るほどに思える。



(何か、私は見落としているのか?)



疑心暗鬼が過ぎるかと思いながらも、懸念を打ち払えないのは、やはり2人の天才軍師の存在故だろう。


もう一度冷静に戦場を見渡す。


変わらず蜀を押している自軍と、魏軍。

ジリジリと移動して、かなりの距離を動いてしまったなと、その位置を測る。

当初自陣の中央に位置していた蜀団は、大きく左側にその位置を変えていた。



(本当に、随分と動いたものだ。)



このままでは、蜀の陣地を外れて左隣の自分たち呉の陣地に入り込みそうな勢いだった。



「・・・?!」



そこまで、考えて荒岡は瞠目する!!


(なっ?!待て!本当にこのままでは、自陣に入る!?)


慌てて警告を発しようとした瞬間、押されていた蜀団が、堪え切れずに崩れて、一気に敗走を始めた!!


一直線に、呉の陣地へと向かって!!!


「逃がすな!!追えっ!!!」


仲西の大音声の命令が下る!!


「おおお応っっ!!!」


「ダメです!いけません!!」


荒岡の制止の声は、興奮した味方の雄叫びにかき消され、誰の耳にも届かなかった。

仲西を先頭に、呉団は、自陣の中へと蜀団を追って行く!!


当然、魏団も併走していた。


(やられたっ!!)


荒岡は胸の内で慙愧(ざんき)の声を上げる。


自分たちがまんまと嵌められたのだという事を、荒岡は理解したのであった。





それより少し前、相変わらず自分を狙って飛び来るうっとうしい弓矢を躱しながら、城沢は首を捻っていた。


「おかしい・・・」


「どうした?」


先ほどから酷く上機嫌な吉田が問うてくる。


「呆気なさすぎます。確かにうちと呉に同時に攻められて、蜀が押されるのは仕方がないことですが、文若(ぶんじゃく)がいて、この体たらくは変です。」


そう、ごく当たり前の流れで戦況は進んでいくのだが、城沢の目には、この流れはあまりにも当たり前すぎるのだった。


「内山とてオールマイティではないぞ?」


「・・・本気で言っていますか?」


横目でジロリと睨まれて、吉田は肩を竦める。

認めたくはないが、嫌味になるほどオールマイティなのが内山である。


その内山がいて、防戦一方、後退一方の蜀は確かに“おかしい”かもしれなかった。


「かと言って、ここまで追い込まれては、いくら内山といえど、逆転は難しいだろう。このまま俺たちと呉に潰される以外の道があるというのか?」


言われて城沢は真剣に考え込んだ。

確かに、このままでは蜀団の勝ち目はどうあってもないように思える。

少なくとも、蜀団単独では、どうあがいても無理だろう。


(ならば、単独でなければ?)


蜀が呉と密約を結んでいて、ここで協力して自分たちに攻め入ってくるシナリオを考えてみる。


(それは、かなりイヤだな。)


思わず城沢は顔を顰めた。

しかし、すぐに有り得ないだろうとそのシナリオを否定する。

第一ここで自分たちを叩いても、自陣で戦う蜀団は2分の1の得点しか得る事ができない。

呉団にしても通常の得点しか得られないのであれば、自分たちとの協定を破ってまで蜀に味方するメリットは何もないと思われた。


(それくらいなら、2倍になる蜀をこのまま潰した方が”お得”だものな。)


戦闘での損得勘定が染みついている城沢は、自分の考えに自分でうんうんと頷く。



・・・そして、その事実に気づいた。



何時の間にか戦場が、随分と蜀の外れ・・・呉との境界付近に流れてきてしまっていることに。


(え?・・・これって、このまま行くと呉に入ってしまうんじゃないか?)


戦場が呉に入ってしまえば、そこで蜀の武将をいくら打っても2倍にはならない!

2倍になるのは”呉”の方だ!



(まさか!!)



城沢は、その可能性を考え、結果自分の中に浮かび上がった策に唇を噛んだ。



・・・内山は、城沢の計算高い戦い方をよく知っていた。



戦況の動き次第で、城沢がどんな考え方、動き方をするのかを熟知していると言っても過言ではない。


良くも悪くも、城沢と内山は悪友だったのだ。

城沢の考え付くことなど、内山には難無く先読みすることができるだろう。




丁度そのタイミングで、城沢の馬の鞍に1本の矢文が当たって落ちる。


狙い澄ましたようなその矢は、叩き落とすために振るっていた城沢の剣をかいくぐって鞍に当たっており、その事実は本気で狙えば、城沢をいつでも矢で仕留められたのだと主張しているかのようだった。


面白くない思いに渋々拾った文には、内山のなんの面白味もない生真面目な字で、短い文が書かれていた。



『一口乗らないか?』



それは、いかにも城沢の性格をよく知る“文若”らしい文で・・・





その瞬間、計ったようなタイミングで蜀が敗走を始めた!!


一心不乱に逃げて行く彼らの行き先は、当然のように”呉”の陣地で、それを気付かず仲西たちが追走して行く!!



(!!・・・チクショウ!!)



考えるまでもない事だった!


利用されるのは悔しいが、冷静に判断すれば己の取る行動は自ずと決まってくる。



「陛下!!呉を攻めます!!」



城沢の呼びかけに一瞬吉田が目を見開く!

戦場を見渡して・・・ニヤリと笑った。



「良かろう!郭嘉!!采配を許す!!」



「はっ!!・・・全軍!目標変更!!呉の陣地に入ったところで呉団を討つ!!」



「!?・・・応っ!!!」



一瞬の戸惑いがあったものの、優秀な武将たちは、即座に城沢の命に従った。


それと同時に、背後から串田や牧田、利長たちが雪崩を打って駆けつけて来る姿が見えた。


(タイミングを計っていたのか!?)


彼らが今の今まで足止めされていたわけではなく、自ら時を待っていたのだと城沢は知った。



体中から一気に冷や汗が流れる!


自分たちが呉の立場であったらと思えば、体が震えた!!


蜀を追走していた呉団が呉の陣地に入ったところで、逃げていたとばかり思っていた蜀団が反転し、一気に呉に討ちかかる!!


ここで遅れてはならなかった!




「呉を打ち崩せ!!!」




大声で命を下しながら城沢は、蜀の見事な戦略に舌を巻かざるを得なかった。

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