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セカンド・アース  作者: 九重


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体育祭 15

 迫りくる利長たちを迎え撃つ一隊を出した後で、魏団は、とりあえずの拠点をフリー区間に求めて進軍していた。

多少足は遅くなるが、移動の間に戦況を見極め、蜀と呉のどちらを先に攻めるかを決めるつもりでいた。

成ろう事なら蜀と呉が潰し合いをしてくれて、弱ったところを叩きたいと画策する魏である。


「そう、上手くはいかないか。」


目論見が外れた割には、然程(さほど)残念そうでもなく、城沢は呟いた。

元々そんなにすんなりと事が運ぶとは思っていなかったのだ。


なんといっても蜀には、荀彧と諸葛亮がいるのだから・・・


(冗談みたいな組み合わせだよな。)


最強・・・いや、最凶コンビだろうと胸の内でぼやく。


それにしても迷いなく、両軍に対して攻撃をしかけてくる蜀の潔さには呆れた。

呂布や関羽といった並外れた攻撃力を有する故の戦法だろうが・・・


(普通は、自殺行為だものな。)


たった数騎で敵に突っ込んでくるなど、当たり前なら考えられない戦法だった。

そして、本陣の守りは穴だらけだ。

いくら許褚と趙雲、馬超が残っているとはいえ、大将やランクの高い名士たちを守るには、蜀の本陣の戦力は、いささか頼りないと言わざるを得なかった。


(まるで、どうぞ攻めてくださいと言っているみたいだな。)


「・・・どう見る?」


城沢の心を読んだかのように、吉田が質問を投げかけてくる。


「100%罠でしょうね。」


城沢は肩を竦めた。


蜀の策略は見え透いている。

大将や高ランクの将を囮に、守りの薄い本陣へ敵を誘い込み、かかったところで、背後から呂布や関羽たちに急襲させて挟み撃ちにしようという狙いだろう。


「姑息な手を使う。」


「孔明と文若(ぶんじゃく)ですから。」


それで全ての説明になるとでもいうように、城沢は話す。(言うまでもないだろうが、文若とは、荀彧の字である。)


吉田はイヤそうに眉を(ひそ)めた。


しかも、彼らの策は、罠とわかっていても、それにかかりに行かなければならないところが嫌味だった。

この場合、本来対応策は2つある。


1つめの策は、罠なのだから、蜀を無視して呉に攻め入るというものだ。


守りの陣を敷いた蜀は、自らは攻め入って来ない。ならばそんなものは無視して呉を攻めれば良いのである。いくら関羽、呂布などが強いとはいえ、彼らが個人で得る点数はたかがしれている。敵を倒して得た得点が高い団が優勝なのだから、一気に呉を倒し高得点をとればその時点で魏の勝利は決まる。

ただし、この策には難点が2つあった。

1つは、呉がそれほど容易く倒せる相手ではないこと。

そして、2つめは、倒すのに手間取り、魏と呉が互いに潰しあい、疲弊(ひへい)し弱ったところを、蜀に襲われる危険があるということだ。


そんな危険を犯すわけにはいかなかった。


しかし、もう1つの策は、もっと実現する可能性が低かった。


その策とは、挟み撃ちにされないように、予め突出してきた関羽や呂布たちを先に叩くという一見正統派なものなのだが・・・


(まず、無理だろうな。)


城沢は、心の中でため息をついた。


蜀から飛び出した3組の内、魏に攻撃をしかけてきたのは関羽と張飛のいる組だが、個々の戦闘能力の高さに相俟って、今回はその2人に徐庶がついてきている。

徐庶は、曹操が母親を人質にとってまで魏に迎え入れたがった軍師であり、しかも、撃剣(げっけん)と呼ばれる、短剣を用いる飛刀・投剣を基本とした、剣術の使い手でもあった。

関羽、張飛には及ばないながらも、自ら戦える力を持ち、戦況を即座に見てとり、冷静沈着な指示を出す軍師の存在は大きい。

2人を突出させることなく確実にこちらに攻撃を加える徐庶は、城沢には酷く目障りな存在だった。

なにせ、危険と見てとれば、サッと引いていくのである。

深追いした武将が2人犠牲になった時点で、城沢は彼らを追うのを諦めた。

こちらが追わなくなれば、また関羽たちは攻めてくる。


遠目ではあるが、どうやら呉側の呂布たちも同じような戦法で呉を困らせているようだった。

向こうは、呂布と劉表の2人だが・・・


(劉表の指示に従う呂布とか、絶対戦いたくないな。)


こちらの3人と、どっちもどっち。できればどちらもお近づきになりたくない相手だった。

この彼らを討つのは至難の業と言ってよいだろう。


しかもそれほど苦労しても、彼らはCランク。魏の陣地内で倒せば、1人5点しかもらえない敵なのだ。


(やってられないよな・・・)


戦とは損得勘定だ。

戦っても利益の出ない戦いはするべきではない。それは大原則のはずだった。


結局城沢たちに残された道は、罠とわかっていながら蜀に攻め込み、後方から来る敵にも注意を払いつつ蜀を叩くというものしかない。

それでも挟撃されるとわかって対応すれば、充分勝機のある戦いだとはいえ、相手の思惑通りに動くのは業腹(ごうはら)だと思ってしまう城沢だった。



しかも・・・



「何なんだ?あいつら!!」


不機嫌そうに言う城沢は、先刻より、フリー区間から飛来する“矢”を叩き落とし続けていた。

そう今時点で魏団は、蜀から出撃しフリー区間に陣取った、悠人、陸、天吾の組の、弓矢による攻撃の的になっているのであった。


悠人・・・前世の黄忠は、弓矢の名人である。

その腕前は百発百中と言われている。

そして、何故かその矢は、魏団の中でも吉田ではなく城沢を狙っているかのようだった。


「何で、俺を狙っているんだ?」


確実に自分に向かって飛来していると思われる矢(だって、黄忠は百発百中なのだ。)を振り払いながら城沢はぼやく。

確かに軍師を狙うのも作戦の一つとして有りだろうが、同じ場所に大将の吉田がいるのである。どうせ狙うのなら吉田だろう?と城沢は思う。


そういえば・・・と、岩間が手を打った。


「先日廊下で偶然すれ違った時に、黄将軍に呼び止められて、“貞侯は、女性と手を触れるだけで、相手を妊娠させられると聞きましたが本当ですか?”と聞かれたことがあったな。」


貞候とは、郭嘉の諡号である。


「え〜っ!!何だそれ!?」


城沢は、素っ頓狂な声を上げた。


「一応、“今世はわかりません(・・・・・・・・・)が、前世ではそんなことはなかったようです。”と否定しておいたのだが・・・」


「否定していないし!!それっ!!!」


「そうなのか?・・・それで、黄将軍も難しい顔で、“今世はわからないのか。”と考え込んでおられたんだな。」


道理でと言いながら、岩間はうんうんと頷く。

少しの悪気もない岩間である。


城沢は、天を仰いだ。


「ってことは、俺はそんな、いわれのない“誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)”のせいで、今、矢面(やおもて)に立たされているってわけか!?」


冗談じゃない!!と城沢は吠えた。


たまらず吉田が吹き出した!


「自業自得だ。」


吉田は楽しそうに笑った。


(うわさ)の出所が目に浮かぶようだな。」


誰の頭の中にも、不機嫌そうな憂い顔がポン!と頭に浮かんだ。


文若(ぶんじゃく)ぅっ〜!!」


城沢が、地の底から響くような声で唸る。


「!!・・・ってことは、まさか“桃”もこの噂を信じているのか!?」


ハッ!としたように、城沢は目を見開いた。


よもや、こんな根も葉もない噂(双葉くらいはあるかもしれない?)を高校1年生女子が信じるはずがないと思いたいが・・・何と言っても相手は、“桃”である。

あの天然スキルは(あなど)り難いものがあった。


「確かに、相川さんなら「まあ、凄い!城沢さんはそんな事ができるのですね?」くらい言うかもしれないな?」


相変わらず馬上では左目を気にしながら、堤坂が桃の口真似をする。

穏やかで優しそうな風貌の男が至極真面目な顔をして、女子高生の口調で話すものだから、吉田の笑いはますます大きくなった。


城沢の顔が蒼ざめる。


「そんな!こんなバカな誤解で、俺と桃の“仲”が引き裂かれるなんて!直ぐに誤解を解かなくては!!」


・・・会話らしい会話をしたこともない城沢と桃が、一体いつの間にどんな“仲”になったのか?は、城沢の頭の中を覗いてみなければわからないことだろう。

郭嘉の思考回路には、計り難いものがあった。

このままじゃ、桃に手を繋いでさえもらえない!と城沢は嘆く。


「直ぐに蜀に進軍しましょう!!」


勢い込んで吉田に進言した。



「そうだな。それがいい。」



上機嫌で吉田は、頷いた。


この事態も城沢の悲劇(喜劇?)も堪らなく楽しかった。

これ程愉快なのは久しぶりだ。


(いや、そうでもないか?“あいつ”の存在は、いつでも俺を昂揚させる。)


頭の中に、借り物競争で出番を待つ間、側に居た可愛い桃の姿が思い出される。


抱き上げた体は、小さく柔らかかった。


あの体で、この自分の前に、臆することもなく正面から立ちはだかる存在。

惹かれないはずがなかった。


わくわくしながら、吉田は笑う。



「全軍!蜀に向かって進撃せよ!!」



高らかに吉田は命を下した。

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