体育祭 12
キレイすぎる桃の母の笑みに、何故か明哉たちの背中がぞくりとする。
「遠慮しないでいっぱい食べてね。」
優しい言葉は、なんら自分たちを不安にさせる要因を含まないモノであるのに?と明哉たちは首を捻った。
ただ利長だけが、引き攣った笑みを浮かべて桃の母を見ている。
その頭の中で、“おたま”が飛んでいるなどとは思いもよらぬ他のメンバーだった。
・・・勧められた料理は、たいへん美味しかった。
自分たちが食べるのももちろんだが、桃がもぐもぐと嬉しそうに咀嚼して食べている姿がとっても可愛い!と思える明哉たちである。
体が弱かったため、どちらかと言えば食の細い桃だが、今日はいつもより多めに食べているのがわかる。体育祭で普段より体を動かしているのが原因だろう。
小さな赤い唇が、おにぎりをパクリと頬張る姿に、胸がキュンとする。
叶うならば、そのおにぎりになりたい!と願う男たちだった。
「桃。」
桃の食べる姿に見惚れながら、実は気の利く聖が、カップに入ったお茶を差し出す。
丁度良いタイミングで飲み物をもらって、桃は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、聖。」
桃に笑顔を向けられて真っ赤になった聖は、続けておにぎりを持った手を拭くためのおしぼりを桃に差し出す。
本当に気の利く男だった。
桃の母が感心したように頷く姿が、目の端に入る。
思わぬ伏兵に明哉たちの表情は強張った。
改めて前世の趙雲が、劉備のためであらば自らの危険も顧みず命を賭けて戦える名将であったことを思い出す。
劉備と趙雲の信頼関係は、関羽、張飛と並ぶものがあるのだ。
いつも控えめであまり出しゃばらぬ聖であったため、すっかり油断していたが、決して甘く見てはいけない相手だったのだと全員が認識し直した出来事だった。
桃の小さな白い手が、渡されたおしぼりで自分の手をぬぐう。
聖の与えたショックから一番早く立ち直ったのは、西村だった。
「桃。」
桃の隣にいた西村は、桃に呼びかけながら手を差し出す。
(え・・・何?)
突然目の前に出された掌の意味を考えながら、手に持ったおしぼりに目を落とした桃は、これかな?と思い、そのおしぼりを西村に渡そうとした。
(おしぼりくらい、自分で取ればいいのに。)
自分が聖から渡されたことは棚に上げて、桃はそう思う。
しかし西村は、そのおしぼりごと桃の手を掴んできた。
「え?」
「のりがまだ手についている。丁寧に拭き取らなければダメだろう?」
そう言って西村は桃の手をおしぼりでもう一度拭き始めた。
指の一本一本を拭かれて、桃は真っ赤になる。
小さな子供みたいで恥ずかしいのと同時に、どうしても先刻仲西に足を拭かれた事を思い出してしまう。
「あの・・・その・・・西村くん?」
自分でやります!と桃が言う前に、西村は思いもよらない事を言いだした。
「・・・俺も“智也”がいい。」
「え?!」
(何?それ?)
「“名”でお呼びいただくのは、ダメですか?」
西村は、顔を伏せながら静かに桃を窺い見た。
真摯な瞳が、上目がちに桃を見詰める。
急に、前世の法正モードで聞いてくるのは止めて欲しい!と思う桃だった。
「え?いや、その、ダメってわけじゃ・・・」
桃は、しどろもどろで答える。
尚も桃を見詰めてくる“法正”の視線に困った桃は・・・西村の手から自分の手を取り戻し、サンドイッチを1つ手に取った。
中身を確認する。
それは、チーズのたっぷり入ったものだった。
「どうぞ。・・・“智也”。」
好きでしょう(チーズ)?と西村の目の前にサンドイッチを差し出す桃は、耳どころか首まで赤くなっている。
名前呼びは大概慣れた桃なのだが、改めて言われて呼ぶのは、やはりかなり恥ずかしいものがあった。
早くサンドイッチを受け取って欲しくて、西村の顔の前にズイッと突き付けてしまう。
そんな桃の様子に目を細めながら、チラリと明哉たちを見た西村は、桃が手に持ったままのサンドイッチにパクリとかじりついた。
(?!!!)
驚き目を瞠る桃の前で、モグモグゴクンとサンドイッチを飲みこみ、ニッコリ笑う。
「大好きですよ。(あなたが)」
そのまま、あ〜んと口を開けるので、戸惑いながらも桃は、誘われるように西村の口にサンドイッチを入れてやる。
何口か食べて、最後の一口で勢い余って桃の指までパクリと食べた西村は、もの凄いドヤ顔で明哉たちを見た。
・・・やはり、法正の性格は最悪だった。
ほう〜っというため息が、桃の母の方から聞こえる。
怒りに打ち震えた明哉が、桃の手を奪い取った!
「変な病気がうつったらどうするのですか!?」
西村に怒鳴りつつ、別のおしぼりで桃の手を拭き清める。
(変な病気って・・・)
驚いてされるがままの桃だった。
聖は今にも西村に殴りかかりそうになりながら、必死にそれを耐えている。
実際に殴ろうとした翼を抑えつけながら、利長は頭を痛くしていた。
(お前ら!!周りを見ろ!!!)
そう、此処には桃の母のみならず父とその友人たちがいるのである。
当然利長だって今の西村のやり口には腹が立っているが、しかし利長は以前桃の家に行った時の桃の両親の力を警戒していた。
桃の両親は、決して自分たちが油断して良い相手ではないのだ!
恐々周囲を見回し、利長は息をのむ。
そこには、とっても面白そうに自分達を観察する桃の母親と、桃の両親の友人という人たちから羽交い絞めにして押さえつけられている桃の父親の姿があった。
利長と目が合った桃の母親はニコリと笑う。
「気にしないでイイのよ。」
その笑顔に、やはり背中がゾクリとする利長だった。
「あっ・・・いえ、その・・・とても美味しいです!」
他に、なんと言えば良かったのだろう?
プッと吹き出した桃の母は、弾かれたように大きな声で笑った。
「良い子ね、利長くん。」
楽しそうな桃の母の笑い声が、青い空に響いていく。
返す笑みが引き攣らざるをえない利長だった。
その後、なんとか平穏?に昼食を終えた桃たちは、騎馬戦の準備があるからと言って早めに昼休みを切り上げて戻って行く。
「ごちそうさまでした。」
あんなにあった料理は、キレイになくなっていた。
なんだかんだと楽しそうな娘の後姿を、母は感慨深く見送る。
南斗高校に入学させて、本当に良かったとしみじみ感じる母であった。
・・・この後、桃の両親とその友人たちの間で、誰が桃の相手として相応しいかの人気投票が行われたなどと知る由もない明哉たちだ。
なんの拘束力もない非公式?のこの投票の結果は、
1位 利長(当然、翼付き)
(理由:自分たちへの警戒を忘れなかったため。)
2位 西村
(理由:激鈍の桃には、あれくらいの強引さが必要だろうと思われるため。)
3位 聖
(理由:文句なしに甲斐甲斐しい!お嫁さんに最適!!)
であった。
終始仲間に押さえつけられて憤懣やる方ない桃の父親は、この投票結果を心に刻みつけ、彼らを要注意人物と認定する。
ランクインした利長たちが、それを喜んでいいのかどうかは一考の余地があると思われた。
午後の競技が始まる。
体育祭の勝敗はあと数時間後には決するのであった。




