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入学式

入学式は、懸念していた予想外の出来事もなく粛々と進んだ。

新入生の呼称が終わり、入学が許可される。校長を始め各来賓の祝辞の後、在校生代表の挨拶となる運びだった。


もうすぐ自分の出番である新入生代表挨拶だと思い、一番前の一番端の席に座る桃は、気を引き締める。

これまで、普通の高校に比べ特に変わった事はない。

だから桃は油断していたのだと思う。

よもや在校生代表の挨拶として、吉田がこんな事をしてくるとは思っていなかった。


桃は呆気にとられて、壇上の吉田を・・・魏の武王、曹操を見つめる。


曹操は、(うた)っていた。


滔々と淀みなく、式場の全ての人間の目を惹き付けて・・・


櫻花開了 (桜が咲いて)

時光流逝 (時はすぎる)

・・・・ 


それは、四言詩だった。


曹操は詩人だ。文采溢れる中国文学史上、はずすことのできない重要人物だ。


・・・・ 

喪失城堡 (城は無く)

喪失郷土 (国も無くした)

・・・・ 


だからと言って、この場で詩うだなんて!

漢詩などわからない一般生徒はどうするのだと言ってやりたい!!


・・・・ 

再次見面 (だが我らは出会えた)


式場の誰もが魅入られていた。


堂々としたその姿に・・・マイクをオフにして、会場いっぱいに響き渡る支配者の声に。


“幸甚至哉” (これ以上の喜びは無い)

“歌以詠志” (歌おうこの思いを)


この2句だけは、3年生全員が合唱した!!

一糸乱れず合わされた声が式場を制する。


思わず桃は、後ろを振り返った。

礼儀に反したが、1年生のほぼ全員が同じように振り返り驚いて3年生を見ていたので仕方がないと言えるだろう。


声の迫力に圧倒される。


よく見れば3年生の中にも声を出さない者が僅かにいるし、反対に1、2年生の中で声を出している者も少数いる。先ほど吉田が言った“多少の例外”なのだろう。

桃はそのどちらもの顔を記憶しようとする。特に1年の声を出している者の顔をしっかり覚えた。彼らは1年であっても魏の人間のはずだ。

そして、今この瞬間、この出来事によって心は魏に、すっかり持っていかれたことだろう。


曹操は尚も詩う。


それは、まさしく曹操であった。


帝王であり詩人であった男。


彼にとって、この程度の場を支配し全てを自分に惹き付けることなど造作も無いことだろう。


正面に向き直る際、次の在校生代表挨拶をする仲西の苦虫を噛み潰したような顔が、チラリと目に入る。

当然だろう。この雰囲気の中で次の挨拶など余程でなければ、のまれるだけだ。


・・・次の次である桃とて同じようなものではあるが。


どうしようと考えている内に曹操の詩は終わり、3年代表の挨拶は終わった。

万雷の拍手が起こる代表挨拶など未だかつて聞いたことはなかった。


どうするのかと思っていたが・・・仲西はごく普通に挨拶した。


一種異様な雰囲気の中で、正統に模範解答のような挨拶を落ち着いて話す。

型破りな吉田の挨拶と正反対の挨拶は・・・これはこれで支持を受けた。


生真面目な姿が好感を呼ぶ。


反対に桃は、ますます追い詰められる。

この中で、新入生の・・・蜀の代表として挨拶する重責に頭が痛くなった。


自分がどうするべきか考えに考えて・・・そして唐突に悟る。


考える必要が無いということを。


同じこの場に立っているとはいえ、今の自分は彼らとは立場が違う。

自分は立候補などしたわけではなかった。

無理矢理にこの場に引き摺りだされた普通の女子生徒なのだ。


彼らに張り合い、彼らと共に並び立とうとする必要性など、どこにもない。



少なくとも今の自分は“劉備”である必要はないはずだ。



この中の誰もそんなことを望んでいないはずだった。


・・・桃は、考え及んだその答えにホッと息を吐いた。



桃の名が新入生代表として呼ばれ、桃は上ずったような声で返事をして・・・緊張して壇上に上がる。


それが、普通だ。

普通の女子高生の反応だ。

それで良いはずだ。


・・・その事に酷く安心する。


ただ、桃がやらなければならないことが一つだけあった。


桃は、そのたった一つを行うために慎重に事を運ぶ。


桃は、震える手で式辞紙を開き読み始めた。

ガチガチに体を固め、時折語尾を震わせて、それでも懸命に挨拶を述べる。


初々しい少女(もも)の様子に、会場内に暖かな空気が流れた。


緊張した少女の挨拶は、それでも進み、ようやく最後の部分にかかる。


「・・・私たちは、この学校で過ごし学ぶ3年間に、期待で胸を大きく膨らませています。」


上がっていた少女は、挨拶が終わることに安堵感を漂わせはじめる。


一生懸命な少女を思わず応援していた者達が、このまま何とか無事に終わるだろうと考えたその瞬間・・・少女は、最後に大きな失敗をした。

少なくとも、気づいた人間には、そう見えるはずだ。



早く終わらせたいあまり、最後の挨拶の前に有った一文を見事に”すっ飛ばした”のだ。



「私達新入生一同は、南斗高校の学生としての誇りを持ち、その名に恥じぬように誇りある学生生活を送る事をこの場に誓います。・・・本日は誠にありがとうございました。」


深々と礼をする桃に、大多数の人間は気づかずに暖かなまなざしを送る。


普通の新入生代表挨拶ならば必ず入るだろう一文。


事実、式辞紙の原稿には書いてあったはずの一文を、桃が読み飛ばした事実に気づく人間は少ない。




・・・しかし、壇を降りる桃に、先に歓迎の挨拶をした吉田と仲西は鋭い視線を送っていた。


桃は、頬を紅潮させ気づかぬふりをする。


席に戻る桃に5つ隣の椅子に座っていた翼が親指を立ててくる。

桃は、おずおずと笑い返した。


翼が絶対気づいていることを確信して、心の中でため息をつく。


新入生退場となって、中央から2列に並んで退場する際、隣になった利長も小さな声で「よくやったな。」と褒めてきた。


桃は、挨拶全体を褒めてもらったことにして「ありがとう。」と小さく返す。


講堂を出る際に、横山がこちらを見て肩を竦めた。

多分クセなのだろう。




・・・桃の飛ばした一文は、先生と“先輩”に“指導と導き”を願う文だった。


“校長先生並びに諸先生方、そして”先輩”方には、あたたかいご指導(・・・)お導き(・・・)のほど、よろしくお願いします。”


そう桃は新入生を代表して”願う”はずだった。




桃がそれを抜かしたことにより、2年も3年も・・・1年に正々堂々と手を出す口実を奪われたのだ。


新入生は、1学期間の猶予(ゆうよ)を手に入れた。

作者は、漢詩はもちろん四言詩など、まったくわかりません。

中国語だって当然できません・・・。

大目に見ていただけると嬉しいです。

・・・ご意見ご教授いただければ・・・ありがたいです。

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