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セカンド・アース  作者: 九重


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体育祭 9

驚愕に見開かれた青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)が、信じられぬように吉田を見る。


「・・・どうして、知って?」


「”感”かな?・・・まあ、入学した当時から、やたら俺や袁紹(えんしょう)を睨んでくる奴だなと思っていたからな。そんな奴の心当たりは山のようにあったんだが、なんとなく、相国(しょうこく)ではないかと・・・」


最も、最近はすっかり(つら)の皮も厚くなったようで、まるで表情に出ないからつまらなかったがなと、吉田はニヤリと笑いながら言う。


「呂布に会っても、顔色一つ変えなかったと内山から聞いた時には、内心がっかりしたぞ。」


羽田は、言葉もなかった。



吉田の言う”相国”とは、三国志随一の大悪人と言われる”董卓(とうたく)”字は仲頴(ちゅうえい)であった。


後漢第12代皇帝、霊帝崩御の際の混乱に乗じて、一手に朝権を握った董卓は、その兇暴で残虐な暴政により悪名高い大逆賊である。

あまりにも非道で傍若無人な悪政ゆえに、わずか3年で、自分の配下であり父子の契りを結んだ間でもあった呂布に殺されてしまった男でもあった。


自分の前世を言い当てられてしまった衝撃で立ち尽くす羽田を、吉田は強く引っ張る。


「行くぞ!」


その手をしっかりと握ったまま、吉田は走り出した。


「何故・・・」


引き摺られるままに走りながら、呆然と羽田は呟く。


何故、知っていて黙っていたのか?と羽田は聞きたかった。

入学当時に気づいたのだとすれば、既に3年、吉田は羽田の正体を黙認していたのだということになる。

いや、今だとてその態度は変わらない。

小さな声で囁かれた言葉は、他の誰にも聞かせるつもりがないということなのだろう。


羽田の前世が董卓だと知られれば、いくら一般クラスの生徒といえど、羽田は全校生徒から侮蔑と憎しみの籠った視線を向けられることになる。

それだけの事を前世の羽田・・・董卓はしていた。


(俺を憐れんで、同情しているのか?!)


よもや、吉田が、一般クラスの生徒となった董卓に、今世では興味の欠片も向けていないのだとは思いもつかない羽田だった。


羽田は、ぎりぎりと歯を喰いしばった。


「貴様など!!・・・貴様とて俺と同じだ!!いや、俺よりも余程酷い大殺戮(さつりく)者で、天下の簒奪(さんだつ)者だ!!・・・俺とお前の違いは、俺が敗者でお前が勝者だということだけだ!!」


羽田の言葉にも一理あった。


歴史は、敗者に厳しい。

特に、短期間権力を握って、その後その権力を失った人物は、殊の外(ひど)く評される傾向がある。


勝者が歴史を綴るのであれば、それは仕方のない事でもあった。



羽田の言葉を聞いた吉田は、不機嫌そうに顔を(しか)める。


「俺は、簒奪者ではない。」


・・・確かに、そのとおりだった。(大殺戮者を否定しないあたり、言葉に信憑性がある。)


献帝(けんてい)に退位を迫り、禅譲(ぜんじょう)を受け皇帝となったのは、曹操の息子曹丕(そうひ)である。

曹操はあくまで、形式上は臣下として死んだのであった。


「そうなるように、全てを導いたのは、お前だろうが!盗人猛々しいとは、お前の事だ!!」


吉田は、呵呵として笑った。


「他ならぬ、相国にそう言われるとは思わなかったな。“劉氏のタネが残らなくともかまわない”と豪語したと伝え聞く、あなたの言葉とはとても思えない。」


羽田は、グッと反論の言葉をのんだ。


実際には羽田は、前世でそんなセリフを言った覚えはなかった。しかし、現実として当時の皇帝であった少帝を廃し、幼かった献帝を即位させ、実質的に自分が権力を振るったという事実がある。

そのために、それほど強く吉田を非難できなかったのであった。


悔しそうに俯いて走る羽田の姿に、吉田は苦笑する。


「何だかんだと言って、相国は”献帝”をお気に入りでいらっしゃる。」


「ばかな!」


吐き捨てるように羽田は言った。


「事実でしょう?気に入っておられるからこそ、帝にした。・・・現世でも、随分気にかけておいでのようだ。」


罪滅ぼしですか?と聞かれて、今度こそ羽田は口を(つぐ)んだ。


これ以上、吉田と会話をするのは”危険”だった。

この転生してもなお油断のならない男には、自分の全てを見透かされてしまいそうな危惧を感じる。


青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)が、全てを拒絶するかのようにゴールだけを見る。


それは、目前に迫っていた。


肩を竦めた吉田もまた前を向く。


2人は、決して振り返らなかった。





・・・桃は、梨本の手に掴まったまま、なんとか片足立ちで落ち着いた。

ヒールが高かった分、なんともバランスがとりにくいのだ。


これではとても走れそうになかった。


「ごめん。僕が焦ったばかりに・・・」


しゅんと落ち込む梨本。

その姿は、叱られて耳と尻尾をうな垂れる子犬のようだった。


ヒールの折れた方のサンダルを脱ぎ、片手に持って、桃はほんの少し考え込む。


「・・・こうするしかないか?」


ポツリと呟くと、あっさりともう片方のサンダルも脱いで裸足になった。


「うん。これで大丈夫!今までよりも早く走れます!」


そう言うと桃は、ニコリと梨本に向かって笑いかけた。


「行きましょう!」


「えっ?・・・あ、でも、それじゃ足が痛いんじゃ?」


「平気です!」


桃は、そのまま再び走り出そうとした。



しかし、1歩も進めずに立ち止まる。



・・・梨本が走らなかったのだった。


顔を(うつむ)けた少年は、その場に釘付けにされたかのように動かない。

桃に繋がれていた、梨本の手が力なく離れて下に落ちた。




「ダメ、ダメだよ。それじゃ、君の足が傷つく。・・・僕のせいで・・・僕は、いつだって、何も出来ず、何も守れず、人を傷つけるばかりだ。・・・今世も、前世でも・・・何も・で・きない。」




梨本は、沈痛な表情で首を左右に振っていた。


後から来た他の武将たちが、心配そうに桃たちを見ては追い越して行く。


桃は、ジッと梨本を見つめた。


深い後悔に打ちひしがれ、悄然としたその姿を・・・見る。


桃の瞳は、深く(けぶ)った。



「・・・この程度の事、斯程(かほど)のことでもございません。」



静かな桃の言葉に、梨本はハッ!と顔を上げた。


目の前には、ジッと自分を見詰める桃がいる。

桃は桃だ。

桃のその可愛い姿に、何一つ変化は見られない。


なのに、梨本は、目の前の少女の姿に目を見開いた。


同じなのに、“何か”が徹底的に違うその姿に目を奪われる!


「御手を、預けていただけませんか?誰より早く駆けてご覧にいれましょう。」


桃の白く小さな手が、掌を上に向けて、請願(せいがん)するかのように、梨本の前に差し出されていた。



「あ・・・(ちん)は・・・」



思わず、梨本は言った。


小さく()れた言葉に、桃は、ほっそりとした人差し指を、自分の口の前に立てた。

シッ!と言って、ふわりと笑う。


「靴など無い方が早く走れます。重き鎧など無い方が早いのもまた道理。参りましょう?徒人(ただびと)として!・・・我らは転生しました。思うままに走られてもよろしいのですよ。」


梨本は呆然とする。


「あ、でも・・・」


言い淀み、瞳は迷う。


それでも・・・



「・・・良いのか?」



一瞬の逡巡(しゅんじゅん)の後、おずおずとそう訊ねた。


「はい!・・・さあ!」


桃は、梨本の手を再び取って走り始めた!



・・・今度は、梨本は逆らわなかった。



確かに、高いヒールのついた靴を脱いだ桃の足は、先ほどよりも早く走った。

身軽に、軽々と桃と梨本は走る!



・・・もちろん、だからと言って、これ程差が開いていては、いくら相手が重い鎧をつけてはいても、流石に先を行く他のチームに追いつくことも追い越すこともできなかった。


現実はそんなに都合よくできていないのである。(何より、吉田と羽田のチームは既にゴールしていたりした。)


しかし、軽やかな疾走感に、梨本は思わず楽しそうな笑い声を上げていた!


息せき切って、手に手を取って、桃と梨本はゴールする!



当然、最下位であった。



ゴールした瞬間、目と目を合わせて2人は、弾けたように笑い出す!




「桃!!」


「大丈夫ですか!?」


先にゴールしていた明哉たちが、慌てて桃の元へ駆けつけて来た。


「大丈夫よ!ビリだけど、私、早かったでしょう?」


屈託なく笑う桃に、仲間たちはホッと安堵の息を吐くと同時に、その笑顔に見惚れた。


「早かったよ!君は早かった!他の誰がなんと言おうと、君が一番早かったと僕が認める!!」


梨本は、大声で叫んだ!


みな、びっくりして、いつもは目立たず大人しい・・・どこかおどおどとしていた少年を見つめた。

借り物競争を終わらせてしまいたかったのですが、思いのほか長くなったので2つに分けます。

残りの部分は、明日夜更新します。

読んでいただければ嬉しいです。

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