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体育祭 7

「1年5組!串田さん!!」


串田がギョッとしたように目を見開く。


「なっ?!俺かっ?・・・ってか、男かよ!!」


串田は忌々しそうに、走ってきた男を睨み付けた!


ビクッと震えた男子生徒は、それでも気丈に串田を睨み返す!

出てきた串田の目の前に、握りしめていた紙を突き付けた!


「仕方がないでしょう!!ここにそう書いてあるんですからっ!!僕は!・・・僕だって!“相川さん”が良かった!!!」


(え!?私・・・?)


びっくりした桃が、その男子生徒をまじまじと見れば、目の合った彼は、顔を赤くして視線を逸らしてしまう。


しかし、逸らした視線の先で、彼は、串田のみならず他の武将たちまでもが、ギロリ!と自分を睨みつけているのに気づいた。


「ヒッ!!」


一般クラスの生徒には、恐ろしすぎる視線であろう。


「さっさと行った方が良いよ、串田くん。そんな奴の目に、俺たちの大切な桃を触れさせるのも、もったいないと俺は思うな。」


俺って案外心が狭いよね?と話す牧田の笑顔は、なんだか怖かった。


串田は随分不満そうだったが、牧田の意見にそれもそうかと思い、ビビって足の震えるその男子生徒の手をガシッと掴むと、ゴール目指して走り出す。


「チンタラ走ってんじゃねぇよ!」


それは、まるでその男子生徒を串田が拉致しているかのようだった。



目を丸くしていた桃は、次の生徒が何時この場に着いたのかわからなかった。


他の者たちも全員冷たい目で串田を見送る中に、突如女の子の感激に打ち震えた声が響き渡る!


「2年1組!あ、あ、荒岡さまっ!!!」


その声を聞いた途端、固唾をのんで借り物競争を応援していた他の女生徒から、大地を揺るがすような悲鳴が上がった。


「いやぁぁっ!!周郎さまぁっ!引かれてしまったのぉっ!!」

「こんなに、早く!!」

「あの子と、手をお繋ぎになるのねっ!?」

「羨ましすぎるぅっっっ!!!」


桃は、やっぱり目を丸くした。

2人めにしてこの調子では、自分の目は丸くなったまま、ずっと元に戻らないのではないかと危惧してしまう。


「・・・ああ。今回は随分早かったですね。できれば、桃さんの前で他の女性と手を繋ぎたくはなかったのですが。」


仕方ありませんねと荒岡は、前へと進み出る。

感激のあまり卒倒しそうな女生徒に優しく笑いかけると、そっとその手を取り上げた。


「行きますよ。走れますか?」


コクコクと壊れた人形のように頭を振り続ける女生徒をエスコートするように荒岡は走り出していった。

実に優雅なその姿に、女生徒からはまた一段と大きな悲鳴が上がる。


桃は、思わず耳を塞いだ。

周瑜の人気の凄さを再認識した桃だった。



その後は、次々と借り物競争の選手が到着し、名前を呼び、その名に答えた武将たちと共に走りだして行く姿が続く。


しかし、残念ながらその全てがすんなりいったわけではなかった。


例えば・・・


翼を引き当てた2年の男子生徒が、「こんなに可愛いのに、どうして男なんだ!」と叫び、翼が相手を殴り倒しそうになるのをみんなで必死に止めたり・・・


利長を引き当てた3年男子生徒が、“関帝”さまと手を繋ぐなど畏れ多いと尻込みするのを説得したり・・・


1年生女子と走っていた猛が、途中で相手の女子生徒が足をくじいてしまったために肩を貸してゴールをしたら、そこで待っていた文菜に「お兄様なんて、大っ嫌い!」と泣いて駆け去られてしまい、慌てて追いかける破目になったり・・・


美しい3年女子生徒に名を呼ばれた明哉が、桃に向かって、手を繋ぐのは自分の本位ではないことをくどくどと訴えて、いつまでも走ろうとしないため「3年生は、私たちと同じ蜀団なんだから、早く行ってください!!」と桃が怒鳴りつけたり・・・




いろいろと疲れる借り物競争だった。




がっくりと肩を落としながら、桃は9組目の最下位のペア(なんと、仲西だったりした。相手の女の子は随分ふくよかな生徒で走るのが苦手らしく、仲西の最下位は逆転できそうになかった。それでも辛抱強く相手の女性に合わせて走る仲西の姿に、先にゴールしていた剛が「立派になられて・・・」と涙ぐんでいたりする。)がゴールへ向かうのを眺める。


美々しく盛装した武将たちと、ごく普通の体操着の一般クラスの生徒たちが、手に手を取って走って行く借り物競争の様子は、眺める桃の心に不思議な感動を呼び起こした。


ここはセカンド・アースなのだと改めて思う。



「最後まで残ってしまったな。」



ぼんやりしていた桃に、吉田が話しかける。


そう、最後の一組を残して、この場には桃と吉田、そしてあと4人の武将が残っていた。

人数的には当然なのだが、魏と蜀の団長が共に最後まで残るという事態に、なんだか周囲はざわざわとしていた。



そして、最後の一組の一般クラスの選手の中には・・・羽田がいた。



なんとなくイヤな予感に、桃の眉間に皺が寄る。


「羽田の悪運の強さは、健在のようだな。」


吉田は呆れたようにそう話す。


そう言えば吉田は、内山と同じく昨年羽田と同じ団で戦ったのだった。

特別クラスと一般クラスとはいえ、同じ3年生なのだ。互いによく知っているのだろう。


つい、マジマジと吉田を見てしまう。


自分を見てくる桃の目に、何かを感じ取ったのか、吉田は桃に向かって、ニヤリと笑った。


「安心しろ。悪運の強さで、俺は誰にも負けるつもりはない。」


なんだか物凄く納得してしまう桃だった。


日差しが徐々に強くなり始める。

ガッチリ赤い鎧を着こんでいる吉田は、相当暑いのではないかと思われたが、泰然としたその姿は、そんな様子を微塵も感じさせなかった。


その精神力に脱帽しながら、桃は深く考えもせずに、スルリと吉田に問いを発していた。



「羽田さんの前世がわかりますか?」



少し目を見開いた吉田は・・・”もちろん”と答えた。


桃は目を瞠る。


「内山さんは、わからないと。」


「あいつは、頭が良すぎるからな。あいつの”わかる”は、証拠を全て揃えた上での証明された真実だ。俺のような、第六感とは違う。」


それでも聞きたいか?と聞かれ、桃はコクリと頷く。


吉田は、チョイチョイと手招きし、桃は吉田の方に椅子から少し身を乗り出した。

その様子に目を細めた吉田は、自分も身を乗り出し、桃の耳元へ顔を寄せる。

触れる程に口を近づけ、1つの名前を囁いた。



(・・・・・・)



聞いた桃は、小さく頷く。


驚きも意外さも感じない自分は、おそらくその名を予想していたのだろうと思った。



「!ひゃぁっ!!・・・ん・・・あっ、吉田さん!!」



名には驚かなかったが、吉田がそのままペロリと桃の耳を舐めたのには、思わず奇声を発してしまう!!


何事かと振り返った残り4人の武将に、慌てて何でもありません!と赤い顔で桃は叫ぶ。


吉田は、酷く上機嫌な笑い声を上げた。


何をするのか!と、桃は吉田に抗議する。


「耳は弱いんです!」


「フム、覚えておこう。」


覚えてくれなくっていい!と桃は思う。

本当に、わからない男だった。



おかげで、今聞いた“とんでもない”名前に対する感慨が、ぶっ飛んでしまう。


赤い頬を耳ごと押さえながら、改めて思考を巡らせ、桃は聞いた名から呼び起こされる前世の記憶に瞳を影らせた。



「・・・恨んでいると思われますか?」



“誰を”とも“何を”とも言わない桃の言葉に、吉田はフンと鼻を鳴らした。


「まあ、俺は間違いなく嫌われているな。」


今更そんな奴が1人増えたところでどうという事もないと吉田は言った。


確かに曹操を恨む人間は、星の数ほどいるだろう。それをいちいち気にしていては、天下をとることなどできはしない。


曹操は、間違いなく天下を取った男だ。


「羽田は、一般クラスの生徒だ。恨まれようが嫌われようが、今の俺には、興味の欠片も持てない存在でしかない。」


舞台に上がらぬ奴に用はないと、吉田はある意味非情に言い切る。

それは羽田が持っているだろう、吉田への感情を切り捨てる言葉だった。


吉田は、やはり曹操なのだ。


桃は、そう思う。





その吉田が、桃をジッと見詰めてきた。



「・・・お前も、この舞台に上がらぬつもりでいたようだな?」



桃が受験に失敗して仕方なしにこの高校に入ったことを、吉田は知っていた。

自分を射竦める強い視線に、桃は逃げる事も叶わず、ただ吉田を見返す。


吉田はニヤリと笑った。


「まあイイ。結局お前はここにいる。俺の目の前で、俺に負けぬ輝きを放って並び立っている。・・・二度とこの舞台を降りる事は許さないからそう思え!」


俺から逃げる事は許さない!と吉田は、はっきり告げる。


「お前が堕ちる先は、俺の手の中だけだ!それ以外は認めない!!」


覚悟しておけ!と吉田は、獰猛に笑った。



「!!」



・・・なんたる、俺さまなのだと桃は呆れ果てる。



呆れながらも、心の底から笑いがこみ上がってくるのが止められなかった。

吉田が吉田たるさまが、可笑しく、ホッとする。


それと同時に、自分の中から、羽田の正体に伴う鬱々とした気分がキレイに無くなっているのに気づいた。



視界の向こうに、こちらへと向かって走って来る、借り物競争最後の一組の姿が映った。


先頭は、当然のことながら羽田であった。


一般クラスの生徒の1人として、懸命に走って来るその姿が、今の羽田なのだと思う。



(貴方の求める“答え”は、とっくに貴方の元にあったのですね。)



桃はフッと笑った。


羽田に対して、臆するものは何も無かった。



「吉田さん。・・・その“人材収集癖”もいい加減にしないと、後々たいへんですよ。」



前世で曹操が優れた人材を集めまくっていた事を知る桃は、吉田が、自分に“堕ちろ”と言ったのは、あくまで“人材”が欲しい故の発言であって、それ以外の意味など何もないと思ってしまう。


「お前・・・」


流石の吉田も頭を抱えた。




羽田が走って来る。



2人の君主は、その“一般クラスの男子生徒”を落ち着いて見下ろした。



羽田が、口を開いた。

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