体育祭 6
「何で、まだこの格好のままなのですか?」
桃は、甚だ不本意ながら隣に座る全身緋色の吉田に質問する。
入場行進が終わり、開会式も終わってようやく派手な仮装・・・元へ、衣装が脱げると喜んでいた桃は、何故かその姿のまま案内されてグラウンドの一角にある地面より一段高い、まるで“お立ち台”のような場所に座らせられていた。
かなり広いこの場所には、桃以外にも特別クラスの“馬持ち”たちが全員集合させられているのだが、お立ち台の上に用意された椅子に座っているのは、桃と吉田、仲西の3人・・・つまり、各団の団長だけであった。
青い空と降り注ぐ日差しには向かない、室内用の豪華絢爛で立派な椅子まで用意されたこの場所に、桃が無理矢理腰掛けさせられてから、もう10分以上が経つ。
ちなみに、真ん中が吉田、その左に仲西、右側が桃だった。
必然的に、桃の話しかけられる相手は吉田しかいなかったのだ。
吉田の姿を見ると、どうしてもあの大きなパネルが思い浮かび、どんな顔をしていいのか困ってしまう桃である。
そんな桃の心中など知らずに、紅の鎧、紅の兜がよく似合う派手な男は、呆れたように桃に視線を向けた。
(!!・・・)
しかし、桃の文句なしに可愛い姿と、座ったことで短いスカートからよく見えてしまう白くキレイな太腿に、吉田は、あっという間に表情を崩した。
元々曹操は、女性が好きな男である。
数多くの妻を持ち、その中で男の子を産んだ女性のみ名が後世に伝わるのだが、その数なんと、13人であった。(産まれた男の子は25人だ。・・・あくまで男の子だけの数である。)
流石に今世では、一夫一婦制に従おうとは思っているが、女性美を愛でるのを遠慮する必要を感じるような男ではなかった。
何より、吉田は高校3年生の男子なのだ。
この年頃の男で、女の子の太腿が嫌いな奴なんかいないだろう。
この際、桃の前世は気にしない事にする。
吉田は、この男にしては愛想よく笑った。
「プログラムを見ていないのか?困ったやつだな。次の競技のために決まっているだろう?」
声がなんとなく甘いのは、自分の気のせいだろうと桃は思う。
次の競技は、一般クラスによる借り物競争のはずだった。
一般クラスの競技に、なんで特別クラスの自分たちが、こんな場所で見世物のように晒されなければならないのだろう?
理由を考えた桃は・・・イヤなことに思い至って、思わず顔を顰めてしまった。
「可愛い顔が台無しだぞ。」
ニヤリと笑った吉田は、そんな戯言を言ってくる。
「・・・ひょっとして、私たちは、“借りられる”のですか?」
「そうだ。」
桃のイヤな予想は、すかさず吉田に肯定されてしまった。
そう、一般クラスの借り物競争で、借りられるのは、特別クラスの“武将”たちなのであった。
対象者は、各学年の“馬持ち”20名である。
一般クラスの男子生徒からは、そこに特別クラス女子生徒を加えて欲しい!と、毎年のように生徒会に嘆願書が上がるのだが、歴代の生徒会長(当然、吉田同様特別クラスの生徒だ。)は決して首を縦に振らなかった。
そうでなくとも少ない特別クラスの女子生徒に、一般クラスの男子生徒をくっつけたいと思うような生徒会長は、いなかった。
総勢60名の“馬持ち”の武将たちを、各団から20名ずつ選ばれた60名の一般クラスの生徒が“借りて”一緒に手を繋ぎ、走ってゴールするのが、この借り物競争であった。
6名ずつ10レース行われる借り物競争は、当然人気種目である。
一般クラスの生徒は、出場するためには物凄い倍率の“くじ引き大会”を勝ち抜かなければならなかった。
それを勝ち抜いた運の良い生徒だけが出場できるこの競技の詳細は、こうである。
まず、スタートの合図と同時に、選手は全速力で50m先にある、パン食い競争のパンのようにひもにぶら下げられた“借り物”の書かれた紙を目指す!
次に、そこで、更に残った運の全てを注ぎ、願いを込めて、書かれている名が見えないように折りたたまれ閉じられているその紙の1つを選んで引く!
「お願い!!周郎さまに当たって!!!」
「孔明さま!孔明さま!!孔明さま!!!」
「禰衡!!!」(いや、誰だよそれ?!)
その確率60分の1であった。
ほとんど外れ(まぁ、仕方ないだろう)のその紙に、がっかりする暇もなく、一般クラスの選手たちは、その後桃たちのいるグラウンドの一角を目指し走る!
紙に書かれてあった特別クラスの生徒の名を大きく叫び、答えてくれたその“武将”と仲良く手を繋ぎ、ゴールイン!!
それが、借り物競争の全貌であった。
ちなみに、特別クラスの生徒は、名を呼ばれれば必ず答えなければならないし、自分を引き当てた一般クラスの生徒が、例え自分の団の生徒でなくとも、手を抜かずにゴールまで走らなければならなかった。
「まあ、一種のボランティアのようなものだな。」
ボランティアの意味が違う!と桃は思う。
第一ボランティアは、自発的な活動を言うはずだ。こんな強制参加を指す言葉ではないはずだった。
「ひょっとして、この競技が終わるまで、ずっとこの格好のままですか?」
吉田は機嫌よく頷くと、桃の衣装を良く似合っていると褒めてくれさえした。
頭の痛くなる桃である。
ちなみに入場行進の結果は、蜀団の完全勝利だった。
馬術の正確さ、美しさ、歩兵の統率、行軍の動きなどの評価は、3つの団ともほぼ互角の評価だったのだが”外観”において蜀団は、他を圧倒した!
男ばかりの三国志の英雄たちの中に、1輪咲いた桃の艶姿は、観客や審査員を魅了したのであった。
この結果には、呉団の参謀荒岡も、魏団の参謀城沢も、まあ仕方ないねと肩を竦める以外なかった。
荒岡は桃がたいそう気に入っているし、城沢は可愛い女の子なら誰でも好きな男である。
桃が頑張った(頑張らされた)結果に文句を言うはずもなかった。
体育祭は始まったばかりなのである。多少のリードを蜀団に許しても、慌てるような者は他にも誰もいなかった。
「私も、お前の衣装はよく似合っていると思うぞ。」
吉田の向こうから、仲西が身を乗り出し、声をかけてきた。
仲西は、鎧ではなく、君主然としたゆったりとした流れるような豪奢な着物を身にまとっている。
素材は当然絹の一級品。施された金糸銀糸の刺繍も美しい飾り帯も仲西の派手な外見によく似合っていて、思わず見惚れる桃だった。
当然仲西家オーダーメイドの一点ものだと思われる。
「仲西さんもお綺麗ですね。」
少なくとも、吉田のように見ていて困るような格好ではない。
そのことにホッとする桃だった。
綺麗と言われた仲西は、そんな言葉は聞き飽きているだろうに、何故だか嬉しそうに笑う。
「借り物競争が終わったら、一緒に写真を撮ってくれないか?・・・あー、その、そうだ!覇月!覇月が欲しいと言っているんだ・・・」
なんだか、口ごもり、焦りながら頼んでくる仲西を、なんとなく可愛いなと思いながら、桃は気軽に「良いですよ。」と返事をした。
一刻も早くこの衣装を脱ぎたいが、写真の1枚くらい撮る間なら、遅れてもかまわないだろうと思ったのだった。
「フン。写真か?いいだろう。俺も一緒に撮ってやる。」
小さくガッツポーズする仲西を遮って、何故か吉田がそう言ってきた。
「え?・・・吉田さんとも撮るんですか?」
「不服なのか?」
「いえ別に。そういったわけでは・・・」
「ならば、かまわないだろう。」
何故吉田とまで写真を撮る破目になったのかと頭を捻る桃だったが、1枚も2枚もたいして変わらないかと思い、結局吉田の言葉にも「はい。」と頷いた。
当然これは、桃の見込みが甘すぎである。
借り物競争終了後、起こる桃との写真撮影イベントは、予想通りの大騒ぎになってしまう。
体育祭の進行に支障をきたすと判断した教師陣が止めに入るまで、その騒ぎは収まらず、結果、桃がこの衣装を脱げるのはかなり先になってしまうのだが、この時の桃はそれを知るはずもなかった。
そうこうするうちに、借り物競争の1組目の一般クラスの生徒が、手に紙を握りしめ桃たちのいる方向へ走って来る。
ハアハアと息を切らした見知らぬ男子生徒は、真っ赤な顔のまま口を開いた。
禰衡とは、人を罵るのが得意?な人で、荀彧を「葬式に行かせるのにうってつけ」と評した人物です。
蓼食う虫も好き好き。
きっと禰衡ファンもいるはずです!!(多分…)




