体育祭 5
控室を出た桃は、そこにザッ!と整列し一斉に拝礼している“蜀”団の仲間を見て、驚きに目を見開く。
誰もが盛装し、煌びやかな軍団が一糸乱れぬ動きで桃に礼をとる様は、厳粛とした中にも圧倒的な迫力があった。
桃と共に出てきた明哉が、桃に向き直り一拍遅れて拝礼する。
「今日の勝利を、あなたに捧げます。」
明哉の言葉は、皆の総意として桃に告げられたものだった。
抜けるような青空の下、初夏の風が吹き寄せる。
今日は暑くなるかもしれないなと、漠然と桃は思った。
「・・・存分に戦え。」
それは、スルリと桃の口から出た言葉だった。
意識したわけではなく、意図したわけでもない、自然に出た言葉。
その言葉は、はっきりとした声となり、拝礼した英雄たちの耳に届く。
「はっ!!」
声を揃え返事をし、なお深く頭を下げ、その後おもむろに頭を上げた英雄たちは・・・そこに見た桃の姿に、狂喜した!!
「すっげぇ!可愛い!!」
「うっおおぉぉぉっっ!!!」
「桃っ!!可愛すぎだろ!!」
「その、スカート最高っ!!!」
「ダメだ!誰にも見せたくないっ!!!」
・・・英雄たちは、男子高校生だった。
大興奮する彼らをなんとか落ち着かせ、隊列を組ませて入場行進ができるまでに持っていけたのは、奇跡と言っても良いだろう。
(来年は、絶対スカートは止めてもらおう。)
ぐったり疲れた桃は、馬上で青い空を見上げながら、そんな決意をしていた。
南斗高校の体育祭は、当然ながら、絶大な人気があった。
昨今では、平日に行われる高校の体育祭を、わざわざ仕事を休んで見に来る父兄が増えてきてはいるが、それにしても南斗高校の見学者数の多さは、尋常なものではなかった。
全校生徒全ての保護者の一族郎党が集まっているのではないかとさえ思われる観客席。
その中には・・・
近隣の住民。
卒業生やこれから南斗高校入学を希望する小中学生及びその父兄。
どれほど遠方からであろうと駆けつける三国志ファン!
人気を人伝に聞いた、物見高い一般人。
果ては他校の生徒まで集って、南斗高校体育祭のギャラリーは、毎年とんでもない数に膨れ上がるのが恒例となっていた。
その凄さといったら、どれほど制止しても自分の学校の授業を抜け出して南斗高校の体育祭を見に行く生徒が後を絶たない近隣の学校が、自校を休学にするくらいだった。
当然、南斗高校側も押し寄せる見学者に対応するため、体育祭の日のみ広すぎるグラウンドをぐるりと取り囲む形で多くの観客席を急遽設置する。
その急ごしらえの割に立派な観客席に経費がばかにならないのではないかと心配する者も多いのだが、なんと、体育祭に感激した観客たちは、そのほとんどが南斗高校後援会に入会してくれるので、心配無用なのだそうだった。
高校の後援会というものは、在校生か卒業生の保護者が入るものだと思っていたのだが、後援会の目的に賛同する者であれば誰でも賛助会員になれるのが一般的なのだそうだ。
“会費”さえ納入すれば、誰でもその時点で会員となれるのだった。
南斗高校後援会の目的は、学校が行う教育活動やクラブ活動を後援し、その振興と発展に寄与することであり、その事業内容は目的のための支援及び発展に寄与する事業への協力と“会員相互の親睦”である。
それを聞いた見学者のほとんどは、体育祭の帰りには後援会の入会申し込みをしていき、“会費”を払っていくという話だった。
入会者全員にその場で配られる南斗高校後援会会誌『広報三国』の今号の表紙は入学式の写真であり、トップは新入生代表挨拶をする桃、その下に並んで在校生の歓迎の挨拶をする吉田と仲西の写真が載っているという三国志ファン垂涎の一冊だった。(広報の名前は、転生ブームの度に変わっている。)
・・・私立南斗高等学校経営陣の手腕には舌を巻く以外なかった。
その、予想以上に多い観客の数に、入場してきた桃は・・・呆れかえった。
(暇人が多いのね。)
今日は、平日である。
なのに、全校生徒の保護者の総数より確実に多いと思われるこの観客の数はなんなの?と桃は思う。
(たかが、高校生の体育祭なのに・・・)
生徒の入場に合わせて上がった大歓声にもビクともしない的盧の首を褒めるように叩いてやって、桃は粛々と行進を続けた。
桃の前方には、先駆けとして2騎の騎馬が並んでいる。
右にいるのは赤兎馬に乗った串田だった。
威風堂々とした姿で、片手で“蜀”の字を染め抜かれた大きな団旗を軽々と持っている。
左に馬を進めるのは、これまた巨漢の戸塚だ。甲冑の上からでもはっきりとわかる鍛え抜かれた肉体は、周囲を圧して存在感を際立たせていた。
当然2人共、観客の声援などにびくともしない。
その2人の後に可憐な姿の桃が続き(桃が入場した途端の大歓声は、一際凄かった。「可愛いっ!!」という声に、顔が引き攣りそうな桃だ。)、桃の後方には、五将軍が轡を並べて行進してくる。
息のぴったり合った動きと、5人それぞれが放つ只者ならぬオーラが、騒然としていた観客から感嘆の溜息を引き出した。
五将軍の後ろには、明哉たち軍師陣がゆったりと馬を進めてくる。
優雅とさえいえる手綱さばきは、彼らがただの名士ではなく、時には将軍として戦場に立ち戦局を左右する存在なのだと顕示していた。
その軍師たちの中に内山の姿もあった。
毎年訪れる観客の中には、前世は荀彧であった内山を知る者も多く、いつも吉田のすぐ後ろを行進していた内山が“蜀”の軍団の中にいることにざわめきが広がっていく。
内山とその一党は、自分たちが観客の目を惹きつけていることを十分に承知し、殊更にその存在を見せつけるかのように、ゆっくりと余裕綽々に行進していた。
壮麗な軍団に、観客の目は吸い寄せられ離れられない。
桃たち蜀団が観客の注目を集めた大きな理由のもう1つは、騎馬の多さだった。
1年には元々20人の“馬持ち”がいる。異動をまだ許されない1年のその数は当然減ることはない。
そこに、留年していた戸塚が加わり、異動してきた内山たちが加わったのだ。
他の学年より多いのは当たり前だった。
午後から行われる騎馬戦では、公平を期して最も“馬持ち”の少ない“魏”団に合わせるのだが、この入場行進では、その制限はかかっていない。
騎兵の多い蜀団は、やはり、迫力と華やかさにおいて他の団より抜きんでていた。
その華やかな軍が、最初のコーナーを曲がった途端、真っ直ぐ前を見ていた桃の目に、各団の応援パネルが飛び込んできた。
(!?)
桃は・・・かろうじて動揺を表に出すのを堪えた。
(何、あれ?)
各団の応援席の後方に巨大なパネルが設置してあるのだが・・・その図柄に桃は頭を抱えたくなった。
3枚あるパネルの中で、一番マシなのは呉団のパネルだろう。
その図柄の中心は、白虎だった。
迫力満点。今にも飛び出して来そうな白虎がパネル中央に堂々と描かれている。
その完成度は別格としても、体育祭のパネルとしてはごく普通の図柄は、桃に安心感を与えてくれる。
体育祭のパネルとは、こうあるべきだ!と桃は思った。
なのに・・・魏団のパネルは、やっぱりと言えばいいのかどうなのか・・・描かれているのは、今にも剣を抜かんとし、前方を睨み付ける真紅の鎧の”吉田”だった。
たいへんクオリティーの高いそのパネルは、3m×4mくらいの大きさは優にある。
描かれた力強い瞳は、体育祭の会場全てを睨み付けるような迫力があり、これはこれで”有り”のパネルなのかもしれないが・・・
(こんな大きな自画像・・・吉田さんは、平気なの?)
桃だったら、居たたまれなさのあまり逃げ出してしまいそうだった。
しかし、平気どころか喜ぶのが”吉田”である。
・・・耐え切れず、桃は吉田のパネルから目を逸らした。
その先にあるのが、蜀団のパネルだった。
(誰?これ?)
桃の目が遠くを泳ぐ。
蜀団のパネルには、おそらく【桃園の誓い】のクライマックスシーンと思われる、3人の英雄が剣を合せ天を仰いでいる姿が描かれているのだが・・・
(どう見たって、欧米人よね?)
髪と目の色こそ黒だが、顔形、体型、どこからどう見てもアジア系の人種には見えない劉備、関羽、張飛の3人は・・・壮絶な美形だった!!
どこのハリウッドスターかというような3人の英雄に、桃の後ろの翼と利長も呆気にとられているようだった。(もちろん、その程度の事で馬の足取りを乱れさせるようなことはしなかったが・・・)
パネルの制作は、全て一般クラスが行うのだと聞いていた。
イメージの暴走って怖いと思わざるをえない桃だった。
遠くを泳いだ桃の目は、運悪く?観客席前方に陣取って上機嫌に手を振る自分の母と、その隣で何やら焦っている父。その父を宥めている両親の友人たちの姿を捉えてしまう。
(え?来たの?・・・仕事は?っていうか、なんで“おじさん”たちもいるの?)
何度も言うようだが、今日は平日なのである。
母はともかく父まで来るとは思っていなかった桃だった。
なんだか友人たちに押さえつけられているように見える父は、おそらく桃のスカートが短いと言って飛び出そうとして、止められているのではないかと思われる。
もう、何度目かもわからないため息を、桃は心の内にこぼす。
(やっぱり、来年は絶対スカートはやめてもらおう!)
決意を新たにしながら、桃は入場行進を続けたのであった。




