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セカンド・アース  作者: 九重


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体育祭 4

もう絶対!二度と!羽田とは2人きりにならない!!とかたく決意した桃は、今度はきちんと明哉と内山についてきてもらって、サイン済みのファンクラブ公認書類を羽田に渡した。


羽田も、そのへんはわかっていたのだろう。今回は自分の他にもう1人を連れて、前回と同じ会議室に来ていた。


連れられて来た人物は、なんだか気の弱そうな大人しい人で、自分は2年7組の“梨本(なしもと) 晴樹(はるき)”だと小さな声で名乗った。容貌は整っているが、これといった特徴のない地味な印象の少年で、猛や天吾といい勝負かもしれなかった。

桃のファンクラブの副会長になるらしい。

頭は良いそうで、荒岡、仲西の2年ワンツーフィニッシュ主従に次いで、常時3位の成績をとっていると、内山が教えてくれた。


「よろしくお願いします。」


生真面目に頭を下げた桃に、赤くなって「こちらこそよろしくお願いします。」と返事をしてくれる。


(うん!羽田さんよりずっと良いわ!)


そう桃は思った。


「これで“公認”だね?」


桃の心中を知ってか知らずか、嬉しそうに羽田は笑う。


「あまり誤解を招くような言い方をしないでください!あくまで桃はファンクラブを公認しただけです!」


「だから“公認”だろう?」


明哉は悔しそうに歯噛みして、内山はいつもの憂い顔を尚深く鎮痛に(しか)めた。

高校生が“公認”といえば“公認カップル”を連想するのは普通だろう。その誤解を与えるような言い方すら気に入らない明哉と内山だった。


・・・残念なことに、どこをどう見ても羽田の作った書類に不備はなかった。誤字脱字はもちろんのこと、言い回しのちょっとした間違いも見つからないのだ。


「こうまで完璧だと可愛げがないですね。」


書類を確認した西村の忌々しそうな口調が印象的だった。


対抗手段として、これとは別に桃のファンクラブを作って、そちらを先に承認してしまえば1人に1つという規則をたてにとって、羽田の作ったファンクラブを潰せるのだが、既に羽田の方が準備万端整えて意島に申し立てている今の段階では、それはとても間に合いそうになかった。


「もっと早く気づくべきでした。」


明哉が無念そうにくどくが、ファンクラブを立ち上げたり、それに入ること自体、一般クラスの生徒の特典である。

特別クラスの明哉がファンクラブを作ることなど、本来であればできるはずのないことだった。


結果、渋々サインした書類を羽田に手渡すしかなかったわけなのだが・・・


「ようやく公認してもらったんだ。今年の体育祭は、全力を出すかな。」


上機嫌で羽田は、そんなことを言いだす。

今年の体育祭()、という事は、昨年まではどうだったんだ?と突っ込みたいが、先日の内山の話を聞いていた桃たちには聞くまでもない事だった。

梨本だけが、「え?」という顔をしている。


「それは頼もしいですね。未だかつて“見た事の無い”貴方の本気をしっかり見させていただきます。」


嫌味たっぷりに言われた内山の言葉にも、羽田の機嫌は悪くならない。


「あぁ、期待していると良いよ。今年の体育祭の勝敗は一般クラスの成績だけで決まるんじゃないかな?」


青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)は、この上なく楽しそうに輝いていた。


「その言葉、忘れないでくださいね?」


忌々しそうに明哉は羽田を睨み付ける。


「もちろん。そっちこそ足を引っ張らないでくれよ。“桃”には完璧な勝利を捧げたいからね。」


・・・何時の間にか呼び方が、“相川さん”から“桃”に変わっていた。

驚いて上げた顔を覗きこまれ、今度から”桃“と呼ぶからと一方的に宣言されてしまう。


「何を勝手に!!」


「いい気になるのも、いい加減にしてください!!」


怒る明哉と内山など、まるで相手にしなかった。


あくまでマイペースな羽田は、上機嫌のまま部屋を出て行く。

何だか申し訳なさそうに頭を下げながら、梨本が後に続いた。


明哉と内山は、この際体育祭の勝利は捨てて羽田を負けさせる作戦を立てるかどうかで、真剣に検討を始めてしまう。


思わず大きなため息がでた。


体育祭がどうなることか、先が思いやられる桃だった。






そして、到来した体育祭当日は、そんな桃の心情にかかわらず、抜けるような青空の絶好の体育祭日和になった。



「本当に、この衣装は必要なの?」



入場行進前の控室で、桃は自分の姿を見下ろし、今日何度目かの質問をする。


部屋の中にいるのは、着替えを手伝った理子と、様子を確認しにきた明哉だけだ。

気を許している桃は、先刻から、「こんな衣装ありえない!」「本当に着なくっちゃいけないの?」などとくどき続けていた。


「当然です。入場行進そのものが既に最初の競技になっています。ドレッサージュといった馬術競技ほどではありませんが、馬をいかに正確かつ美しく運動させることができるかを採点されますし、歩兵の統率、行軍の一糸乱れぬ動きなど、細部にわたる評価項目があって、点をつけられます。・・・その項目の中に”外観”があるのです。」



・・・そう、なんと、南斗高校体育祭は、各団の入場行進から既に競技が始まるのであった。


どこのお祭りの武者行列かと目を疑うような華やかな軍団が粛々と行進する様は、見ている分には圧巻で眼福なのだが、自分が行進する側となれば、頭の痛い原因にしかならない。


”馬持ち”は騎乗して参加するのが原則の入場行進で、当然桃は先頭集団である騎兵の中心となって行進する。


あらためて言うまでもないことではあるが、桃は、特別クラス1年&一般クラス3年で構成される“蜀”団の団長であった。

もちろん、“魏”団の団長は吉田であるし、“呉”団の団長は仲西である。


「“外観”を整え、他を威圧し畏縮させる事は、効果的な戦法です。力を誇示し戦いの主導権を握るためにも“外観”は重要なのです。」


明哉の言う事はわかる。

そのとおりだとも思うのだが・・・


桃は、もう一度自分の衣装を見て、ガックリと肩を落とした。


(派手過ぎよね・・・)


桃には自分の衣装は、どこのコスプレイヤー?としか思えないものだった。


元来の桃の戦装束は、女性用に華奢で軽い胸と腰を覆う白銀の鎧だけなのだが、その鎧の下に着ている衣装が、普段の制服と違い、あまりにも可愛いすぎるのだ!!!


素材は、光沢のあるサラサラのシルクである。

和服のように2枚重ねの襟は白と黒のレースで縁どられ、美しい金糸の刺繍がその襟とゆったりとした袖口に精密に施されている。肩から胸、背中にかけても細かな紋様のレースがふんだんにあしらわれ桃の細くなだらかな体のラインを際立たせていた。上品に入ったドレープは、衣装をますます優美に魅せ、桃の動きに合わせて揺れる様は、ため息がでるようだ。


「こんなにフワフワ、ヒラヒラした衣裳が、本当に評価の対象になるの?」


うっとり見ている明哉とは、あきらかに違うため息をつきながら、桃は確認する。


「もちろんです!とても似合っていますよ。皆の士気も高まるでしょう!」


明哉の答えは、微妙にずれているような気がする桃だ。評価されるかどうかと皆の士気が上がるかとは、イコールではないと桃は思う。


頭を抱えたいのだが、髪の後ろの部分をキレイに結い上げられ、キラキラと輝く繊細で壊れそうな髪飾りをつけられているので、うかつに頭になんか触れなかった。

前とサイドの髪は、ゆるやかなウェーブをかけられ自然に流され、桃の小さな顔を縁どっている。

この髪形は、理子や文菜たちが早朝から数時間かけた自信作だった。


「入場行進が終わったら、すぐに崩さなきゃいけない髪形なのに、ここまで飾り立てる必要ってあるの?」


「もちろんよ!とっても似合っているわ!みんな大喜びよ!!」


理子の答えも、何か違うと思われる桃だった。



その髪形よりも更に問題なのは・・・桃のスカートだった。


(何で、スカート!?しかも、絶対!短か過ぎよね!?)


腰の甲冑からのぞくスカートはヒラヒラのフワフワで、やっぱりレースとフリルがたっぷりとついているものだった。


「戦装束なのに、このスカートは減点対象にならないの?」


「もちろんよ!可愛い白のアンダースコートも穿いているから心配ないわ!!」


「もちろんです!本当に、とても似合っていますよ。皆の士気も高まるでしょう!」


(だから!!絶対違うでしょう!?その答え!!)


上機嫌な理子と明哉には、もはや何を言っても無駄だと思われた。


しかし、確かに2人の意見もあながち外れたものではなかった。

可愛すぎる程に可愛い桃の衣装なのだが、それを着た桃の姿は、ただ可愛いだけのものにはならなかった。

そこには、どこか品があり気安く触れてはならないような威厳がある。

それはまさしく天命を受けた者の持つ雰囲気に見えた。

そんな桃の姿が、審査する者の目を惹かないはずがない!!



桃が、入場行進の華となるのは間違いないことだろう。



その肝心な入場行進の前からぐったり疲れた桃の側に、満足そうな表情を浮かべた明哉が近づく。


どこから取り出したのだろう?何時の間にか手に持っていた白く大きな羽を、仕上げとばかりに桃の髪にさした。


「あぁ、やっぱりよく似合う。」


「?!・・・これって?」


明哉は静かに微笑んだ。


「オリエンテーション合宿で、桃を庇った時に散ってしまった私の羽扇の羽です。」


やっぱり!と桃は思う。なんとなくそんな気がしたのであった。


「これは、一時とはいえ桃を守りました。体育祭でもきっと桃を守ってくれるでしょう。お守り代わりです。」


あの西村でさえ、この羽で桃を飾りたいと言った明哉に反対しなかったのだと嬉しそうに笑う明哉は、思わず見惚れてしまう程に美しい。


「・・・ありがとう。」


何故か、頬が赤くなるのを感じながら、桃は小さな声でお礼を言った。


「あなたを守れ、あなたを飾れるのです。この羽も本望でしょう。」


できれば、自分もこの羽のようでありたいのですと、明哉は低く囁く。


桃は、髪に飾られた羽にそっと手を触れた。

ふわりとした感触に、心の中までふんわりと暖かくなるような気がする。


「・・・体育祭、頑張りましょう。」


「もちろんです。」


桃の言葉に、明哉は力強く頷いた。


明哉も今日は落ち着いた品の中にも華のある軍師の盛装を纏っている。

見つめあう2人は、一幅の絵のようで、互いの目には相手への信頼が確かに宿り、自然に笑みを交わしていた。



「もちろんよ!!」



元気よく言って、突然割り込んだ理子が桃の腕にしがみついてくる!

せっかくのいい雰囲気を邪魔された明哉が端正な顔を顰めるのに、イーッと舌を出して、理子は桃を外へと導いた。


体育祭が始まろうとしているのだった。

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