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セカンド・アース  作者: 九重


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体育祭 3

『決して羽田と2人きりにはならないでください。』

明哉にそう言われ、

『はい。』

と桃は答えた。


正真正銘そのつもりだったし、決してその約束を(たが)えるつもりはなかった。


(だって、不可抗力よね。)


桃は、自分で自分に言い訳をする。


「何を考えているの?相川さん?」


会議室の長机を挟んで、すぐ目の前には、羽田の整った顔があった。

広い会議室にたった2人きり(・・・・)である。


あれほど見たくなかった青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)が、至近距離から桃を見ている。


「大したことではありません。」


不自然に目を逸らし、桃は視線を下に向けた。


(だって、私は意島先生に呼ばれただけだし!!)


放課後、用があるから生物準備室に来いと意島に呼ばれた桃は、素直にその言葉に従っただけだ。




体育祭の準備に忙しい明哉たち他のメンバーは、それでもいつもは少なくとも誰か1人が必ず桃の側にいるのだが、たまたま今日は、ほとんど全員に用があって、意島に呼ばれた桃について行ける者がいなかった。


「わしが一緒に行こう。」


それでも、比較的手が空いている剛が同行しようとしたのだが、いざ行こうと言う時になって・・・


「張公!お助け下さい!!」


飛び込んできた2年の小黒に捕まってしまったのだった。(体育祭を控えて、仲西はとっても張り切っているのだそうだ・・・)


「貴公らは!いい加減に自力で解決せんかっ!!」


「しかし!公〜っ!!!」


見捨てないでください!と泣きつく小黒の姿に若干引きながら、桃は1人で行けるから大丈夫だと剛の申し出を断ったのであった。


第一、桃は、ただ単に担任に呼び出されただけなのだ。

付き添いのいるようなものでもなんでもないはずだった。


しきりに謝ってくる剛に、気にしないでと言いながら生物準備室に向かった桃は、そこで待っていた意島に連れられて場所を移動させられる。


「ああ。ここだ。」


そう言われて案内された会議室にいたのが、羽田だった。


「!・・・意島先生?」


「ファンクラブの公認手続きだ。必要書類は羽田に全部渡して説明してある。大丈夫だな、羽田?」


「はい。任せてください。」


うんと言った意島は、そのまま頭をガリガリとかきながら、桃と羽田を2人残して部屋を去ってしまった。


この間、桃は呆然と立ち尽くしたままだ。


(なんで・・・?)


疑問に答えてくれそうな人は、羽田以外いそうになかった。


「座って、相川さん。書類に目を通して欲しい、サインの必要な所があるから。説明するよ。」


青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)が、楽しそうに桃を見ていた。


指示された羽田の向かいの席に座る以外の道が、桃には残されていなかったのだった。






大人しく座った桃に、意外にも羽田は真面目に書類の説明をしてくる。

ファンクラブ制度の説明から始まって、具体的に桃のする事、しなくても良い事の説明もしてくれる。

解かり易い説明に、桃は素直に聞き入った。


というよりも、逃げ場のないこの場所で、聞く以外の選択肢は残っていなかったと言っても良い。


「俺の説明は、わかった?」


聞かれて桃は「はい。」と返事をする。


「ならば、わかるだろうけれど、俺の作った君のファンクラブに瑕疵(かし)はひとつもない。君に他のファンクラブのない今現在、君はこれを認める以外にない。」


羽田は、ニッコリと桃に笑いかけた。



「此処に、サインして。」



羽田の指示したその個所は、このファンクラブを公認しますと桃が認める署名欄だった。




・・・桃は、書類から顔を上げて、羽田を真っ直ぐに見つめた。


「持ち帰って、検討しても良いですか?」


羽田は、破願した。


「どうぞ、どうぞ。どこからどう見たってケチのつけようのない書類だけれどね。気の済むまで検討してくれて良いよ。」


それを返してくれる時に、また君に会えるしねと羽田は嬉しそうに笑う。



「・・・孔明の“許可”がいるのかい?」



からかうようにそう聞いてきた。


「“許可”というか・・・1人でサインしてきたって言ったら、きっと心配すると思うから。」


桃自身は、羽田がこんなところで下手な小細工などしないとは思うのだが、心配性な自分の友人たちを思えば、ちゃんと書類を見せて安心させてからサインした方が良いに決まっていた。


「優しいんだね。」


羽田の言葉に、桃は首を横に振る。

これくらいの気配りは当然のことだろうと思う。

優しいなんていうレベルではないはずだった。





その後、なんとなく黙り込んで、冒頭の羽田の問いかけが発せられたのだ。


「そう。・・・俺は、なんだかドキドキしているよ。ようやく君とこうして向き合うことができた。」


俯いた桃の顔に、長い指を伸ばした羽田は、顎に手をかけて桃の顔を自分に向ける。



・・・確かに、桃もドキドキしていた。



ただし、桃のドキドキは、明哉との約束を破って羽田と2人きりで会ったことにより、明哉たちにどんな風に怒られるかという事へのドキドキだ。


(絶対、怒るわよね。)


帰ってからの事を思うと、桃の動悸は止まらなかった。


羽田さんも、戻ったら誰かに怒られるのかしら?と思った桃は、少し羽田に親近感を抱く。


「・・・私もです。」


小さな桃の返事を聞いて、羽田は薄く微笑んだ。




「この前は聞き損ねたけれど・・・相川さん、君は小中学時代の俺を覚えているかい?」


「羽田さんは、有名人でしたから。」


桃の返事に、羽田は、今度は嬉しそうに笑う。


「俺も、君を覚えているよ。」


囁かれる羽田の声は、今日も甘かった。

信じられずに目を見開く桃に、少し困ったように眉間にしわを寄せて桃を見てくる。

そんな顔も、見惚れるような色気がある。



「本当だよ。・・・もっとも、君を知ったのは、俺の卒業式の時だったけれど。」


「卒業式?」


羽田は大きく頷いた。


「覚えているかい?君は、答辞を読む俺に胸花(きょうか)をつけてくれる役割だった。」


・・・確かに、羽田の卒業式の時は、生徒会顧問だった担任のせいで、随分雑用を押し付けられた覚えがあった。

当時は、記憶を取り戻したばかりで、ほとんど夜眠る事ができず、始終ぼんやりしていたというのに余計な事をさせられて、随分腹立たしかったものだった。

しかも、その役が桃に回って来た理由が、「お前が一番そういう事に興味がなさそうだからな。」というのだから呆れてしまう。

羽田に近づきたい女の子は他に沢山いたのに、貧乏くじを引いたような気がしたものだった。


徐々に蘇ってくる記憶に、桃は複雑な思いで目を逸らす。


それをどう受け取ったものか、羽田は少し硬い声で当時の事を話し続けた。



「どこか遠くを見る目で、俺を見た君が、俺に何と言ったか覚えているかい?」



遠くを見ていたのは眠かったせいで、何も覚えていない桃は、言葉に詰まる。


羽田の口角が、微かに上がった。




「君は、俺に・・・『前世を悔いておられるのですか?』・・・と、聞いてきた。」




本当に、少しも覚えていない桃だった。


かまわず羽田は、言葉を続ける。




羽田の、青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)は、想い出に(けぶ)って桃を見詰めていた。


あの時、少し驚いた羽田は自分の胸に胸花をつけるために下を向いている見知らぬ少女を見下ろしながら、当たり障りのない返事をしたのだ。


「前世を少しも悔いぬ者などいるだろうか?」


何故、この少女が自分にそんな質問をしたのか、わからなかった。


少し黙った少女は、やがて顔をしっかりあげて、羽田の目を真っ直ぐに見つめてくる。




「行きし”先”に、あなたの”答え”が有ると思っておられるのですか?」




今度こそ羽田は、息をのんだ!!


この少女は、自分の何を知っているのだろう?!と思う。


少女の瞳は、黒く、深く、全ての光をその中に閉じ込めているかのようだった。


羽田が答えを失っている間に、生徒会顧問が羽田の側に来て、少女との会話はそこで途切れた。

何だかハッとしたような少女は、「卒業おめでとうございます。」と言って、羽田から離れて行った。



それが、小中学校を通じて、たった1度羽田が桃と交わした会話の全てだった。



「生徒会顧問に君の名前を聞いてね。あの時からずっと俺は、君ともう一度会いたいと思っていた。」


羽田にそう言われて、桃の背中に冷たい汗が流れる。


(本当に、全然、全く、覚えていないわ。)


かろうじて最後の「卒業おめでとうございます。」だけは、何とか覚えがあるような気がするが・・・

というか、卒業式なんだから、それは言っただろうと思うだけかもしれない。


何でそんな、意味深な話をしたのか?

当時の自分に聞いてみたい桃だった。



「相川さん・・・」



ヘビに睨まれたカエルのような気分で、桃は羽田の青紫色の瞳(ヴァイオレット・アイ)の前で、かたまる。



「君は、俺の何を知っている?・・・俺の”答え”を、君は何処にあるのだと思っている?」



何も知らないし、わかりません!と桃は答えるつもりだった。


羽田に顎を掴まれていなければ、桃は大きく首を横に振ったことだろう。


しかし、果たせず、無理矢理に羽田の瞳を覗きこまされていた桃の手は、無意識に自分の左胸を抑えるような動作をした。



「!?・・・それは、心の内にあるという事?それとも、君自身に?」



そんな無意識の動作に答えを求められても困ってしまう!

桃は、ますます答えに(きゅう)した。



幸いな事に、そんな進退(きわ)まった桃に、救いの手が差し伸べられる。



「桃!無事か!?」



息せき切った剛が、駆けつけて来てくれたのだった。(いつもの、説教1時間コースを、30分で切り上げた剛が、意島の元に行くと、意島は事もなさそうに、桃を羽田と2人きりで置いてきたと答えたのだ。慌てて、剛はとんできたのであった。)


「邪魔が入ったね。」


残念そうに言うと、羽田は桃から手を放し、そのまま立ち上がった。


桃は、ホッと安心する。


しかし、その安心は、少し早かった。



隙の出た桃の頬に、羽田がもう一度手をかける。



「?!」



驚いて見上げた桃の顔に、長身を屈みこませた羽田のキレイな顔が落ちてくる。


なんと!そのまま羽田は、桃の頬にチュッ!と大きな音を立ててキスを落としたのだった!!


「!!!」


「!!・・・貴様!!!」


怒声を上げる剛をキレイに無視して、羽田は桃に笑いかける。




「君は、俺に”答え”をくれるのかい?」




いや、その質問は意味がわかりません!と桃は思う。

当然今のキスも、意味がさっぱりわからなかった。


掴みかかろうとした剛をひょいっとかわし、羽田は悠々と部屋を出て行く。


「サインをしたら、連絡して。いつでも取りに行くよ。」


そう言って羽田はスッと消えた。




サインって?と考えて、ファンクラブ公認書類のサインなのだと思い出す。


流石の桃も、唖然としていた。


「大丈夫か!?桃!!・・・すまない!わしがついていてやれなかったばかりに!!!」


派手に嘆く剛を、我に返った桃が反対に慰める。


「大丈夫よ。剛。ほっぺにチュッくらい、うちのパパたちはよくやるのよ。」


前世が英国人だった桃の父親はスキンシップが激しく、頬にキスくらい、桃にとっては日常茶飯事だった。ついでに言えば、両親の友人たちも同じく英国人だったから、彼らにも娘同様に可愛がってもらっていた桃は、そのくらいでは動じる事はなかった。


「しかし!!」


「平気だから!!」




・・・しかし、もちろん、それは平気でなどなかった。




事の次第を聞いた明哉たちの反応は物凄かった。


何故か涙目な理子に、消毒液でゴシゴシと頬を擦られながら、桃はみんなを必死で(なだ)める。

翼や利長等、そのまま一般クラスに殴り込みに行きそうなメンバーを本気で止めた!!




疲れ果てた桃は、もう絶対!二度と!羽田とは2人きりにならない!!とかたく決意したのであった。

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