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セカンド・アース  作者: 九重


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ゴールデンウィーク 11

まるで、ティーンのファッション雑誌から抜け出したような美少女2人が、翼と利長にとびきりの笑顔で話しかけようとする。


「ねぇ・・・」


しかし、翼と利長は、ものの見事にその美少女たちをスルーして通り過ぎようとした。


「ちょっ!待って!!」

「あのっ!!」


慌てた美少女たちに、はっきりと呼び止められて、翼と利長は怪訝な表情で振り返る。


「何か?」


代表して聞き返した利長の顔は、直前までの桃に向けていた笑顔が嘘のように無表情だった。


美少女たちは、思わず(ひる)む。

それでも、気を取り直して話しかけた。


「今、その、見ていて・・・」

「メチャカッコよかった!」

「だから、その・・・」

「私たちと遊ばない?」


小首を傾げて誘う様子は、男ならば10人中8人までは、即OKと言うだろう可愛さだった。

しかし、残念ながら此処に居る2人は、10人中の残り2人の方だ。


利長は、間違いなく初対面の人間に気安そうに話しかけられて、眉間に皺を寄せた。


「どこかで会ったか?」


「やだ!それって、ナンパ?」


きゃあきゃあと騒ぎ立てる声も、癇に障る高さだった。


「すまないが、知り合いでないなら、そちらの相手をするつもりはない。他を当たってくれ。」


素っ気なく言うと、利長は桃と翼を促してその場を立ち去ろうとした。


焦ったのは、美少女たちである。

未だかつて、彼女たちは男からこんな扱いを受けた事が無かった。


「なっ!?」

「私たちの誘いを断るの!?」


利長は、思いっきり冷たい目を向けた。


「そう言っている。」


日本語も理解できないのか?と呆れたように利長は呟いた。


「!?」


その声がしっかり耳に届いた美少女たちは、言葉もなかった。

ワナワナと震える。


ショックを受ける彼女たちに、もう目もくれずに立ち去ろうとした利長たちに、言ってはならない一言が投げつけられた。


「信じらんない!!」

「目が腐っているんじゃないの!・・・私たちより、“そんな地味な女の子”を選ぶなんて!!!」


当然、“そんな地味な女の子”とは、桃のことである。


桃は、言われた事に傷つきもしなかったし、腹も立たなかった。

確かに自分は、彼女達に比べれば随分地味だ。

本当の事(と桃は思っている。)を言われて気を損ねる程、狭量(きょうりょう)な人間ではないつもりの桃だった。


しかし、利長と翼は違った。


彼らの姿が一瞬ぶれる!


気がついた時には、少女たちの目の前数センチの位置に、利長と翼の拳が突き出されて止まっていた。


「ヒッ!!」


風圧が少女たちのセットされた髪を後ろに吹き飛ばす。

拳を寸止めされて、少女たちはヘナヘナとその場に(くずお)れた。


腰が抜けたのであった。


「桃に対する侮蔑は、女子供といえども許さない!」


「その程度の容姿で調子に乗るなよ!」


戦場において、屈強な敵をも(ひる)ませる迫力で睨まれて、少女たちに耐えられるはずがなかった。


今にも泣き出しそうな彼女たちを救ったのは、桃だった。


彼女たちにとっては、震えあがりそうなほどに恐ろしい利長と翼を軽くいなして、引き下がらせる。


「ダメでしょう?恐がらせては。・・・すみません。大丈夫ですか?」


桃は、優しい表情で彼女たちに笑いかけた。

コクコクと頷く様子に、良かったとホッとした表情で、(いたわ)りをこめた眼差しを向ける。


「大丈夫です。彼らは、本当は優しいんですよ。」


そう話しかけてくる桃を、少女たちは、なんだかボーッと見詰めていた。


「桃!行こう。」


その視線が気に入らなくて、翼は強引に桃の手を引っ張る。

もはや美少女たちには一瞥もくれようとしなかった。


「もう、翼ったら。」


そう言いながら、桃はもう一度彼女たちにニコッと笑いかけてその場を後にする。

未だ座り込んだままの少女たちの頬が、確かに赤くなったのを、利長は見てとり頭を抱えた。


「女でも、油断できないのか・・・」


理子でわかっていた事とはいえ、頭の痛い利長だった。






その後、桃たちはカラオケで歌いまくって帰途についた。


幼い頃は病弱で喉も弱かったために、ほとんどカラオケに来たことがないと言った桃は、思う存分歌えて、物凄く楽しんだようだった。

桃のよくとおるキレイな歌声に、うっとりと聞き惚れた翼と利長も、もちろん大満足だ。

3人は、音楽の趣味もよく合って、一緒に歌ったり得点を競い合ったりと何をしても楽しかった。

結局ランチもカラオケで食べて、寮に入れるギリギリの時間までねばってしまった。



はしゃぎ疲れて・・・帰りの電車の中で、桃は眠っている。


桃の頭は利長の肩に預けられ、その桃に、やっぱり寝てしまった翼がもたれかかっている。


そんな2人の様子を見ながら、利長は幸せそうな吐息を吐いた。

もし、桃にもたれかかっているのが翼以外の誰か・・・そう明哉だったり隼だったりしたら、利長は問答無用で叩き起こしただろう。

椅子から落として、足蹴にするかもしれない。

なのにそれが翼であれば、仕方ない奴だなと笑って許せるのだ。

それどころか、何時までも3人でこうして電車に揺られていたいとすら思ってしまう。


やはり、“自分たち”は特別だった。


その思いを深くすると共に、一層確信する。


桃は、劉備であると!


・・・何故、自分たちの唯一無二の主君であり義兄(あに)である人が、自らの前世を偽り、自分が劉備であることを認めないのか、わからない。

そこには、何か大きな理由があり、それは義弟(おとうと)である自分たちにさえ言えないものなのだと思えば、心はざわつく。


それでも・・・きっといつかは、話してくれる!


利長は、そう信じた。

信じて待つ決意を固める。



電車が降りる駅に近づいていた。

名残惜しく思いながらも、利長は2人に声をかけて起こす。


長かったゴールデンウィークが終わりを告げるのだった。



起きた翼が、また桃の寝顔を見られなかったと地団駄ふんで怒って、逆恨みされた利長が、やっぱり叩き起こして足蹴にしてやれば良かったと後悔するのは、このすぐ後である。


そして、戻った利長と翼に対して、明哉たちの陰隠滅滅とした“意趣返し”が始まるのも時間の問題だった。

しかもそれは、今後1週間にも渡るのだ。



ゴールデンウィークは、確かに終わった。






朝方に目が覚める。


頬は涙に濡れていた。


夢の中で、自分は“漢安の農民の妻”に戻って(・・・)いて、無力に虐げられ、なす術もなく死んでいった。


(夢の中でさえ、できぬものはできぬのか・・・)


あまりの無力さに心が塞がれる。


己が夢でさえも、自由に結末を変えられぬ程の絶望。


最下層の農民のそのまた妻に、戦乱の中でいったい何ができただろう?

与えられる暴力にジッと耐え、その力が自分の周囲の愛する者たちを傷つけ奪うのを断腸の思いで見続け、やがて自身を殺される。


あの時(・・・)の自分は、嘆くこともできぬほどに、無力だった。


戦の陰には、何千、何万・・・数える事の叶わぬほどの無力な民がいる。

そして、その民1人1人に、人生があり、家族があり、命がある。


自分がその多くの無辜(むこ)の民の1人であったことを覚えている。


(・・・忘れては、ならない。)



桃は、重い頭を起こした。



13歳の時に記憶を取り戻して以来、ずっと代わり映えの無い、いつもの朝である。


でも・・・


(3人で眠った時には、夢も見なかった。)


あんなにぐっすり眠れたのは、本当に久しぶりだった。

安心しきって眠って、目が覚めて、翼がいて利長がいて、両親までいた。


思い出した“幸せ”に、自然に笑みがこぼれた。


帰りの電車の中の眠りでも、悪夢は影も形も忍び寄らなかった。そう言えば、オリエンテーション合宿で、明哉や天吾たちに守られて転寝(うたたね)をした時も、悪夢を見なかったなとぼんやり思い出す。


罪深い自分に一時(いっとき)許された、まるでそれ自体が“夢”であるかのような幸せな時間。


記憶を取り戻してから、ずっと桃がよく眠れていなかったことに気づいていた母親は、昨日の様子を見て、桃に“どっちでもイイから”片方を手っ取り早く“彼氏”にしちゃいなさいとけしかけた。


「“どっちでもイイ”って何よ?」


呆れて桃が呟けば、


「そのとおりの意味よ。どうせあの様子なら、片方を手に入れれば、もう片方だって、もれなくついて来るでしょう?」


そんな、何かのおまけか全員プレゼントのような言い方はないでしょう?と思いながら、相変わらずの母の慧眼に恐れ入る。

何故か、父親以外にも、容姿や人格に優れたとびきりの男性の“友人”を何人も持つ母親の言いそうなことだった。


桃はベッドから抜け出ると、鏡の前に立って登校する仕度を始める。

着ていたパジャマを脱いだ。


白い下着をつけた、小さな少女が鏡の中から桃を見返す。


そこに居るのは、生活に疲れた農民の妻ではなく、威風堂々とした聖人君子の英雄でもなかった。


(何の変哲もない、ただの少女。)


それが自分だ。


それこそが、自分の“器”の真実の姿なのだと桃は思う。


制服のシャツを羽織り、ボタンをかけ、緑のタイを結ぶ。

1年1組1番 相川 桃 が鏡の中に居た。

高校1年生の15歳の少女。


此度(・・)の転生の自分の姿に笑いかける。


鏡の中の少女は、つまらなそうな笑みを浮かべた。



その笑みが、自嘲の笑みに変わろうとした瞬間・・・



コンコンと、部屋のドアがノックされた。


「おはよう!桃ちゃん!朝食を食べに行きましょう!!」


ドアの向こうから、理子の元気の良い声が聞こえてくる。


「あ!はい。待って!今、顔を洗うから!!」


まだ、顔も洗っていなければ歯も磨いていない事に気づき、桃は慌てる。

とりあえずドアを開けなければと、鏡の前から移動した。


(本当に、理子ったら、朝から元気がイイんだから。でも、本当に早くしなくっちゃ、みんな迎えに来ちゃう!)




・・・鏡は、パタパタと室内履きの音を立ててドアへと向かう少女の横顔を映す。




その横顔は、本人はわからずとも、自然に心の底から湧き上がる楽しそうな笑みで生き生きと輝いていた。

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