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セカンド・アース  作者: 九重


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ゴールデンウィーク 8

昼間の騒動が嘘のような静かな仲西邸最後の夜に、桃は困惑して立ちつくしていた。


桃の前にいるのは、荒岡と松永、小黒に佐野である。

前世で言えば、周瑜、程普、魯粛と諸葛謹であった。


呉の重臣が揃って桃に頭を下げている。


ちなみに桃は1人だった。

昼間の騒動もそうだが、昨日同様の豪華絢爛な夕食に疲れて早々に自分に割り当てられた部屋に戻ったところに4人が訊ねてきたのだ。

(今日はきちんと礼儀正しく夕食の席についた覇月は、自分の父に向かって、桃と兄の婚約?!を待ってくれと頼んだ。自らも桃の夫候補として名乗りをあげたいと言った息子に仲西の父は驚いたが、どちらにせよ、桃さんが我が家の花嫁になるのならばと了承した。気軽に了承するな!と怒鳴りつけたい桃だが、招待されている手前、あまり強く出られずに曖昧に笑ってごまかす以外手が無かった。)


床に膝をつき、桃の前に土下座せんばかりにして、荒岡が懇願する。



「どうか、我らに“張公”をお返しください!」



桃は、目を見開いた。


「かねてから思っていましたが、昼間の騒動を見て確信しました。陛下と長沙恒王さまには、張公が必要なのです。2学期になって張公が異動を希望された際は、どうか“応”と仰ってください!」


「お願いします!!」


その場で叩頭する男たちに、桃は・・・ため息をついた。

まったくもって呆れる以外にないと思う。


「・・・頼む相手が違うのではないですか?」


異動するかどうかを決めるのは剛だ。

肝心の剛を抜きにして、どうしてこの4人が桃のもとにくるのだろう?


「それは、当然張公にもお願いに参る所存ですが、その前に1年代表として、あなたがその際には反対しないという、お約束をいただきたいのです!」


「異動には、学年代表の応諾がいります!せっかく我らが張公を説得できても、あなたが“否”と仰られれば何にもならない!」


「どうか!決してそんなことをなさらないと我らにお約束ください!」


「そのためならば、我らは我らにできる範囲で、1年に協力を惜しみません!」


「どうか、お願いします!!」


・・・きっと本人たちは、一生懸命なのだろうが・・・桃は頭を抱えた。


(頭痛がしそう。)


その桃の様子を迷っていると見てとった荒岡が、なおも言葉を重ねようとする。

桃は、それを遮った。


「頼む相手が違うと言いました。あなたたちが伏して願わなければならない相手は、剛です。私ではありません。」


「しかし!」


「それとも、私から“言質”をとって、剛に言うつもりですか?私は・・・1年は“あなたを必要としていない(・・・・・・・・)”から、自分たちのもとに来て欲しいと。」


桃の言葉に、ハッとした荒岡は唇を噛みしめ俯く。

その姿は、桃の疑惑があながち外れていたわけでもないことを感じさせた。


「そんな!それは、あくまで最終手段で!!」


思わず漏らした松永の言葉を佐野が慌てて止めようとする。


桃は、こめかみに指を当て、そこをグリグリと揉んだ。


(本当に頭が痛くなってきたわ。)


「どうするかを決めるのは、あくまで剛です。私に決定権はありません。」


桃の言葉に荒岡が俯いていた顔を上げる。


「しかし!“異動”のルールでは!」


「ルールなんか、関係ないんです。」


この男は、本当にわかっていないのだろうか?と、桃は不思議に思う。



「逆に、お聞きします。昨年の“異動”で、出て行きたいと言った者に、仲西さんや吉田さんが“否”と言った事がありますか?」



荒岡は、息をのんだ!

他の男たちも、桃の言葉に目を見開いて驚く。

言われてみれば、昨年1年間、仲西も吉田も自分たちの学年から異動して出て行く者に対して“否”と言ったことはなかった。


・・・昨年の3年は、後漢末期の転生者が多く、学年代表は、前世は袁紹(えんしょう)だという男だった。

袁紹は、曹操に敗れて病死するまでは、天下を取る可能性が一番大きかった人物である。家柄、容貌、人柄、全て曹操より格段に優れていたこの男は、なまじ優秀なだけに他人の意見を聞き入れる柔軟さが足りず、その、人の上に立つものとしては“重大な欠点”ゆえに、天下を制することができなかった人物でもあった。

その袁紹の転生者である3年代表は、自分の元から吉田や仲西の元に優秀な人物が異動するのを嫌って、よく“否”を連発していたが、それでも仲西も吉田も、気に入らぬ者が入って来るのに“否”を言ったことはあっても、出て行く者には決して“否”とは言わなかった。


「何故、それを・・・?」


「やっぱり。・・・そうでしょうね。」


桃は、深く頷く。


「例え、どれほど優秀な人物であっても、自分から離れて行きたいと思っている人間が、自分の役に立つはずがありません。そんな人を手元に縛り付けておいても、仕方ないでしょう?前世の・・・あの戦乱の時代であれば、敵の手に優秀な人材が渡る事は、即自国の危機に繋がりますから、許すことはできなかったでしょうが、ここはセカンド・アースです。国の命運や命のかかっていない戦いなんか(・・・)で、嫌がる相手を自分の元に留めようなんて真似を、あの2人がするはずがありません。」


きっぱり言い切った桃に、荒岡たちは目を瞠る。


確かに桃の言うとおりかもしれなかった。

何より桃・・・いや、劉備は前世で、曹操に母親が捕まった徐庶が、自分の元を離れていくのを許して(・・・)いるのである。あの戦乱の時代にあってさえも、自軍の軍師が敵の元に行くのを許した劉備の言葉は、何より説得力があった。


一方、桃も自分の予想が当たって、心の中にあった悩みがスッと収まった。


桃は、ずっと、何故吉田が内山の異動の願い出に“応”と答えたのかを疑問に思っていたのだった。

最高の“王佐の才”の持ち主と言われる荀彧を何故あの曹操が手放したのか?

考えに考えて・・・やがて思い至る。


自分であっても“応”と言うに決まっていると。


荒岡たちに説明したとおりだ。

今世の戦いに、嫌がる者を引きとめてまで“勝つ”理由などありはしない。

かえって、今の吉田なら内山との戦いを楽しみさえするだろう。


(おかげで、私は大迷惑だけど・・・)


曹操だって、かつて一時的に曹操に下った関羽が、劉備の元に帰る事を許した人物だった。

考えてみれば、当たり前のことだったのだ。


仲西・・・呉の孫権だって同じ考え方をするに決まっていた。

そんなことは、確かめるまでもないことだった。


彼ら2人の考え方は・・・わかる。


わかってしまう。


「剛であれ誰であれ、自ら考え私の元を離れる道を選んだ者を、私は否定するつもりはありません。どの道を選ぶかは本人の自由です。自由に選ぶ事のできる世界に私たちは転生したのです。」


そうでしょう?と言われて、荒岡たちは、返す言葉を失っていた。


自分たちより遥かに華奢で小さいはずの少女が、大きく見える。


この少女は、間違いなく自分たちの主君である仲西と同じものを持っていた。

人を惹きつけ、その言葉や態度で、敵わないと感服させ、心酔させるような何か(・・)


(・・・これが、帝というものなのか?)


この少女に対し、言質を得ようなどと画策した己を恥ずかしく思う。



桃は、クスリと笑った。



「それに、例え剛がどんな道を選ぼうと“友だち”なのは、変わりありませんから。」


「・・・友だち?」


嬉しそうに桃は頷く。


「立つ陣営が違っても、剛は1年1組の仲間で“友だち”です。それは変わらないでしょう?」


異動は、軍学の授業だけだ。要は選択科目が違うだけのようなものだと桃は思う。

そんなことで“友だち”を止める必要は、ないはずだった。


あっけらかんと、自分から離れ、敵につくかもしれない者を“友だち”と言いきる少女を、荒岡たちは呆然と見詰める。


(・・・本当に、大きい。)


そして、人間的にとても敵わないと、荒岡たちは思った。




再び荒岡たちは桃の前に頭を下げる。


懇願の意味ではなく、敬意をもって自然に下がった頭だった。


「お言葉、胸に染みました。私どもは自らの意で誠心誠意、張公に願い奉ります。そして選ぶのは張公ご自身のご判断にお任せいたします。それでよろしいですね?」


「それが、筋でしょう。」


大げさな物言いに呆れながらも桃は頷く。



その桃に・・・荒岡は1歩近づいた。



「それとは別に、私からあなたにお願いがあります。」


仲西に勝るとも劣らない美貌の男が、桃の前に(ひざまず)く。

キレイな顔が、麗しいとしか言い表しようのない微笑を浮かべて、桃を見上げた。



桃の背筋に、何故か悪寒が走る。



「な、何ですか?」


聞きたくない!と思いながらも、相手は上級生だと言い聞かせて、桃はイヤイヤ訊ねた。


荒岡は、それはそれは美しく笑った。



「私も、あなたの”お友だち”にしていただけませんか?」



「?!・・・なっ!!」


何で?と言いたかった桃だ。


内山に続いて人生2度目の”お友だちからお願いします!”に、やっぱり狼狽(うろた)えてしまう。


どう答えれば良いのかと焦っている内に、内山の時同様、横槍が入った。


「櫂!抜け駆けだぞ!!」

「それは、私がこれから頼もうと思っていた事です!!」

「桃さん!弟同様、私とも水魚の交わりを結びませんか?」


一斉に話されて、桃はわけがわからない。

おろおろするばかりであった。






その様子を、扉の陰から覗きながら、明哉は大きく舌打ちした。


「・・・ったく、あの兄は。」


苛々と呟く。


「もう!黙って見ていられません!行きますよ!剛!!」


振り返った明哉の背後には、何だか呆然としている剛がいた。

元々幼い容姿に、酷く無防備な表情を浮かべて立ち尽くす剛に、明哉は・・・小さく笑う。


「・・・わかっていたはずでしょう?桃がああいう方だということは。・・・桃は、あなたがどんな選択をしようとも変わりませんよ。」


剛は、なんだか泣き出しそうだった。


「わしを”友だち”だと・・・」


「当然でしょう。それは、桃にとっては今もこれからも変わる事のない事実です。剛あなたも・・・そして”拓斗”も気に病む必要など何もないのですよ。」


明哉の言葉に、剛は驚いたように顔を上げる。

拓斗の悩みを何となく察していた剛だったが、どうやらそれは明哉も同じようだった。


明哉は静かに頷きかける。


「2学期までには、まだ時間があります。お2人ともよく考えて答えを出してください。あなたたちが悩んで出した答えを、桃も私たちもそのまま受け入れます。・・・”友だち”として。」


耐え切れぬように、剛は顔を俯けた。


扉の向こうでは、桃が荒岡たちに、ますます言い寄られている。


「あぁ!!もうっ!!!行きますよ、剛!!あなたの責任で、あのバカどもを排除してください!!桃に近づく(やから)は、これ以上猫一匹だって増やせません!!!」


明哉は叫ぶと、部屋に乱入する。



「桃から離れなさい!!!」



明哉の怒鳴り声を聞きながら、剛は俯けた顔から涙をぬぐった。


せっかく明哉が気づかぬふりで飛びだして行ってくれたのだ、この涙を桃に見せるわけにはいかなかった。


ありのままの自分を受け入れ”友だち”だと言ってくれる得難い少女。

そしてクラスメイトたち。


自分は、良い年に転生したのだと心から思える。


剛は、前を向いた。


悩み、考え、己の道を決めようと思う。


この騒動が片付いたら、即拓斗に連絡を入れようと決意しながら、部屋の中に踏み入る。



「周公!程公も!横江(おうこう)将軍や中司馬殿まで!何をやっておられるのか!!」


(中司馬とは、諸葛謹の役職である。)


「うわっ!」

「張公!?」

「聞いておられたのですか!?」

「こ、これは!あのっ!・・・その!」



「だまらっしゃい!!!」



張昭に一喝されて、呉の重臣たちは、蒼ざめ小さくなる。

その夜・・・剛の説教が、延々と続いた事は、言うまでもない。


付き合いきれなかった桃が、自室で寝るのを諦め、誘われるままに明哉の部屋に行こうとして、突如現れた理子に(さら)われるのは、また別の話である。


仲西邸最後の夜は、更けていった。

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