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セカンド・アース  作者: 九重


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ゴールデンウィーク 6

「蓮、押されているぞ!もっと将を前に出させろ。」


「やっている!」


戦場の中、よく通る明哉の大声での指示に、“大江 蓮”・・・前世の徐庶は、負けずに大声で不機嫌そうに怒鳴り返す。


仲西邸滞在2日目。


屋敷に隣接する広すぎる鍛錬場で、桃たちは2年の面々と、訓練と称した戦闘を行っていた。


「どうせ昨日の攻撃で我々の戦力は、ある程度は知られてしまったのです。こうなれば徹底的に戦って、1年の戦力分析をした方が我らの益になるでしょう。」


荒岡が仲西にそう進言した結果だった。

いつも剛に説教されて情けない姿ばかり見られている仲西も、戦闘で少しは格好良いところを見せたい!とでも思ったのか、この進言を素直に受け入れる。


「意外ね。」


不思議そうな桃に、明哉は苦笑した。


「“礼”のつもりなのかもしれません。」


そう、十中八九、この戦闘は昨日明哉が助言したことに対する荒岡からの“礼”だろう。

律儀な男だと明哉は思った。借りを作ったままでいるのがイヤなのかもしれない。


桃は、不思議そうなままだったが、せっかくの2年を知る機会なのだ、ありがたく申し出を受けることに決める。


戦いとは言っても、目的は勝つことではなく、互いに互いの力量を計ることだ。

だとすれば、その方法は、下手な策略や陰謀を巡らすことではなく、正々堂々とした正面攻撃になる。


軍を展開し真っ向から勝負をしているのだが、その戦法では、やはり1日の長がある2年の方が有利であった。

蓮ならずとも全体的に1年は押されている。

そうでないのは、串田・・・前世の呂布の力を前面に押し出した牧田の指揮する隊だけという状況であった。

もっとも、西村などは敵の力を知るために、わざと利長や翼の力を抑えているようにも見える。


「相変わらずやり口が、えげつない。」


ボソッと明哉は呟いた。

桃は苦笑する。

諸葛亮と法正の仲が悪いのは今に始まったことではなかった。これで、お互いの“力”は認めているのだから、余計な口は挟まない方が良いに決まっている。


「・・・流石に2年の戦いは見事ね。」


「そうですね。個々の力量は然程(さほど)違わないものの、まとまった軍としての展開の仕方、用兵によどみのない流れを感じます。指揮を執る者も、それを受ける者も慣れているのでしょう。」


戦況を見守る桃と明哉は、戦いの場より後方の高台に設けられた1年の本拠地にいる。

ここからは戦いの様子がよく見える。

1年間の戦闘経験の差というものが、これほど大きいとは思ってもみなかった桃や明哉だった。


改めて知った事実に気が引き締まる。


しかも、これは通常の2年の全軍ではないはずだった。ここには、中間考査の成績が心配な者は来ていない。その証拠に模擬戦で仲西たちと居た人物の内、1人の姿が見えなかった。

呂布に討ちかかろうとした、確か、あれは前世は凌統だと剛が教えてくれた人物だと思い出す。


(凌統・・・今世では、勉強が苦手なのね。)


血気盛んな若武者の姿が記憶に蘇る。

前世では、父祖を敬う勇猛果敢な青年も、今世の“中間考査”の前には勢いを弱めざるを得ないようだった。


もっとも、全軍でないのは1年も同じだった。


急遽決まった今回の仲西邸の訪問には、日程の都合のつかない者は連れてきていない。2年同様、中間考査の成績が心配な者も今回は自粛してもらっていた。


1組の主要メンバーの中では、“拓斗”の姿が此処にはなかった。

もちろん拓斗が、中間考査が不安だなどというはずはない。

今回の話を聞いた拓斗は、“都合が悪い”と俯きながら同行を断ったのだ。

元より桃には無理強いするつもりなど毛頭なかった。


気にしないでと笑った桃に、向けられた拓斗の視線は・・・揺れていた。


その姿はあまりに頼りなく見えて、声をかけようとした桃は、丁度拓斗を訪ねてきた3年の城沢に、その機会を奪われる。

城沢は、生徒総会終了後も、ちょくちょく拓斗の元に来ては生徒会の仕事を押し付けているようだった。

それだけでも困ったものだと思っているのに、女の子とみれば声をかけずにおられないこの男は、1年1組に来るたびに、必ず桃と理子の側にも近寄ってくるのだ。そんな城沢を翼や利長たちが放っておくはずもなく、城沢登場の瞬間に教室内の空気は一変し、拓斗と桃の間にあった微妙な雰囲気も霧散した。

結果、拓斗からは詳しい話を聞けないままにゴールデンウィークに突入してしまったのだった。


(でも、拓斗ならば大丈夫よね。)


悩んでいた様子は気になったが、拓斗・・・“魏の華歆”であれば、迷った末に必ず正しい答えを見つけることだろう。

それが“どんな”答えであろうとも、拓斗が出したものであれば受け入れようと考える桃は、無意識の内に拓斗の“悩み”を察しているのかもしれなかった。

今は、その悩みを口にするつもりはないが・・・。


ふるりと首を小さく振った桃は、明哉へと向き直る。


「此処は大丈夫だから、戦ってきても良いわよ。」


「桃?」


明哉とて直接兵を指揮する感覚を取り戻したいと思っているはずだった。

軍師は、戦の大局を見て指示を下すが、本物の戦場の空気を知らずに理論や観念ばかりを優先させると、その戦いは机上の空論、下手をすれば遊戯的なものになってしまう。

馬謖がした失敗が、まさにそれだった。


明哉は、その危険をよく知っているはずだ。

この2年との戦いは、実戦の経験を呼び戻すまたとないチャンスのはずだった。


「正攻法でのぶつかりあいなのだから、此処にまで2年の攻撃が及ぶ事なんかないわ。私を守る必要はないから、前線に出てきて。」


桃の言葉に明哉は迷う。

確かに桃の言うとおりだった。

実戦に臨む機会は貴重だ。2年が押している戦況とはいえ、1年がそうやすやすと敵を本拠地に近づけるはずもない。


・・・暫し逡巡し、結局明哉は桃の提案を受け入れることに決めた。


「西村と交替してきます。あれでは、いずれ翼か利長が我慢できずに暴走します。それを防ぐためにも丁度良いタイミングでしょう。・・・すぐに西村が来ますから待っていてください。」


まるで、雛鳥を守る親鳥のような明哉の態度に、クスリと笑って頷いた桃は、「いってらっしゃい。」と、手を振った。


「!!・・・いってきます。」


何だか焦ったように前線へと駆け去る明哉の頬が赤いなと気づくが、声をかける暇もなく明哉は行ってしまった。


(具合が悪いのでなければ、いいけれど。)


見当違いの心配をしながら、桃はそのまま戦場に目を向ける。

戦いは遠く、高台の上は、緊迫感はあってもどこか静かだ。


1人、桃は眼下を見下ろす。


わずか数十人規模の小競り合いとも言えないような戦い。

広いとは言っても、遥か大陸の延々と広がる黄色の大地から見れば、猫の額にも満たないような狭い土地は、一目で見渡せる。


(・・・遠い。)


自分は、なんて“遠く”に来てしまったのだろうと桃は思う。




・・・感慨に耽る桃の背後で、ガサリと草むらが鳴った。




「?!」


クルリと桃は、振り返る。




そこには、剣をかまえ堂々と立つ小さな少年、“覇月”・・・前世の“孫策”がいた。




「俺と勝負しろ!!」


怒鳴るなり、覇月は桃に斬りかかる!


仕方なく、桃は持っていた剣を抜いた。

今日の桃は、模擬戦の時のような、なんとも頼りない白い剣ではなく、実用的なしっかりとした造りの剣を持っている。

本当は剣など持ちたくなかったのだが、護身用にどうしても!と皆が言うから仕方なしに身につけたのだった。

素直?に言うことに従っていて良かったと思う桃である。


目の前の覇月を見る。

つくづく、困った子だなと桃は思った。


「やあっ!!」


兵家の孫氏の長子である孫策は、当然武に秀でた優れた武将だ。剣の腕も人後に落ちるものでなどあろうはずはない。

いくら年上とはいえ、“女”の桃など一太刀のもとに切り伏せられると覇月は信じて疑いもしなかった。




桃は・・・本当に困っていた。


確かに”孫策“は強い武将であった。

しかし、再三いってきているように転生して体格も何も全く違う別人に生まれ変わった今世の桃たちは、一朝一夕に前世のような力を取り戻せるはずがないのである。かえって、前世で達人と言われた者の方が覚えている体の動きと現実のギャップにやられて無様に負けてしまうのだ。

そう、明哉は言った。


覇月は、今世の自分の体が中学生の少年でしかないことを、すっかり失念していた。


しかも、残念なことに覇月の成長は一般の中学生より、ほんの少し遅かった。

これを指摘すると覇月が烈火のごとく怒るので、仲西家では禁句になっているのだが・・・覇月の外見は、ともすれば小学生に見られる程に、とても“可愛い”ものだった。




覇月の渾身の一撃を・・・桃はあっさりと受け流す。




南斗高校に入学して1ヶ月。可愛い女子高生の桃は、好むと好まざるとにかかわらず、前世の武術の感覚を取り戻しつつあった。

その実力は、桃と覇月双方にとって、たいへん不本意なことに、記憶を取り戻して1年の覇月など簡単にあしらえるものであった。


最初の一撃を躱されて愕然とした覇月が、ハッ!と気を取り直し、もう一度桃に斬り付ける!


桃は、ヒョイとその剣をやり過ごした。


たまらず覇月は、たたらを踏む。


戦闘中の1年と2年は、1年の本拠地で起こっているこの事態にまだ気づいていない。


どうしよう?と考えていた桃は、三度打ち込んできた覇月の剣を躱しざま、無意識の内に、自分の剣でパン!と覇月の”お尻”を叩いた。


叩かれた覇月が、ペシャンと地面に転ぶ。

真っ赤になって起き上がった!!


「貴様!!俺の尻を!!!」


「あっ、ごめんなさい。つい・・・」


謝りはしたが、前日手紙で【いい加減にしないと、いくら年下でも、お尻を叩くわよ!】と宣告している桃だ。


(どう考えても、私がここで”お尻”を叩くのは間違っていないわよね?)


最初の不意打ちといい、昨晩の夕食の席への乱入といい、覇月には“教育的指導”が必要だろうと桃は思う。


そう思ってしまえば、決意は簡単についた。

前世の孫策も感情の起伏が激しく、自分の敵に容赦しない性格が災いして殺されたようなものである。


(今の内に、しっかり(しつけ)てあげた方が、本人のためにも良いに決まっているわ。)


1人っ子の桃だが、“弟”という存在には特別な“思い”があった。

かつて、自分には“義弟(おとうと)”と呼ぶ存在があり、“兄者(あにじゃ)”と呼んでくれる者たちがいた。


懐かしい思い出に、桃の瞳はきらきらと輝きだす。


その黒く底知れない瞳で見られて・・・何故か覇月の背に悪寒が走った。





明哉に交替だと言われて、本拠地へ戻ろうとした西村が、桃の異変に気付くのは、それからもう少し経ってからになる。


気づいた西村の指摘で、急遽戦闘を止めて駆けつけた1年と2年は、その場で立ち尽くした。





そこには、”お尻”を押さえ、涙目で桃を睨む覇月と、その覇月の姿を、物凄く上機嫌に笑って見下ろす、桃の姿があった。

以前の作品でも言いましたが、作者は体罰を推奨するものではありません。

不快に思われた方、申し訳ありませんでした。

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