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ゴールデンウィーク 2

「孔明!」


一瞬虚を突かれ呆然とした明哉は、鋭く自分を呼ぶ、少女の声で我に返る。


「五将軍!前へ!西村、前面の指揮を!天吾、右翼を!蓮、左翼を頼みます!」


「おう!」


それぞれに声が返り、同じように驚いていたはずの仲間たちは、機敏な動きで陣を構え展開する。


「串田、桃の警護を。牧田は後方を頼みます。」


「わかった。」


模擬戦終了後、彼らは1週間程度、平常授業を受けていた。


平常授業では、特別クラスの生徒は1限から5限までは、通常の高校とほぼ同じ教科を学ぶ。

そして、6限と実質的にはその後の放課後の時間が、軍学の授業に当てられていた。

その中で、彼らは戦いの勘と前世の自分たちの力を急速に取り戻しつつあった。


「上等!!」


ニヤリと獰猛な笑みを今世の可愛い顔に浮かべた翼が、仲西邸の使用人には決して触らせなかった矛を上段に構える。

当然刃は潰してあったが、模擬戦のようなスポンジではない。


「多少の怪我は仕方ないよな?」


嬉しそうなその様子に、利長は眉を顰めた。


「やりすぎるなよ。貴公は、見境がない。」


利長の言葉に、不服そうに頬を膨らませる翼に、彼らの指揮を任された西村が声をかける。


「此処は私有地だ。襲いかかってきたのは向こうなんだから正当防衛が行き過ぎても、それほど問題になるとは思わない。」


淡々と語る内容は不穏なものだった。


「て、事は?」


「やれ!遠慮はいらない。」


西村の簡潔な言葉に、翼は喜びを爆発させた。


「話がわかるぜ!“護軍将軍”!いざっ!!!」


矛を振り上げて翼は敵に踊りかかって行く!


利長は、長くため息をついた。


「あまり(あお)ってくれるな。あの猪突猛進を引き止めるのは骨が折れるのだ。あまり離れるのはうまくないのだろう?」


「当然だ。敵の誘いに乗らないように。“車騎(しゃき)将軍”を御するのは“美髯公”に任せる。ご武運を。」


護軍将軍とは法正、車騎将軍は張飛、美髯公は関羽を指す。


形だけ丁寧に頭を下げる西村を横目に見て、もう一度ため息をついた利長は、翼の後に続く。

しかし、前を向いたその瞳は、らんらんと光っていた。


「不意打ちとは、ふざけた真似をしてくれる。存分に後悔してもらおうか。」


手には、大剣を(よう)し、薄い笑みを浮かべた利長の姿に、押し寄せていた敵の一角が怯んだ。


「我は、“関羽”だ。束になって来い!」


叫ぶなり、利長はそこに踊り入る!!


縦横無尽に振るわれる大剣の前に、敵はバタバタと倒れていった。






「主戦級は出ていないようね。」


数は多いものの、質で明らかに自軍の将軍たちに劣る敵を、冷静に分析しながら桃は呟く。


前面に立って戦うわけではなく、後方で守ってもらっているという現状に、これなら目立たないわよねと思っている桃は、多少認識が普通の女の子とは、ずれているようだった。

理子などは、仲西の暴挙に憤慨しながらも、やはり敵の姿に緊張し”怯え”を見せている。

少なくともこの程度の反応が、突如敵に襲われた女子生徒としては必要だろう。


間違っても、(あご)を撫でながら、敵戦力の分析などをしては、いけないと思う。


「功を焦った兵の暴走という形にしたいのでしょう。あくまで中枢は、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりでしょうね。」


「ふむ。」


明哉の読みに、迂闊に同意するのもいかがなものだと思う。

ここは可愛らしく、「まあ、そうなの!?」くらい言えなければ一般人とは言えない。


その上、


「埒があかないな。命令を出している敵の頭を一気に潰した方が早い。どこかわかるか?」


などと明哉に訊ねるなど、どこからどう見ても、普通の女の子のセリフではないだろう。


「今、調べています。牧田!」


後方に詰めていた牧田が1枚の図面を手に近づいてきた。


「仲西邸の設計図なんだけれどね・・・」


一体、どこからどうして、そんなものを手に入れたのだと牧田に聞いてみたい。

仲西邸に招待されたと知った時から準備万端怠りなかった牧田だった。


流石、劉表だと桃は感心する。

ここで感心するのも、間違っているとは思うのだが・・・


「2階の右から3番目の部屋に電気系統やネット回線が集中しているね。多分あそこが本拠地と見てまちがいないと思うよ。」


「ふむ。」


もう一度、桃は考え込んだ。


「串田くん。」


傍らで桃の守備についていた串田を呼ぶ。


「なんだ?」


桃の呼ぶ声に、表面上はぶっきらぼうに、でもよく見れば口元を緩めながら串田が返事をする。


今回の仲西邸訪問に、行きたい!と表明した戸塚が、桃に却下されたことで、こう見えて随分機嫌の良い串田である。

(中間考査を間近に控えた戸塚を此処に連れて来るなど、どう考えても有り得ない選択だった。「テストで赤点をとらない自信がなければ絶対ダメです!」と桃に言われて泣く泣くあきらめた戸塚だった。)


「あの窓に弓を射ることができますか?」


桃が指差すのは、先ほど牧田が指摘した2階の右から3番目の部屋だ。

桃たちの居る場所からは、かなり距離が離れている。


弓であれば悠人の方が得意なのかもしれないが、悠人は今、右翼で中心となって戦っている。


それに呂布は、前世で、劉備を敵と和解させるため、遠くに植えさせた戟の小支に矢を放ち見事に命中させたことがあった。

呂布の腕をもってすれば不可能なことではないだろうと桃は判断する。


串田はニヤリと笑った。


「お前の願であれば、是非もない。」



・・・模擬戦後、どことは言えないが、何となく桃に甘くなった串田である。


普段はぶっきらぼうな態度をとっていても、今のように桃が本気で頼めば、必ず“(だく)”と言ってくれるのだ。


どうした心境の変化だろう?と首を傾げる桃に、西村は串田が桃のくれたパウンド・ケーキを随分気に入ったようだと教えてくれた。


驚いた桃が、


「串田くんが、甘党だとは知りませんでした。」


と真面目に言ったら、西村は大爆笑をした。


そんなに笑う事はないでしょうと、桃は、ちょっとムッとする。


「あはっ、ははは!悪いっ!甘党ね。ははは・・・。」


西村のイメージが随分変わった瞬間だった。


何とか笑いをおさめた西村は、桃に近づき自分もパウンド・ケーキを気に入ったと言ってくる。


「俺は、甘党ではないよ。」


何故か、甘くそう囁かれた。


桃は、きょとんとする。


「知っていますよ。西村くんはチーズが好きですものね。」




桃の答えは、またもや西村のツボに入ったようだった。

息を切らして、「腹が痛ぇ!」と身を捩って笑う西村に、桃は呆れる。


笑いながら西村は、桃に自分もいつでも桃の言う事に従うから何でも言ってくれと言ってきた。


御意(ぎょい)に従います。パウンド・ケーキ抜きでね。」


そう言ってキレイに拝礼し、再び笑い出した西村に帰す言葉のなかった桃だった。




串田には、その内またパウンド・ケーキを焼いてやろうと思いながら、桃は串田の射る矢柄に、文を書いて結びつける。


「これを、あの部屋に射ってください。」


桃の願に串田は頷く。


ギリギリと弓を引き絞った。

目的の部屋の窓は1箇所開いている。

狙うのはそこだった。


張り詰めた弓が、ひゅん!と放たれる!!


矢は、一直線に飛んで、狙い過たず目的の部屋の中へと入った。





突如飛来し、壁に刺さった矢文に、戦いの指示をしていた人物は、つかつかと近づいて、グッと矢を引き抜く。


おもむろに文を開いて目を通した。


文を持つ手がワナワナと震えだす。



「あの!女ぁっ!!!」



読み終えたその人物は、文をバシッと床に投げ捨てた。


その様子を見ていた“仲西”は、黙って近づくと問題の文を拾って目を通す。


そこには、女性の丁寧な文字で、


【いい加減にしないと、いくら年下でも、お尻を叩くわよ!】


と書かれてあった。



堪え切れず、仲西は吹き出す。



「権!!」



今回の急襲作戦を指示した仲西の弟、“覇月”の怒鳴り声が部屋に響いた。

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