ゴールデンウィーク 1
「すまない!桃!」
土下座せんばかりに桃に頭を下げる剛を、桃は諦めたように見詰める。
「仕方ないわ。」
剛の隣では理子も並んで頭を下げていた。
桃の隣では、明哉や翼、利長といったいつものメンバーが苦虫を噛み潰したような顔をして立っている。(内山が正式に“異動”するのはゴールデンウィークの連休明けからだった。内山とその仲間の姿が無い事に、明哉たちは内心ホッとしていた。)
目の前に広がるのは、どこの白亜の宮殿かと思うような大豪邸だ。
ゴールデンウィーク7日目の5月3日。桃たちは、非常に不本意ながら、仲西邸に足を運んでいた。
(ちなみに、セカンド・アースでは第一次世界大戦も第二次大戦も起こってはいない。幸いな事に、人は、転生してまでも、そんなに何度も同じ過ちを繰り返したりはしなかった。ただ、前世の記憶を持つ人々が己の知識を出し合って話し合った結果、日本では異論なく、憲法記念日やこどもの日を祝日と決め、ゴールデンウィークも当たり前のように制定することになった。祝日の制定に反対する人間は、あまりいなかったのだ。)
桃たちが、“こんな”ところに居る原因は、剛の仲西説得作戦にあった。
「・・・そもそも人君とは、よく英雄を駕御し、群賢を駆使するものをいうのです!臣の心もわからずに、そんな事ができるとお思いか!?」
ゴールデンウィーク前、剛は仲西の前に仁王立ちしていた。
人君とは、君主。
駕御とは、自分の思うように他人を使役すること。
群賢とは、賢明な人々。
駆使は、自由に使いこなすことをいう。
要は、いつもの張昭節で仲西を説得しようとしていたのだが、今回の仲西は、何故か強気だった。
「そのようなことを言って、孤を自制させ、1年だけ目一杯自主訓練をするつもりなのであろう?」
そんな事を言ってくる。
「?・・・やつがれをお疑いなのですか!?」
「疑うも何も、公は1年生だ。」
公とは、張公。即ち張昭のことだ。孫権は常に張昭の事を“公”と称していた。
「!?そんな“せこい”こと、誰がするか!!!」
鼻息荒く怒鳴りつけたこの時の剛は、呉の宿老というよりも、15歳の少年の面が多く出ていたように思われた。
そして、そこを上級生に突かれてしまったのだ。
「しないという保証はないだろう?」
「しないと言ったら、しない!!」
「言質だけで信用しろと?」
「!!・・・やつがれは、陛下の御母上が、」
「いや!!その話は止めろ!!!」
喧々諤々とした言い合いの結果、ついに話は剛の思ってもいない方向に流れる。
「それほど言うのならば、1年生が自主訓練をしないという証拠を見せろ。」
「証拠!?」
「そうだ。・・・そうだな、1年の主だったメンバーを孤の屋敷に招待しよう。2年の成績が危うい者を今回の自主訓練から外す代わりだ。1年が孤の目の届くところに居るのであれば、孤も公の言う事を信じよう。」
「!?・・・なっ!それは、確かに・・・しかし!!」
「できないと言うのならば、孤は公を信じるわけにはいかぬ。」
「陛下・・・」
「何も、丸々ゴールデンウィークの全期間を来いとは言わない。3〜4日間でかまわない。それでも、できないか?張公?」
・・・そんな自分の都合に桃たちを巻き込むわけにはいかなかった。
今回ばかりは、説得を諦めて引き下がろうとした剛に、仲西は即答する必要はないと言ってくる。
相談してから返事をしてくれと言われた剛は、とりあえず、桃に事の顛末を話した。
「小黒と佐野には悪いが、今回は諦めてもらう事にしようと思う。」
悔しそうにそう報告した剛に同情しながらも、明哉たちは、それが当然だと思った。
呉の生徒のために、桃や自分たちが仲西の家に行くなどと、有り得ないと思う。
だから、桃の言葉にはびっくりした!
「・・・私、行っても良いですよ?」
なんと桃は剛にそう言ったのだ!
「え?!」
「今年のゴールデンウィークは、特に予定はないし、前半は家に帰るつもりだけど、後半は両親が旅行に出るから、早めに寮に戻って来ようと思っていたぐらいで・・・だから、仲西さんに顔を見せるくらいなら、私、できますよ?」
なんともない事のように桃はそう言う。
流石によく知らない人の家に泊まるのは気が引けるから、日中に少し顔を出すくらいでどうでしょう?と真面目な顔で剛に相談を持ちかける。
「桃!!」
「危険です!」
「行く必要なんかない!!」
翼、明哉、利長の言葉に、桃は首を横に振った。
「剛が困っているのなら。・・・剛には模擬戦の時に頑張ってもらったし、その程度の事で剛が助かるのなら私は協力するわ。」
「・・・桃。」
あ!と言って桃は、用があるのなら他の皆は無理をしなくても良いのよと付け足した。
「私1人で、仲西さんが信じてくれるかどうかはわからないけれど・・・剛は一緒に行ってくれるのでしょう?」
少し不安そうに、桃は剛を見詰める。
もちろんだ!と剛が答える前に、その剛をドン!と押しのけて、翼が桃の前に立った。
「俺も行く!!!」
もの凄い勢いだった。
押された際に側の机に腰を打って、剛は痛そうに身を屈める。
「え?・・・だって、反対していたんじゃ?」
「行く!絶対行く!!桃を1人で行かせられるものか!!!俺は桃が行くと言うなら、世界の果てでも、一緒に行く!!!」
どこかのテレビ番組のようなセリフを吐きながら、良いだろう?と迫られて、桃は驚きながらもコクンと頷く。
翼に一緒に行ってもらえれば、心強い事は間違いなかった。
「俺も行く。」
利長が言った。
「イイの?」
「当たり前だ。」
嬉しそうに桃は、微笑む。
こうなれば、我も我もと参加者が続出するのは当然の成り行きだった。
「お前!ゴールデンウィークは、目一杯遊ぶって言っていなかったか?」
「うるさい!お前だって家族と北海道だって言っていたじゃないか!!」
「俺はイイんだよ!北海道は合宿で行ったし!!」
ワイワイと言い争いを始める者まで出始めて、桃は慌てて制止する。
皆を宥めながら、未だ黙ったままの明哉をそっと窺い見た。
明哉は、難しい顔でずっと黙り込んだままで、やはり賛成してはもらえないのだなと、桃は少しがっかりする。
しかし、それは杞憂だった。
やがて明哉は顔を上げると、手の一振りで騒ぐ仲間たちを黙らせる。
「落ち着きなさい!行くのは、ゴールデンウィーク後半です。他に予定が無く本当に行ける者だけにしなさい!今回は戦闘に行くわけではありません。無理をする必要はないのです!」
多少不満そうではあるが、全員が明哉の言葉に従う。
明哉は、改めて桃に向き直った。
「人選は私がします。日程の詰めや交渉は剛と理子に任せます。それでよろしいですね?」
聞かれて桃は、コクコクと頷いた。
次いで、小さな声で訊ねる。
「明哉も行ってくれるの?」
「もちろんです。」
明哉の返事を聞いた桃の顔に、花のほころぶような笑みが浮かぶ。
「良かった。本当は、少し不安だったの・・・大分ね。」
照れたような姿は心底可愛く、明哉のキレイな顔が、珍しく赤く染まった。
その姿は、他の男たちの心も撃ち抜く。
「行く!俺は絶対行くぞ!!」
「予定なんか無い!!あっても無い!!何が何でも、無いんだ!!!」
・・・やっぱり、物凄い騒ぎになった。
明哉が人選に苦労したことは言うまでもないだろう。
剛の交渉の結果、5月3日から3日間。朝の9時から夕方の4時までという約束で、仲西邸を訪れる事が決まる。
そうして当日、桃たちはやって来たのだが・・・
到着した桃たちを待ち構えていたのは、仲西邸の使用人たちだった。
彼らは、あっと言う間に桃たちの荷物を奪うと、“お泊り”の予定のお部屋にお運びします!と言って、持ち去ってしまった。
「“お泊り”って?」
「俺たちは日帰りで・・・」
「そんな用意は!」
呆気にとられる桃たちに、全てこちらでご用意していますと使用人たちは告げてくる。
わけがわからず立ち竦んでいる桃たちの元に剛と理子が飛んできて、全て仲西が勝手に事を進めたのだと言って、謝ってきたのが冒頭のシーンだった。
「本当にすまない!!」
「・・・剛のせいじゃないわ。」
こうなっては、仕方ないと桃が諦めかけた時だった。
「かかれ!!」
ひどくはっきりとした命令の声が響いた!!
驚いて、上げた視線の先に、それぞれ手に剣や戟を持って、自分たちに雪崩打って押し寄せてくる・・・敵・・・が見えた。




