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セカンド・アース  作者: 九重


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生徒総会

 入学式の行われた講堂は、周囲をグルリと囲っていた紅白の幕がないだけで、ガラリと印象を変える。

高い位置にある窓ガラスから陽光の降り注ぐ、明るい講堂の正面壇上に据えられた演台に立って、拓斗は自棄(やけ)のように生徒会の決算・予算案を読み上げていた。


今日は1年にとっては始めての生徒総会である。


一般クラスの生徒も交えての生徒総会は、桃が密かに懸念していたような変わった事もなく、今のところは、ごく普通に議事進行されていた。

何より生徒会長の吉田が会長挨拶で“詩わなかった”事に、ホッとしてしまう桃である。

曹操の詩は・・・心臓に悪かった。


もっとも、拓斗にとっては、ホッとするどころではない生徒総会だ。


あの後、生真面目に押し付けられた書類に目を通した拓斗は、止せばいいのに書類の不備や整っていない箇所を事細かに指摘した。

指摘された城沢は、その説明を半分も聞かない内に匙を投げて、「お前が報告しろ!」と、生徒総会での報告役を拓斗に押し付けてきた。


「だから!俺は1年です!!」


先日より何回も繰り返した抗議は、やはり聞き入れてもらえない。


それでも、流石に生徒総会なんていう正式な舞台で、何の権限もない1年が報告に立つなんて、非常識な事が罷り通るはずはないはずと思っていた拓斗は、自分の読みが甘かった事を思い知らされる。


城沢から、拓斗に報告させると言われた吉田は、「わかった。」という一言でそれを了承した。

驚きすぎた拓斗は、抵抗できない内に壇上に立たされる。そんな1年生の姿にざわついた会場は、報告者として拓斗の名前が紹介され、ついで拓斗の前世が魏の華歆であると発表されると同時に、全員ピタリと黙り込んだ。

華歆は、長きにわたって魏の文臣第一位にいた人物なのである。

荀彧の死後、かわって尚書令になり、その後も相国、司徒、大尉となって、老齢となって引退したいと言っても聞き入れてもらえなかった程の重臣だった。

今の拓斗を見ている蜀の桃たちには到底信じられないのだが・・・華歆の名には全校生徒を黙らせるだけの“力”があったのだ。

当然、拓斗にしてみれば不本意極まりない“力”であったが、誰からも異議が出ないのであれば、このまま報告するより仕方ない。


拓斗の不満にもかかわらず、滞りなく決算・予算案は承認された。


ついで体育祭の日程や今年度の生徒会行事予定などという、ごく当たり前の議事や連絡・報告事項が淡々と進められていく。


何事もなく議事録が報告され、議長団が退任した。


本当に、何の変哲もない普通の生徒総会に、桃は心底安堵する。


(そうよね。そんなに“とんでもない事”ばかり起こるはずがないわ。)


肩の力を抜いて桃は少し脱力した。




しかし、“お約束”のように、その安堵は少しだけ早かった。


最後の生徒会主任教諭の話となって、教員席の脇に据えられたマイクの前に立った教師の姿に、桃は眉を顰める。

生徒会主任は、なんと意島であった。

なんだか悪寒のする桃である。



「申告のあった、“異動”を発表する。」



意島の声に、ざわりと生徒が(うごめ)いた。


“異動”とは、文字どおり生徒たちが自らの所属を変えることを示していた。

“転生”には、“偏り”があり“例外”がある。

3年が魏。

2年が呉。

1年が蜀。

そう大まかに分かれてはいるものの、拓斗や剛のように“例外”はどの学年にも少なからず存在していた。


彼らは、”例外”ゆえに、その存在自体で複雑な問題を引き起こす。


特別クラスでは、基本的にクラス単位で学年制覇を狙い、まとまった学年で全校制覇を狙うのが決まりとなっているのだが、“例外”となってしまった者が前世の因縁を無視して、自クラス、自学年に忠誠を誓うのは難しい事だった。

誰しも前世の友や同胞、何より主君と敵対したくはない。


結果、クラス内での対立や裏切りが起こった。


そんな事態を避けるために作られたのが“異動”という制度なのだった。


これは、自分の所属を学校側が決めたクラスではなく、学年を越えた他クラスに変更することを可能とする制度だ。


変更とは言っても実際にクラスを異動するわけではない。各学年、各クラスにはそれに合わせたカリキュラムがあり、生徒はそれを履修して単位を重ね、進級して、最終的には卒業する。

それを変えては、とんでもないことになってしまう。

いくら南斗高校が少し特殊な学校とはいえ、高校は高校だった。


異動は、あくまで“軍学”の時間に限られる。


“軍学”の授業のみ、生徒は自らの希望したクラスに所属する事ができる。



それが”異動“というシステムだった。


もちろん制限はある。


まず、同学年間での“異動”は認められなかった。

そんなことをすれば、誰もが主君のいるクラス・・・即ち、吉田や仲西のいるクラスに異動したがりクラス間の人数に大差がついてしまう。

移動はあくまで学年を越えたものでなければならなかった。


次に、1年生は1学期が終わるまでの間は、異動を禁じられる。

まだ、自分の学年がどんなものかもわからぬうちに、さっさと見切りをつけて動く事はしてはならないと決められていた。

1学期は1年にとっては、あらゆる意味での猶予期間であった。


そして、最後に“異動”は、出る学年と受け入れる学年、両方の代表者の承認を必要とした。

本来は“例外”に対して認められたこの制度であったが、元来の三国志時代からして、名士や武将が主君を変えて転々として乱世を生き抜く事は、当たり前にあった事で、また君主側が人材を見込み自陣営に引き抜く事も、当然のように(まか)り通った事であった。

そのために“異動”ができた当初から“例外”以外の者でもこの制度を利用する者が多く出たのだ。

その結果は、学年間での人数格差に現れる。

このことに憂慮した学校側は、防波堤として各学年代表者に“異動”の承認をする権限を与えたのだ。

出る側も受け入れる側も学年代表者の応諾(おうだく)がいる。どちらか片方の承認が欠けた場合でもその“異動”は認められなかった。


生徒総会は、その承認と報告を行う場だ。


ちなみに、当然3年と2年の学年代表は吉田と仲西であり、1年の代表は模擬戦を制した1年1組のクラス委員長である桃だった。


しかし、承認とは言っても、今回は桃の出番はないはずだった。

異動するのは2、3年生だけであり、1年生は動けない。

その2、3年生にしても、今のこの段階で1年に属したいなどという人間がいるはずがなかった。


・・・確かに内山は、桃に仕えたいと公言してはいる。


しかし、その言動は、どこまで本気かわからないと桃は思っていた。

それに、何より内山が自分の元を去ることを吉田が承認するはずがない!

荀彧の“力”は、大きいのである。

それこそ、自分に逆らうのならば“死ね”と曹操が迫るほどに、その影響力は強かった。

少なくとも今回(・・)の生徒総会で内山が”異動“を申し出る事はないだろうと桃は思っている。

それは、確信に近かった。


“異動”は、1年ごとに白紙に戻される。

今回の総会では、昨年2年と3年の間で異動していた者たちが、あらためて申請した分を承認するのがメインだろうと、桃ならずとも誰もが予想していた。




意島が2年生の名前を呼び始める。


前世の名前付きのその呼名に答え、その場で起立する者は、全て前世の魏の臣下であった。


その中に先日話題に上がった陳羣の名を聞いて、桃はそちらに目をやる。

前世同様真面目そうな固い表情の生徒に、思わず笑みが漏れた。


(そうか、“長文(ちょうぶん)は、例外だったのだな。)


長文とは、陳羣の字である。例外という立場もあって、きっと今世でもあのクソ真面目な性格で苦労しているのだろうなと、何だか同情してしまう桃だ。


その陳羣の視線が、何故か桃へとチラリと流される。目が合った途端、物凄く嫌な顔で眉間に皺を寄せられたので、桃はびっくりしてしまった。


(何?)


あんなに顔を顰められる覚えなど無い。

知らない内に自分は、彼に何かをしてしまったのだろうかと桃は不安になった。


桃の不安に関係なく呼名は進む。

名を呼ばれたのは、2年生5名だった。


何となく2、3年生がざわつく。


「それだけか?」

「・・・少ない。」


漏れ聞こえる声に、桃も首を傾げる。

確かに予想よりもいささか少ない数ではあった。

桃のクラスだけでも“例外”は、拓斗と剛の2名、理子をいれれば3名に上る。他も同様で、たいてい各クラス数名の“例外”がいるのが普通だ。5組のように牧田や串田など“例外”中の“例外”が多く存在しているクラスもある。


そう考えれば、2年から3年への“異動”者は少なくとも7〜8名程度にはなると思っていた桃であった。


「以上5名。2年から3年への“異動”願いを受理した。2年代表 1組 仲西貴志! 応否の返答如何(いかん)!?」


外見に似合わず凛とした声で意島が問いかける。


「応!」


間髪入れず、きっぱりと大きな声が返答する。


「3年代表 1組 吉田達也! 応否の返答如何!?」


「応!」


仲西に負けず劣らずの堂々とした返答だった。


陳羣を入れた5名の”異動“が、この瞬間に承認される。




まだ、かすかにざわつく中を、同じように今度は3年生の名前が呼び出された。

3年から2年への“異動”者は予想通り7名だ。

先ほどと同じく、それぞれ吉田と仲西から「応!」という返答があって無事7名の“異動”は承認された。



終わったと桃は思う。



その次の瞬間、再び意島が2年生の名前を呼び始めた。



(?!)



呼ばれたのは、いずれも魏に仕えた潁川(えいせん)郡の名士グループの中心にいた、優れた人物ばかりの3名だった。

同じグループの代表格ともいうべき陳羣が再び顔を顰めているのが桃の目に映る。どうやら陳羣は、この事態を面白く思っていなかったようだった。


(待って・・・彼らは、どこに“異動”するの?)


3年に“異動”するのであれば、先ほどの陳羣たちと一緒に呼ばれるはずだ。


それが、別に呼ばれるということは・・・


そして、何より、この3名は・・・


「以上3名。2年から1年(・・)への“異動”願いを受理した。2年代表 1組 仲西貴志! 応否の返答如何!?」


意島の問いかけが、呆気にとられた全校生徒の中に凛!と響く!


3名は、潁川グループ名士の中でも特に、荀彧の息のかかった者たちばかりだった。


「・・・応!」


少しの間を開けて、承認の返答がなされる。

桃の視線の先で、仲西が多少驚きながらも桃を見てニヤリと笑っていた。


1年(・・)代表 1組 相川桃! 応否の返答如何!?」


(如何って・・・)


突然の事態に、桃の頭は真っ白だった。


どうしてよいかわからない!?




・・・呆然としていた桃は、全校生徒の注目を浴びて、無意識の内に自分の背中がピンと伸び、頭がグッと上がり、視線が真っ直ぐ前を向くのを感じた。


腹に力が入る!



「応!!」



しっかりとした少女の可憐な声が耳に響く。

・・・桃は自分が“異動”を承認した事を、まるで他人事のように頭で理解した。


シンと講堂が静まりかえる。


かまわず意島が再び口を開いた。

今度は3年生の名前を呼び始める。


最初に意島が呼んだ名に、声にならない興奮が講堂を駆け抜けた!!


「3年1組4番 内山史弥 前世名、荀彧!」


呼ばれた内山がスラリと立ち上がる。

その目は真っ直ぐ桃を見ていた。


内山に続き4名の名が呼ばれる。2年と同じようにいずれも潁川グループの名だたる名士で、荀彧の手の者ばかりだった。



「以上5名。3年から1年(・・)への“異動”願いを受理した。3年代表 1組 吉田達也! 応否の返答如何!?」



「応!!」



“応”の声が、講堂いっぱいに大きく響いた。



(・・・応?)



桃は呆然とする。


おかしい!!


吉田が・・・曹操が、荀彧を手放す決断をするはずなど、ないはずだ!!!


吉田もまた、強い視線で桃を見ていた。

決して逃げる事を許さぬ強い瞳に射られて、桃は唇を噛む。


「1年代表 1組 相川桃! 応否の返答如何!?」


永遠とも思えるような、一瞬の間が空いた。




「応!!」




それ以外の“(こた)え”を、桃が返せるはずもなかった。


静かな、しかし力強い桃の返事に、全校生徒がワッ!!と湧き上がる!


「荀彧が!?」

「1年に!!」

「どういうことだ!?」


混乱の坩堝(るつぼ)の中、生徒総会の閉会が宣言される。



明哉を初めとした1年たちは複雑な表情で眉を顰めていた。

やられた、と誰もが思う。

これで正式に内山とその仲間は1年の陣営に加わった。

今後は無視することもできない。

荀彧の力は大きすぎるが故に、扱いが非常に難しいモノだ。その力を内に取り込み御していかねばならぬ今後に、頭を抱える明哉だった。




拓斗は、無理矢理座らされた生徒会役員の席で、あまりの事態の成り行きに呆然としていた。


(荀彧が・・・)


とても信じられなかった。


その拓斗の側で、吉田がスッと立ち上がる。


「”華尚書令”・・・2学期になったら、3年に”異動”しろ。」


それは、簡潔な命令の言葉だった。

ビクリと拓斗は震えて、吉田を見上げる


吉田は静かに“桃”を指差した。


「昭烈帝の側には荀彧が付いた。あそこに、お前の居る場所はあるのか?」


大きく目を見開いて、拓斗は絶句する。

それは、拓斗の心の奥深くにあった疑問であった。

・・・怖れと言ってもいいかもしれない。


「帰って来い!俺の側に。」


そう言うと吉田は、そのまま席を離れて行く。


拓斗の目は不安そうに揺れて桃を見詰めた。

やがて、その視線は・・・静かに、逸らされた。

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