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オリエンテーション合宿 29

「!!」


誰もが息をのんで、風を孕み、堂々と立つ旗に魅入る。

時間にしてものの数分も、かかってはいなかった。


桃は続けて1組の他の旗も全て、はさみでポールから切り離す。

ガラン、ガランという音が静まり返った周囲に響いた。

同じように紐を8本切って、直ぐに結べるように旗の穴に通す。


4枚の旗を的盧の背に乗せて(抱えるには旗は重すぎたのだった)桃は、明哉の背後で呆然と成り行きを見ていた清水に視線を移した。


先刻の戦いで自分の馬を失った清水は、良く似た雰囲気の男子生徒の馬に相乗りさせてもらっている。

当然それは、2組の不破陽向・・・馬良だった。


桃は、そのままポクポクと的盧を歩かせて、清水の前まで移動する。


「付け替えてきてもらえますか?」


旗を指し示しながら、清水に、そう訊ねた。


「!!・・・俺に?」


清水は目を見開く。


「できれば。・・・自分のクラスの旗を落とすのはイヤかもしれませんが。」


清水は、慌てたように首をブンブンと横に振る。

良かったと桃は笑った。


「・・・“あなた”にやって欲しいんです。」


桃は、静かにそう告げる。


清水が・・・震える手を、桃の方へ両掌を上に向けて差し出す。


桃は、その手に旗を乗せてやった。


ギュウッと清水は、その旗を握り締める。


4枚同時は重いだろうと乗せられたのは1枚ずつだったが・・・それでも、その重みは清水の心に伝わった。

まるでそれは、前世で得ることのできなかった主君からの信頼のように、清水には思える。


「たいへんでしょうけれど、お願いします。」


はさみを渡しながらの桃の言葉に、清水の隣にいた陽向が、「俺も手伝います!」と申し出た。



驚いたように、桃は陽向を見た。


今まで陰から周囲の様子を探っていた陽向が、桃に正面から相見(あいまみ)えるのは、これがほとんど初めてである。


桃は陽向が馬良であるとは知らない。


・・・知らないはずだった。


だが、目を少し大きくして陽向を見た桃は・・・かつて劉備の軍に随軍した馬良が拝した主君そっくりの優しい笑みを浮かべる。


「任せる。」


その笑みのまま、そう言った。


馬良の記憶の中に残る口調そのままに・・・


「はっ!」


陽向は、こみ上げてくる涙を隠すように頭を下げた。

陽向と清水は2人揃って深く・・・深く礼をする。


そのまま、馬を急がせて、4組の他の旗の下へと馳せて行った。


あの勢いであれば、時間内に旗を全て付け替える事は確実だと思われた。


「これで、良いか?」


桃は、利長や翼たちに確認する。


呆然と成り行きを見守っていた1年の全員が、弾けた!!


「完全制覇だ!!」


「うおぉ〜!!!」


返事は、爆発したような勝利の歓声だった!


1年全員が、拳を天に突き上げ、雄叫びを上げたのだった。





・・・その様子を吉田は呆然と見ていた。


いや、吉田が見ていたのは、的盧に乗った1人の少女だった。


周囲の大騒ぎに目をぱちくりさせて、呆気にとられて見詰めている、その少女。

確か、“農民の妻”だと言っていたはずだった。

自分と仲西に初めて会った際に、気分が悪くなったと言って、隅で(うつむ)いていたその姿。

その後の代表挨拶も上がって語尾を震わせるような、みっともないもので・・・そのあげく原稿を読み飛ばすという、吉田にとって許し難い過ちを犯した少女。


今となっては、それら全てが自分たちを(あざむ)くための芝居だったのだと思われた。


自分をイラつかせ、失望させ・・・そして、これ程の荒れ狂うような感情の高ぶりを(いだ)かせる少女!!


(何故だ?)


激情の中で、その疑問だけがグルグルと吉田の頭の中を巡っていた。


さまざまな事に対するさまざまな疑問。

少女にぶつけ、問い質したい疑問は、あとからあとから、心に浮かぶ。


だが、最たる疑問は、たった一つだった。



(何故?・・・その姿(おんな)だ!?)



今や吉田は・・・曹操は確信していた!

目の前の少女が誰であるのか!


かつて、自分や孫権と同じく三国に君臨した存在。

天下に英雄は自分とその男だけだと曹操自身が思ったほどの人物。


なのに、その姿は、想像もつかない程に変わっている。


華奢で小さな、片手で()し折れそうな少女。



(あの“男”は、どこだ!!?)



理不尽な怒りともいうべき感情が、吉田を支配する。

グルルと不穏な唸り声が吉田の喉から洩れた。



後日・・・何故、無防備にも武装を解除することもなく、これ程間近に“敵”を放置していたのだろうと、明哉は後悔した。


明哉だけではない。


圧倒的な武力差に、戦いによる勝負は、もはや無いものと思い、3年の武器や馬を取り上げることをしなかった自分たちを、1年全員が反省する。


危険に気づいていたのは、たった1人だった。


遅れて到着し、危惧を抱いて懸命に騒動の中心に、桃の元へと辿り着こうと人々をかき分けていた、その人物。


彼が、前面へ出た瞬間に、それは起こった!



「危ない!!」



それが、誰の叫びか、咄嗟に桃はわからなかった。


吉田の行動と共に上がった警告の声。


吉田は、側にあった自分の馬に飛び乗ると同時に、一蹴り拍車を入れた!

馬を一直線に至近距離の桃に向かって駆けさせる!


あっという間の出来事だった。


吉田は大上段に剣を振りかぶった!!


突如、桃に斬り付けてきたその剣を止めるべく突き出された明哉の羽扇が、無残に白い羽を散らせる。

自分の武器として弩を選んだ明哉は、剣や槍を持ってはいなかったのだ。今更ながらに、先ほど旗のポールを馬上から手の届かない地面に落してしまったことを悔やむ。


羽扇はそれでも、なんとか吉田の最初の一撃を桃から逸らせはしたが、次に防ぐべき手段を明哉は持ち得なかった。


逸らされた剣を持ち直し、邪魔をする明哉を(かわ)し、二撃目を吉田は桃に浴びせようと迫る!!


吉田の目に、驚いたように自分を見る桃の姿が映る。



振り下ろした吉田の剣が、桃を確実にとらえた!と見えた刹那(せつな)!無理矢理、吉田と桃の間に体を割り込ませ、ガキッ!!と、その剣を受け止め、桃を守った者がいた。



そして、その瞬間、吉田は胸の辺りにトン!という小さな衝撃を感じる。



間に入った男の、見惚れるようなその体格。

岩間に負けず劣らずの堂々たる偉丈夫。


「許褚!!!貴様!裏切ったか!!」


吉田の罵声(ばせい)に顔を歪める戸塚がその巨体に桃を庇い、立ちはだかっていた。


「違います!!・・・しかし、勝負は既についています。女子供に剣を向けるなどと・・・止めてください。陛下。」


吉田の剣を押し返しながら戸塚はそう話す。


「どけ!校尉!!ここで俺が、この女を倒せば1年に勝者はいなくなる!」


「いやです!・・・桃は、彼女は俺が“妻”にと望む女です!」


「”そんな女”の色香に惑わされたのか!?」


「!!桃に対してのその暴言!!陛下と言えど許せません!!取り消してください!!」


戸塚と吉田がギリギリと睨みあう!!


吉田は、自分の腹心の臣下とも言うべき戸塚の反乱が許せず、戸塚は吉田の桃への侮蔑とも言うべき言葉が許せなかった。


互いに一歩も引かぬ思いで斬り結ぶ!



競り合う両雄を分けたのは、確認に少し手間取り遅れて響いた教師の宣言だった。



「3年吉田。胸に致命傷!即死と判定!戦線を離脱せよ!・・・同時に大将吉田の死亡により3年全員の敗戦確定!以後模擬戦への参戦を禁じる!」


「な、に・・・?」


吉田は、呆然として自分の胸を見下ろした。



真っ赤な鎧の胸部にべっとりと白い(・・)液体がついていた。



「白?」



それは、朱の中に咲き誇る真白い花のようにも・・・飛び散った明哉の扇の羽のようにも見えた。


何故、白い液体などという有り得ないモノが自分の胸に付いているのだろう?と吉田は思った。


そしてつい先刻胸に感じた軽い衝撃を思い出す。


・・・本当に軽い衝撃だった。


まるで、女子供に殴られたような軽いモノ。



()、子供?)



吉田は、のろのろと桃の方に視線を向けた。


戸塚に庇われているばかりだと思われた桃は、戸塚の陰から半身を乗り出していた。


その手には・・・華奢な”白い”剣が握られていた。

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