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オリエンテーション合宿 28

しろくろさんから、またステキなイラストをいただきました!

お知らせを兼ねた投稿です。

イラストの中に追加してありますので、どうぞご覧ください。

旗のポールは、特注のグラスファイバー製だ。

スタンドは鉄製の重いもので、地面に埋め込まれている。このスタンドに旗を立てるのが陣地を制した証だった。

なんとも忌々しい事に、ポール下部とスタンドの上部は、見栄えよく高級木材マホガニーの板をボルトで留め付けてある仕様で、接着剤の効き目をますます強くしてくれている。


しなりはしても決して折れたり割れたりしない頑丈なポールは、吉田の手に、やけに冷たく感じられた。


「バカな!」


そう叫んで、吉田は絶句する。


「旗を接着剤で止めてはいけないという決まりは、ありませんから。」


いけしゃあしゃあと説明する西村に、周囲はポカンとした視線を向ける。


「・・・そんな、とんでもない事をやるような“ぶっとんだ人間”がいるなどと、誰も予想しなかったからでしょう?」


呆れたように内山が呟いた。



“ぶっとんだ人間”認定されてしまった桃は、内心ちょっとムッとする。


・・・そう、何を隠そう、今朝、桃が西村にパウンドケーキと同時に渡したのは、この瞬間接着剤だった。

渡されて、桃の案を聞いて実行に移した西村も“ぶっとんだ人間”認定は確実だろうと思われる。

確かに、接着剤で旗を固定してしまえば、隙を突かれて旗を立てかえられるという失態を犯さずに済む。


我ながら良い案だと思ったのに“ぶっとんだ”は、ないだろう?と桃は思う。

ともあれ、これで3年の打つ手はなくなったものと思われた。


「・・・法孝直殿にしては、柔軟性に飛んだ良い策でしたね。」


ようやく駆けつけて来た明哉だが、その前からこちらの様子は目に入っていたのだろう、着くなりそう評してくれる。


「・・・ありがとう。」


褒められたことがちょっぴり嬉しくて、素直に桃はお礼を言った。


「え?」


「まさか・・・?」


周囲の人間が、ビックリ顔で桃を見る。

今の今まで、旗を接着剤で止める案は、西村の考えたものだと全員思っていたのだが・・・



「お前かっ!こんな反則技(・・・)を考えついたのは!!」



吉田が怒鳴った。


・・・反則技(・・・)は、言い得て妙である。


桃は、不満そうに頬を膨らませた。


「ルールでは・・・」


「ルールの問題じゃない!!」


桃の言葉を最後まで聞かずに、吉田は怒鳴りつける!


・・・吉田の気持ちもわかった。

せっかくあと一歩で勝てるところまできていながら、旗が接着剤なんかで止められていたという、なんとも情けない理由で、負けてしまうのである。

心中察して、あまりあった。


吉田は、グッ!と、一際強く旗のポールを握り締める。


そのポールは決して抜けず、折ることもできない。


そう、誰にも抜けないのだ。




ギリギリと握り締め・・・やがて、吉田は、ハッと息を吐き出すと・・・カラカラと哄笑し始めた。


誰もが驚き、吉田の様子に目を瞠る。


「・・・いよいよ、気でも触れましたか?」


憂い顔を、なお一層深くして、内山がイヤそうに訊ねる。堤坂や岩間たちも心配そうに吉田を見やった。


「違う!ハッ!ハハッ!!・・・これが笑わずにいられるか!?」


何故か、上機嫌に吉田は言う。

その目は、桃を挑発的に見ていた。


そして、指摘する。


「・・・確かに俺たちは敗けた。この4組の旗は、立てかえることは不可能だ。例え専用の“はがれ液”があったとしても、こうまでがっちり接着されていては、完全に剥がすまでにかなりの時間を必要とするだろう。しかも、それが5カ所もあるんだ。もはやこの時間では、模擬戦終了に間に合うはずがない!」


模擬戦の終了は、あと30分後に迫っていた。


桃は、不思議そうに吉田を見返す。

この男は、一体何を言いたいのだろう?と思った。


その答えは、続く吉田の言葉でわかった。


「わかるか?“こいつ”は自ら学年制覇の道を捨てたんだ!今年の1年に学年を完全制覇する者は出ない!!・・・策士、策に溺れるとはこの事だ!」


ザワリと周囲の空気が動いた。


確かに吉田の言うとおりだった。

立てかえる事が不可能ならば、4組の旗は、4組の生徒自身の意志には関係なく、このまま残る。

旗が変わらなければ、1組の完全制覇は、成し得なかった。


吉田の指摘に、ある者は拳を握りしめ、またある者は唇を噛みしめる。



桃は・・・キョトンと目を瞬いた。

吉田の言う意味が、桃にはピンと来ない。


「勝ち負けに、支障はないはずでしょう?」


「そのとおりです。」


落ち着いて明哉が返事をする。


それを吉田は嘲笑った。


「そんな、“ただの勝利”にどれほどの価値がある?・・・俺も仲西も入学時、オリエンテーション合宿の模擬戦で完全制覇を成し遂げているんだぞ。それが、今年の1年にはできないんだ!・・・重要なのは、“完全制覇できる者が、今年の1年にはいない”という、その事実だ!」


「黙れ!!」


明哉が声を荒げた!


・・・声を荒げるという、その事自体が、何より雄弁に吉田の指摘を肯定することになる。


「完全制覇なんてものに、それほど価値があるとは思わないのだけれど・・・」


考え込みながら、桃は言った。


桃にしてみれば、勝ちは勝ちだ。完全制覇だろうと、そうでなかろうとその結果は変わらない。

むしろ、そんなもののために余計な労力を使おうという気が知れなかった。



しかし・・・



悔しそうに顔を歪ませる明哉や他の1年を見る。

西村までも、わかっていたこととはいえ唇を噛んでいた。


「明哉は、完全制覇をしたいの?」


桃の質問に、明哉は答えを一瞬ためらう。

その後ゆっくりと首を横に振った。


「勝利は、勝利です。3年の暴挙を防ぐ手段として、これは必要な策でした。これ以上の策はありません。」


明哉の答えに、桃は・・・考え込む。



思考に沈んだ瞳が、深い色を帯びた。



「・・・孔明、それは、私の質問への答えではない。」



ポツリと言葉が漏れた。


「?!」


皆が、ハッとしたように桃を見る!


桃は、気づかず考え込み、いつか見たように、顎に手をやり無いひげを撫でるかのようにその手を動かしていた。


「利長、翼、お前たちはどうだ?完全制覇をしたいか?」


問われて・・・翼は、「したい!!」と叫んだ。


「したい!したいに決まっている!!2年や3年に(おと)るなんて我慢できない!何より、そんな不甲斐ない自分が一番情けないし、嫌だ!!」


翼は、隠すことなく真正直に自身の心情を叫んだ!

利長も頷いて同意する。


「完全制覇ができないことは、(ひとえ)に我らの力不足だ。悔しい事に、俺には上級生が攻め入ってくるなどと考えつくこともできなかった。わかっていれば、もっと別の策もとれたのだ。我と我が身の不甲斐なさに、(はらわた)が煮え繰り返る思いがする。」


利長も悔しさを隠さなかった。


桃は・・・フムと唸る。



「お前たちが、それほどに言うのならば・・・」



そう呟くと、的盧の背にくくりつけてあった道具箱を開き、ガサガサと探って中から四角い箱を取り出した。


可愛いピンクの箱は・・・(くだん)の接着剤の入っていた裁縫箱だ。

桃は、戦装束が破れたり切れたりしたら縫ってあげたいからと言って、教師に許可をもらって裁縫道具をこの場に持ち込んでいたのだった。


「フン、“はがれ液”でも出すのか?言っただろう今からでは間に合わないと。」


バカにしたように吉田が嘲笑う。


桃は、そんな吉田には一瞥(いちべつ)もくれず、裁縫箱の(ふた)を開け、中から道具をひとつ取り出す。


それは・・・キラリと光る“ラシャばさみ”だった。


右手に握り、カシャカシャと2、3度刃を鳴らす。


何故か、吉田も周囲の者たちも、ゴクリと唾をのんだ。


桃は、そのまま的盧を歩かせ、4組の旗の元に行く。


思わず吉田は、数歩後退した。

下がった後でその事に気づき、舌打ちをもらす。


ポールはフックが2カ所についていて、そこに旗を縛り付ける方式のものだった。

頑丈な(ひも)が容易には解けぬように旗とポールをしっかりと括り付けてある。結び目を金属で固定すると言う念の入れようだ。


しかし・・・それでも紐は、紐だった。


桃は、紐の部分に、はさみを入れると、ジョキン!と紐を切った。


続いてもう1本の紐も同じように切断する。


4組の旗がパサリと音を立てて、吉田の足元に落ちた。

呆然と吉田は、落ちたその旗を凝視する。


「明哉。」


静かに桃は明哉を呼んだ。


呼ばれた明哉は、自分の黒馬を桃に近づける。

明哉には桃がやろうとしている事が、すぐにわかった。

黒馬に括り付けてあった1組の旗を桃にスッと差し出す。


フッと笑った桃は、同じように1組の旗を、はさみでポールから切り離す。


切り離されて明哉の手元に残った1組のポールが、明哉が手を放すとガランと音を立てて黒馬の足元に落ちた。


続いて裁縫道具を探って、太さ5ミリの手芸用の“江戸打ち紐”と呼ばれる紐を取り出す。

二重にして括り付けられるように、適当な長さに切って1組の旗の紐を通す用の穴に入れた。


そのままそれを4組のポールのフックに縛り付ける。


(多少強度に問題があるかもしれないけれど、あと30分もてばいいんだもの、充分よね。)


考えながら桃は旗の下の部分を縛る。


「上は、私がやります。」


そう言って、明哉が上部を結んでくれた。


2頭の馬は、互いに邪魔をすることもなく上手く場所をとりあって、互いの主人が1つのポールの上下に旗を括り付ける足場となる。



ポールに結ばれて、1組の“漢”という字と“一”と言う字の描かれた旗が、ドン!!とその場に(ひるがえ)った!!!

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