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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 26

間断(かんだん)なく、降り注ぐ矢を剣で打ち払う。


「えぇい!しつこい!!何とかならないのか!?」


吉田は焦れたように声を上げる。


矢そのものは大した脅威ではない。

吉田を中心に前後左右を守る形の3年の守備は万全で、矢が自分たちに届く事などありえなかった。


しかし、足止めされていることは確かで、


何より・・・


「この、飛沫(しぶき)を、どうにかしろ!!」


吉田が苛立ち紛れに叩き落とした矢は、勢いよく跳ねて、(やじり)部分についているスポンジに含まれた朱液を辺りに撒き散らして地面に落ちる。


そう・・・3年の5人と5頭の馬は、矢から飛び散る朱液の飛沫でまだらに赤く染まるという、何ともみっともない姿になっていた。

当然この赤は、負傷したことにはならず行動を制限されることはないのだが、腹立たしい事この上ない。


吉田の払った飛沫が頬にかかった内山は、陰気な顔をなお憮然とさせた。


「もっと静かに打ち払えないのですか?品の無い。だいたい、あなたは、私たちの中で一番被害が少ないでしょう?・・・ったく、その赤ずくめのド派手な衣装がこんなところで役立つとは思ってもみませんでしたよ。」


怪我の功名でしょうかね?と言って、憂い顔を更に沈みこませる内山。


確かに、この中で朱い飛沫が一番目立たないのは吉田だった。何せ、何から何まで真っ赤な衣装なのだ。飛沫など、どこについたのかすらわからなかった。


「何で“怪我の功名”だ!?」


だからと言って飛沫を浴びている量は変わらない。目立たないからと言って吉田の機嫌が良いはずもなかった。

内山のことわざの引用違いを怒鳴りつける。


“怪我の功名”とは、“過失”が思わぬ好結果を生むことの例えである。とはいえ何気なしにやったことが好結果を生むことに例えられることもあるのだから、あながち間違いでもないのだが、何かに当たりたい吉田にとっては、恰好の“揚げ足”だった。


「“怪我”でしょうよ?その目立つしか効能のない衣装が“怪我”以外の何だと言うのです?」


当然、内山だって機嫌が悪い。

吉田の衣装を“怪我”すなわち“過失”なのだと、一刀両断に切って捨てた。


吉田がギロッと内山を睨む。


内山も憂い顔のまま睨み返す。


不機嫌を助長するだけの言い合いを、止めようと図る堤坂は、善良な男である。


「展開してみては、どうだろう?一カ所にまとまっているから集中して狙われるのではないか?バラバラになれば、敵の矢も分散して減るだろう?」


しかし、善良な男の意見が聞き入れられるケースは滅多にない。今回も、我ながら良い案だと思って言った堤坂の言葉は、反目し合っているはずの2人から同時に手酷く()き下ろされた。


「バカですか?あなたは?そんなことをしたら、あっという間に囲まれて敵にやられてしまうでしょう?」


「元譲。もっと考えてモノを言え。数だけは俺たちが圧倒的に劣っているのだ。1人では背後の敵には対応できまい。」


こんなところだけは、意見が一致する2人だった。


「あれを見ろ。」


弓を払う手を休めない吉田が、顎でグイッと自分達の遥か先を指し示す。


そこには、2年の5騎が、別の部隊と闘っていた。

赤い軍馬に跨った偉丈夫を2年の2騎が左右から打ちかかっている様子に目を瞠る。


「あれは・・・呂布か?!」


2対1でも少しも引けをとらない戦いぶりが、在りし日の呂布の姿を彷彿とさせた。


「おそらくそうでしょう。しかし今見て欲しいのは、呂布ではなく、焦れて単独行動を始めた2年の1騎です。」


内山の言葉に目を凝らせば、確かに仲西を守っていた1人の武将が荒岡の制止を振り切って呂布の背後に回ろうと1人離れて行動していた。


そこに、まるで待ち受けていたかのように、呂布配下の軍勢がワッと群がって打ちかかる。


「!・・・あれは、凌統(りょうとう)か?」


凌統 字は公績(こうせき)


凌統は、少々激しやすい面を持つ呉の武将だ。

とはいえ、実力は十分で多くの武功を上げている人物でもある。だからこそ、呂布相手に苦戦気味の味方を助けようと1人飛び出したのであろうが・・・

多勢に無勢・・・それでも3人までを切り伏せた凌統だったが、4人目の槍に胸を突かれ、その場で戦闘不能を教師から言い渡されてしまった。


「勝敗を決める要因は、個人の武勇ではなく絶対数です。」


内山が冷静に判じる。


「呂布は、例外中の例外だ。」


嫌そうに吉田が言った。


1年ということは、記憶を戻して2年そこらのはずなのに、あれほど見事に赤兎馬を操り、先輩2人を相手に戦えるなど、規格外もイイ所だった。


「私たちも、5人だからこそ背後や左右の敵を気にせず目の前の敵と1対1・・・悪くとも1対2で戦えるのです。」


「分散はしない。このままジリジリと距離を詰める。・・・矢は、いずれ尽きる。敵の援軍が着くより先に俺たちは本拠地をとれるだろう。焦らず確実に勝つぞ!」


吉田は、静かに宣言した。


最初からそう言えば良いものをとブツブツ文句を言いながら、内山も吉田の言葉に同意して従う意思を表す。

堤坂や他の2人は、2年を見るまでもなく、吉田に恭順するだけだ。

そもそも吉田の意志に逆らう気など毛頭なかった3人だった。





徐々に距離を詰めてくる3年を、西村は眉を顰めて見詰めていた。


(まずいな・・・)


焦れて1人2人飛び出してくれば思うつぼなのだが、流石にそう上手くはいかないようだ。


指示の声は休めずに、周囲を見渡す。


串田対2年はおそらく問題なく串田の部隊が勝つだろう。

既に1人戦闘不能にしていた。

串田が今戦っている2人を討ち取るのも時間の問題だと見えた。

呂布の規格外の戦闘力が味方で良かったと心から思う。


(それにしても、こちらの救援には間に合いそうもないな・・・)


冷静に判じた。


彼方に上がる土煙は、駆けつけてくる味方の部隊のものだろう。


しかし・・・


(間に合わない。)


わずかに、吉田たち3年がこの本拠地に辿り着く方が早い。

西村はそう見てとった。


「次の矢を用意。・・・射よ!」


内心の焦りを外に出さず、西村は淡々と命じる。


矢は、既に残り少なかった。

表情を曇らせて西村を見る千怜も、しかし言葉にすることはなく、黙って指示に従う。


(・・・陛下。)


西村は心の中で、念じるように、そう呟く。


耳元でバタバタと唸る4組の本拠地の旗を仰ぎ見た。

この旗を魏や呉のものに変えるわけにはいかない。

それだけは何としても阻止したかった。


ぎゅっと西村は唇を噛んだ。






「ぐっ!・・・」


呻いて松永は、体を折った。

胸から腹にかけて串田の戟によって付けられた朱色の液体がべったりと広がる。


「2年、松永 広大、胸部より腹部へ致命傷!即死と判定!戦線を離脱せよ!」


ドッと1年の軍より歓声が上がる。

自分を見てニッと笑った串田が憎たらしかった。


自分と一緒に串田に打ちかかっていたもう1人の2年、前世は呂蒙(りょもう)だった男も、首から胸にかけてが真っ赤に染まっている。

呂蒙とて一角(ひとかど)の武将なのだが、その呂蒙でも首を刎ねられたと判定されて、先刻戦線から離脱させられていた。


生まれ変わってまでも、呂布の尋常ない強さを思い知るとは考えてもみなかった松永だった。


「降参しろ!」


もはや、松永には一瞥もくれることなく、串田は仲西と荒岡に向かって戟を突き付ける。


流石の周瑜といえども、進退窮まったと言わざるを得ない状況だった。


しかし、後ろに仲西を庇いながら、荒岡は焦った風もなく、笑う。

その笑みは、見惚れる程に美しい。


「何を笑っている!?」


串田は忌々しそうに怒鳴った。

女ならともかく、男が美しくとも嬉しくも何ともない。いや、美しい女であったとしても、それが桃以外の女だったら、嬉しいとは思わないだろうと、串田は何故か思う。


自分が今見たいのは、桃の笑顔だけだ。



「自分たちの勝利を前に、笑顔にならない者はいないでしょう?」



美しい男は、静かにそう言い返す。


「お前たちの勝利?」


ハン!と串田は鼻を鳴らした。

この状況で、何を負け惜しみを言っているのだと思う。

既に2年の5人の内3人は倒した。

残りは目の前の2人のみだ。

更に、騎馬の立てる足音がドッドッと大地を通して響いてくる。

1年の他の者達が間近に集い来る音だった。

2年がここから逆転勝ちを収める可能性など、万に一つもありはしない!


なのに、荒岡の笑みはますます深くなる。


男のくせに白くほっそりとした美しい手がスッと上げられて、4組の本拠地の方を指差した。



罠を疑いながらも、串田はつられてそちらを見る。



「!!」



4組の本拠地に3年の5騎が辿り着いていた。


人質にとったのだろうか?背の高い大男が千怜の肩を掴んでいる。


西村が真っ向から1人で対峙していた。


「王手だ。・・・後は本拠地に立っている旗を我らの旗と立てかえるだけだ。そうすれば、それが一瞬であろうと我々は勝利したと認められる。・・・2、3年の勝ちだ。」


荒岡の背後に立ちながら、仲西が・・・呉の孫権が言い放つ。


「くっそっ!!」


串田は唸るようにそう言うと、急遽(きゅうきょ)馬首を4組の本拠地に向ける。

敵の3年を目指して赤兎馬を一心不乱に駆けさせようとした!


「今だ!やれ!!」


仲西の冷静な声と、


その声に従って弓を串田に向かって引き絞る荒岡の姿と、


ダッ!ダッ!と地響きを伴って近づく馬蹄の音が、重なる。




「止めろ!!」




澄んだ高い声がその場に響き渡った。


何故か、誰もが動きを止める。


凶馬と呼ばれる一頭の猛き軍馬に跨った1人の少女が、4組の本拠地と串田たちの中間の地点に・・・居た。


風が吹き、馬の(たてがみ)と、駆けつけて来る途中でほどけたのだろう少女の黒髪を、フワリと舞い上げる。


的盧の背に、背すじをピンと伸ばして座す華奢な少女。


「桃・・・」


1年1組のクラス委員長。



相川 桃が、そこに居た。

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