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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 24

 小高い丘の上の風は、低地の風より強く吹く。


その風に煽られて、堂々とした鹿毛の馬に跨った吉田は、高揚した気分のまま模擬戦の戦場を見渡した。


「まだ、どの組も完全には制覇していないのか?諸葛亮がいると聞いたが、奴め転生して腕が落ったのではないか?」


呆れたようにそういう吉田に、葦毛の駿馬に乗った男が、何故か左目を気にするようなしぐさで目の周囲を撫でながら、言葉を返す。


「旗が変わっていないだけで、実質的には1組が学年を制覇したように見える。諸葛亮は1組に居るのだろう?侮るのは危険だ。」


穏やかで優しそうな風貌の男の“(くせ)”に、吉田は複雑な表情で目をやった。


「そんなことはわかっている。・・・それより、元譲(げんじょう)お前はまだ“両目”に慣れていないのか?」


葦毛の馬の男・・・3年1組14番 堤坂(つつみさか) 佳範(よしのり) は、言われて自分の仕草に気づき、困ったようにその手を降ろした。


「いや、普段は少しも気にならないんだが、馬上だと視点が変わるだろう?その所為だと思う。」


元譲と呼ばれた男は、前世では隻眼であった。


呂布との戦いの中で片目を失い“盲夏候(もうかこう)”とあだ名され、それを嫌がっていた男。

曹操の従兄弟であり股肱(ここう)の臣であった前世の彼は、夏候(とん) 字を元譲といった。

あの用心深い曹操が、夏候惇だけは心から信頼し、一緒に車に乗ったり私室への出入りが自由だったりしたと言われる男だ。


転生した彼は、当然のことながら隻眼ではなく、眼鏡もいらぬほど視力が良いのだが、無意識の内に前世では無かった左目に手をやる“癖”があった。


「そんなことで戦えるのですか、大将軍?我らは少数精鋭なのですから、しっかり働いてもらわなくては困りますよ。」


月毛の馬に騎乗した別の男が、心配したのか憂い顔で堤坂に注意する。


彼もまた3年1組の生徒だ。

4番 内山(うちやま) 史弥(ふみや) 前世は、荀彧(じゅんいく) 字は文若(ぶんじゃく)である。


荀彧は、若い頃から”王佐の才”と呼ばれた優れた謀士(ぼうし)だった。“王佐の才”とは、王や君主を補佐し助けることのできる才能を持った人物を指す言葉である。

荀彧は自分の王として曹操を選び、曹操の覇業を最も助けた人物だった。

荀彧なしでは、曹操は帝になれなかっただろうとも言われている程なのだが・・・


「その辛気臭い顔を止めろ!気が重くなる。」


嫌そうに吉田は内山に文句を言った。


「元々こんな顔です。それに、人を服毒自殺(・・)に追いやった人間に言われたくはないですね。」


内山の返事に、吉田はますます嫌そうに顔を顰めた。


確かに前世の荀彧は“葬式に行かせるのにうってつけの人間”と評されるほどに(うれ)い顔が標準装備の男だった。転生して容貌は昔と随分変わったのに、いつも何かを案じているような顔つきだけは昔と少しも変わらない内山である。


そして、驚くことに曹操に服毒自殺を迫られたというのも本当の事だった。


曹操の位が上がるのに荀彧が反対して、それに気を損ねた曹操が自殺を促したというのが世間一般の定説だが、真実ははっきりとしてはいなかった。


当然転生してきた当事者の吉田と内山は、事の真相を知っているはずだが、2人ともそれについては、口を(つぐ)んだまま決して理由を説明しようとはしない。

ただ、この高校で出会った2人は、互いにとんでもなく嫌そうな顔をしながらも、何故か前世同様、吉田が上に立って、それを内山が助けるという関係を続けている。


何とも不思議な関係と言えたが、吉田はともかく他ならぬ内山がそれを良しとしているので、周囲も受け入れざるを得なかった。


一度、堤坂は内山に聞いてみたことがある。


「納得しているのか?」と。


曹操第一の夏候惇としてみれば、内山の中に曹操へ対する恨みが根深く残っているのならば、何が何でも引き離そうという覚悟で聞いた言葉であった。


対する内山は、いつもの憂い顔を一層深めて大きなため息をついた。


「自分が仕えるべき王を選ぶのも“王佐の才”の重要な能力です。才能あふれる自分がきらいですよ。」


きょとんとした堤坂に、改めて内山は、吉田に対して反乱を起こすつもりも復讐するつもりもないと言ったのだった。


よくはわからないながらも、その言葉を受けて納得した堤坂も、流石夏候惇といったところだろうか?

夏候惇は穏やかな人柄で、曹操のみならず誰からも敬愛された良い(・・)人間だった。


「すまないが・・・そろそろ下の1年がこちらに気づいたようなんだが、仲間割れは後にしてくれないか?」


赤髪、緑の瞳の美形眼鏡が、言葉だけは依頼の形をとりながら、態度は遠慮なく吉田と内山の間に自分の馬を割りこませる。


言わずと知れた 2年の“仲西 貴志”・・・“孫権”だった。


曹操と荀彧が不機嫌に睨みあうという一般人であれば絶対近寄りたくない中に、ひょいっと入れるあたり、虎狩が好きだったという孫権の、ある意味豪胆さを表しているのかもしれない行動だ。


前世で孫権は、時々無茶をしては張昭の怒りをかって、最終的に張昭に平謝りに謝るという事が時々あった。

剛が、あれ程くどくのも仕方のない面もあったのだ。



確かに、吹き渡る風は眼下の緊張を含んだ喧騒をここまで運んできていた。

何を叫んでいるのか、言葉まで明確に聞き分けることはできないが、それでも丘の上の旗と騎馬の姿を見つけて、混乱し怒鳴り合う様子は伝わる。


この混乱が、収まるまでが吉田や仲西たちの好機だった。


「陛下の言うとおりです。事は急を要します。役割は打ち合わせどおり、最終的な狙いは4組の本拠地を占拠する事で良いですね?」


冷静な声が、この場に響く。


淡々と確認を行ってくるその男は、仲西とはまた違う種類の、瀟洒(しょうしゃ)典雅(てんが)な、思わず見惚れてしまうような美青年だった。

美しい外見と、その姿形に相応しい深い知識と明晰な頭脳、そして武将としての優れた身体能力をも持つという、とんでもない人物。


2年1組1番 荒岡(あらおか) (かい) 


前世は周瑜(しゅうゆ) 字は公瑾(こうきん) 言わずと知れた”周郎”と呼ばれる呉の名将は、生まれ変わっても前世の美しさと豊かな才能を少しも損なわずに、そこに居た。


吉田たちも戦いに参加するために派手な鎧甲冑という豪華な戦装束姿だが、荒岡ほどこの戦装束の似合う男はいないだろうと思われる。


紅梅月毛(こうばいつきげ)と呼ばれる真っ白で青い目の馬に騎乗する姿は、一幅の絵画のようでさえあった。


「計画に変更はない。俺たちは陣地の1箇所を占拠し、そこに2年か3年、どちらかの旗を立てれば勝ちと認められる。それが一瞬であったとしてもかまわないそうだ。」


仲西と荒岡の姿を不機嫌そうに見返して、吉田は言葉を返す。

今回は共闘作戦をとるとはいえ、最終的には敵となる2年だ。

いくら見目形が良くても気に入るはずもなかった。


その心の内を隠しもせずに、嫌そうな低い声で吉田は言葉を続ける。


「昨日今日入学したような1年相手に、随分簡単な勝利条件で拍子抜けしたが、楽に“勝ち”を手にできるのならば、それに越した事はない。・・・1学期の間、黙って指をくわえて見ているなんて真似は、お断りだ。きっちり勝たせてもらうぞ!」


吉田は、強い意志を籠めた瞳で眼下の1年を見据えた。


実際、吉田にとって、いくら自分たちが少数とはいえ(2年と3年に参戦が許可されたのは各学年5人までで、あった。)、陣地1箇所を手に入れるだけで勝利を認められるなどというのは破格な条件だと言える。


彼は曹操である。


しかも、孫権である2年の仲西もいて、それぞれ夏候惇、荀彧、周瑜といったような名にし負う三国志の英雄たちを引き連れてきているのだ。いくら圧倒的な戦力差があったとしても、一瞬の隙をついて陣地の1箇所を一時占拠することぐらい造作もない事だった。



その条件を提示してきた、1年担任”意島”の真意がわからない。



(それだけの信を1年においているのか?それとも本心では2、3年の指導を望んでいるのか?)


これが桃ならば ”単に考えるのが面倒くさくて適当に条件を言っただけ?” という身も蓋もない3択めを選択肢に加えるのだろうが・・・


幾度も悩んだ答えの出ない問いに、吉田は、深く考えるのを止めた。


何はともあれ、2、3年にとっては願っても無い好機だ。

これを逃すバカはいない!


吉田はそう思った。


内山などは、多少不安そうに見えるのだが、普段からいつもこんな表情をしているので、今一、深刻感が伝わらなかった。


第一そんなことにかまってはいられる暇はなかった。


荒岡の言うとおりである。


事は急を要する。



バサリ!と旗が大きくゆれた。



「全軍!出撃!!」



たった10人の軍だったが、吉田は堂々と命を下した!


勝手に命令された仲西は、多少不満そうな表情を見せたが、仕方ないかというように肩を竦め、「行くぞ!」と2年を率いて丘を下って行く。


仲西、荒岡等の2年が1年を引き付けている間に、吉田たち3年が4組の本拠地を占拠する作戦だった。



たった10騎の騎馬。



されど、各々一騎当千の10人が、1年に襲い掛かるべく丘を駆け下る。



1年は、未だ驚いたように、それを見上げる者がほとんどだった。



2、3年の駆け降りるその姿は、得物を狙う猛禽類のそれに、似ていた。

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