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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 23

 小高い丘に魏と呉の旗が翻る少し前・・・

そう、丁度5組の旗が1組の旗へと変わる頃・・・


桃はパチリと目を開いた。


「・・・士元。」


呼ばれて天吾は、驚き振り返る。


桃が次に目を覚ます時には、既にいつもの桃に戻っていて、自分を前世の名で呼ぶ事などないと思っていた天吾である。


驚きながらも、起きた桃の側に駆け寄った。


「・・・戦況は、どうですか?」


しかし・・・訊ねてきたのは・・・いつもの桃だった。

小首を傾げ聞いてくる様子は、さっき前世の名を呼ばれたのは聞き間違いかと思えるような態度だった。


少し残念に思いながら・・・天吾は答える。


「5組の旗が1組の旗に変わり始めた。残りは4組だけだ。」


「・・・そう。」


呟いた桃が、そのまま体を起こす。


グルリと周囲を見渡すと・・・不思議に落ち着いた瞳で天吾と他の者たちを見詰めた。


「伝令をお願いします。・・・“全軍4組の陣地に集結するように”と。特に、剛と拓斗、理子の招集を急ぎます。」


「・・・え?」


天吾は、言われた内容がわからなかった。


いや、意味はわかる。


ただ、何でそんなことが必要なのかが、わからなかった。


「何でだ?」


桃は、静かに白い手を上げて、細い指で4組の背後の小高い丘を指差した。


小さな口が開かれ・・・信じられない言葉を紡ぐ。



「もうすぐあそこに、2年と3年の代表が現れます。」



まるで予見する占師のように・・・桃は、そう言った。








そして、現在・・・明哉たちは、魏と呉の旗の翻る丘を見詰める。


そこに旗があれば、当然そこには魏と呉の武将がいるのだろう。

事実10騎程の騎馬の姿が、かすかに認められた。


既に、太陽は中天を過ぎている。

時刻で言えば、午後の1時といったところだろうか。

春先の北の大地とはいえ、日中の日差しはきつかった。


「・・・何故?此処に?」


陽向の問いは当然だろう。


1学期間は学年を越えての手出しは、禁止のはずだ。

それは、(くつがえ)ることのない、ルールだった。

唯一、相手から請われれば指導という形での手出しが可能となるが・・・それを“桃”はしなかった。


入学式の式辞の一文をすっ飛ばすと言う形で1年は先輩からの指導を願わなかったのだ。


2、3年が、此処に・・・1年のオリエンテーション合宿に、現れるはずがなかった。


「・・・曖昧(あいまい)な形でしたからね。」


少しも慌てることなく、落ち着いて明哉は答える。


間違いなく、桃は入学式で指導を願う言葉を言わなかったが・・・しかし、それが、故意なのか偶然なのか、はっきりしない形で、きわめて曖昧に行われたことも事実だった。


あの新入生代表挨拶を見たほとんどの者は、桃が緊張のあまり“失態”を犯したのだと思っただろう。

事実、桃の狙いも・・・そこにあったと思われる。

出来うる限り目立つことを避けていた桃は、偶然を装い・・・自ら意図した事ではないと思わせて、結果だけを手にしたのだ。


・・・そして、そこ(・・)にこそ、2年と3年の付け込む隙があった!


明哉には、教師陣に迫る吉田と仲西の姿が目に浮かぶようだった。


“あの、新入生代表挨拶は、1年の真意ではなかったのだ!”と強固に主張する2人の姿が・・・


それでも、教師陣は渋るだろう。

偶然であれ故意であれ、学年を越えての争いという”面倒事”が、1学期の間は起こらないという事態は、教師陣の望むところのはずだった。


渋る教師陣を相手に、吉田と仲西はどう出るか?


明哉が2、3年の立場であれば・・・間違いなく、こう提案する。


「本当に、1年生に指導が必要ないのか”確認”させてくれませんか?」


・・・と。



”確認”と称して手を出すのに、合宿最後の模擬戦くらい、うってつけの舞台はないだろう。

だからと言って、最初から彼らが参戦することが許されるとは流石に思えない。

おそらく手を出せるのは、最後の1時間ほどに限られるはずだ。

それも人数もごく少数に制限されるだろう。

各学年数人といったところか。

その限定された条件の中で、旗の1本でも占拠できれば、2、3年の勝ち。1年は“頼りない”存在と認定されて、以後指導と称した手出しが可能になる。


明哉は・・・あくまで想像ですがと断って、陽向や清水たちに、これらのことを話して聞かせた。



丈高い草の間を、風がザザッと音を立てて吹き過ぎる。

まるで、波のようなその動きを明哉は静かに見ていた。


陽向も清水も・・・他の者も、愕然とする。


「そんな”無茶”がまかり通るのですか?!」


「通ったからこそ、あそこに彼らが姿を現したのでしょうね。」


明哉は・・・落ち着いていた。


草地を眺めるその静かな姿から・・・明哉が想像と言いながら、この事態を確実に”予想”していたことが察せられる。


それは、他の者たちを戸惑わせた。


この緊急事態に、何故これ程に落ち着いていられるのだろう?


「尊兄!!どうすれば!?」


焦った声を陽向は上げる。


「・・・とりあえず、あちらに向かうしかないでしょうね。」


あちらと言った明哉の手は、4組の陣地を指していた。

まったく面倒なと言いながら、明哉は自分の黒馬を呼び寄せる。

賢そうな黒馬は、カポカポと大人しく明哉の側に近寄った。


急ぐ風でもなくヒラリと馬に跨る姿は、前世の諸葛亮を強く思い起こさせる。



「尊兄!!」



「・・・あちらには”法孝直”がいます。」



なおも焦る陽向に、明哉は何だかイヤそうに、その名を告げた。


・・・確かに、4組の陣地には西村が・・・法正が残っていた。


「!?・・・しかし!西村は!!」


思わず清水は、明哉の・・・尊敬すべき諸葛亮の言葉に反論しようとした。

当然だろう・・・清水の知る“西村”は、何をするにもやる気なく、始終バカにしたような顔で周囲を見回していた人物だった。

前世はともかく、今の“西村”は、こんな時に役立ちそうな人間には、とても見えなかったのだ。


「あれは・・・()っても”法正”です。当然、私の予想するようなことは、とっくに考えついているに決まっています。・・・対策のひとつも取っていないようであれば、心の底から罵倒(ばとう)しますよ・・・私は!」


何だか・・・どちらかと言えば罵倒したいように聞こえるのは気のせいだろうか?


明哉の言葉は不機嫌で、本気でイヤがっているようだった。




明哉は、不機嫌なまま、馬首を4組の陣地へと向ける。

遠いその陣地を・・・西村を睨み付けるように強い視線で、唇を噛んだ。




実は・・・明哉が、今、起こっている”この事態”の可能性に思い至ったのは、今朝方のことだった。


西村の思ったとおり、馬謖の事を案じ過ぎていた明哉は、当然考え及ばなければならなかった”この事態”に昨晩までは頭が回らなかったのだ。


ただ・・・西村のイラついたようなバカにしたような視線だけは感じていた。

その視線を不快に思いながら、何故そんな目で見られるのか、わからずに悩んでいた明哉だったが・・・今朝方の覚醒時の微睡(まどろみ)の中で、ふいにその可能性に、啓示を得たかのように思い至った。


(!!・・・)


頭を殴られたかのようだった。


すっかり目が覚め、居ても立ってもいられずに自室から出た明哉は・・・廊下を歩く西村の姿を見つけた。


早朝の人っ子一人いない廊下である。

その廊下を足早に人目を忍ぶかのように西村は歩いていた。


反射的に自分が物陰に隠れた理由は・・・わからない。


ただ、隠れ見た西村は、手に包みを2つ、大切そうに持っていた。


いつもの、投げやりで気だるそうな様子とは違う姿に驚いて、気づかれないようにそっと後をつけた。

西村は、そのまま自室に戻ったと思ったら、直ぐに包みを1つだけ持って出てきた。


辺りを伺うようにして歩き出した西村が向かった先は、串田の・・・呂布の部屋だった。


それを見た瞬間・・・明哉には何もかもがわかった!(と明哉は思った。)


自分が気づかなかった事態に西村がとっくに気づき、おそらく、その対策として呂布に協力を依頼しているのだろう・・・ということが。


ギュッ!と拳を握りしめた!


(あれは、手土産(てみやげ)か・・・)


確かに、呂布に頼むとなれば、手ぶらというわけにもいかないだろう。


起こると予想される事態の“対策”として、呂布の力を借りるのは、明哉にとっても考え得る最良の策に思えた。



・・・明哉は・・・黙ってその場を後にした。



強い敗北感に襲われる。


法正は、45歳という若さで死んでしまったために諸葛亮ほど有名な人物ではないが、こと軍事においては、その能力は・・・諸葛亮の上であった。

少なくとも、法正が死んだ時点では間違いなくそうだった。

法正が生きていた間、諸葛亮はもっぱら内政を預かり、軍事面では法正こそが“劉備”を支えていたのだ。


当時を思い出し・・・明哉は唇を噛む。


法正が病気で死んだ時、劉備はその死を悼み何日も泣き暮らしたものだった。


(・・・自分は、未だ法正に及ばないのか?)


明哉は悔しく思う。


それ程に、劉備の信頼を得ておきながら、今現在の“西村”は、桃を認めてはいない。


それどころか、清水に・・・馬謖に好きに振るまわせて自分たちの反応を見、自分たちを・・・桃を見定めようとさえしている。


(あれほどに、陛下の寵愛を受けておきながら!!)



明哉は、悔しさに目の前が赤く染まるような気がした。



自室に戻り、ベッドに寝転がり、ギュッと目を瞑ると、自分の両腕をその目の上で交差させるようにして顔を隠す。


そのまま暫く動けなかった。



(落ち着け!)



荒れ狂う心は、15の少年の激情で・・・そんなものに引き摺られる様な無様な真似を、明哉は自分(孔明)に許すわけには、いかなかった。




カッとなった頭が徐々に冷えていく。




心が落ち着いて冷静に頭が働く。




・・・それなら、それで良かった。


危惧すべき事態に法正が手を打っているのならば、それは喜ばしいことだ。

自分は自分のやりたいことに専念できる。


そう・・・明哉は思う。




・・・この考え方こそが、“孔明”だった。


利用できる者は利用する。





もう・・・そこにいるのは、15歳の多感な少年などではなかった。


一国を支え、自ら導いた政治家の姿がそこにはあった。





強い瞳で目を開ける。






・・・今朝方明哉は、そう決意したのだった。


しかし・・・その後、桃が自分たちに配ったパウンドケーキの包みが、朝方西村の持っていた包みと似ていることに気づき、暗澹たる思いにかられ、もう少しで自暴自棄になりそうになったのは・・・仕方がないことだろう。


その時点で、清水の・・・馬謖のことなど全て放り出して、桃と存分に話をしたいと思ったのだが・・・


かろうじて堪えた自分自身を明哉は褒めてやりたいと思った。



・・・明哉がすべきことは、変わらなかった。



清水を、馬謖を止め・・・その後、4組の陣地に向かう。


(・・・私が行くまで持ちこたえられないようであれば・・・貴方を見定めて・・・見限るのは、私の方です!・・・精一杯頑張ってくださいよ・・・”法孝直”殿。)


明哉は、そのまま黒馬を4組へと促す。


明哉の黒馬には、4組の分の旗5本がくくりつけられたままだ。

この模擬戦の完全制覇には、必要不可欠な旗のはずだった。


この旗の代わりに、魏や呉の旗が立つなどと考えるだけで、不機嫌がいや増す。


どす黒いオーラをまき散らしながら、明哉は・・・諸葛亮は馬を急がせる。






旗が一際強い風に煽られて大きく膨らむ。


戦いの場は、風雲急を告げるのだった。

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