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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 21

 広大な土地のあちこちに25本の旗が立っている。濃緑の旗に“漢”という字と“一”という字が目立つ旗が20本。赤地に“四”という字が描かれている旗が5本だ。

その赤い旗は緑の大地に散った真っ赤な血しぶきのようだった。


大地を揺るがす馬蹄の音がドッ!ドッ!と響き渡る。


赤い血の旗の立つ場所から、一際大きい濃緑の旗に向かい、ひたすらに馬を駆る一団があった。


「急げ!今が唯一の好機だ!1組の3将軍を中心とした勢力は5組から戻らず、本拠地の守備はガラガラだ!奴らは勝利に油断しきっている!!・・・1組の委員長さえ討ち果たせば“我が軍”の勝ちだ!!」


清水は、仲間を叱咤し一直線に、目指す“敵”に向かって戦場を駆け抜ける。

クラスに与えられた20頭の馬のうち、西村の馬を除いた19頭全てを投入しての進軍だった。


(絶対に勝つ!!)


清水は心に誓う!

清水は・・・“馬謖”は、悲壮なまでの覚悟をしていた。


前世で、馬謖は挫折を知らない天才と呼ばれる(たぐい)の人間だった。

名家、馬家の五兄弟の末っ子として生まれ、諸葛亮にその才を認められ、親しく論じあえるほどの仲となり・・・我が世の春ともいうべき日々を送っていた。

先主(せんしゅ)昭烈帝からは今一信頼をおいてもらえず、優秀な直ぐ上の兄、馬良にも時折口うるさい事を言われはしたが・・・それでもなお才を振るい結果を出した馬謖は、自らを省みることなどしようとも思わなかった。


・・・その(おご)りが、“街亭の戦い”の惨敗をまねく。


諸葛亮に道筋を押さえるように命じられた馬謖は、これに(そむ)き山頂に陣を敷いてしまったのだ。副将の(いさ)めも聞き入れず、その結果、水路を断たれ山頂に孤立し・・・馬謖は敗けた。

そして敗戦の責任を問われ処刑されたのだ。


悔やんでも悔やみきれぬ大失態だった。


(もう、二度とあんな真似はしない!)


清水は心に誓う。


諸葛亮を名乗ったのは、自らの覚悟と己の才をもう一度全員に見せるためだった。

馬謖のままでは、清水にはそんな機会など決して回って来ないに決まっている。

この作戦を成功させ、1年を制覇して、改めて清水は名乗りを上げるつもりだった。


(やれる!!)


清水は自身に言い聞かせる。


幸いなことに、現時点で1年を制覇すると予想される1組の委員長である“相川 桃”は・・・何の変哲(へんてつ)もない、どこにでも居そうな、女子生徒だった。

的盧に選ばれたりして一部生徒に“劉備”ではないかと思われていたが、男が女に転生するはずなどない。

入学式の挨拶だって、上がりまくって、見ていてハラハラするようなものだった。


まあ、ちょっと可愛いなとは確かに思ったのだが・・・


しかし、これは好機だった。


“相川 桃”には、自分を守る武力など何もない。

関羽、張飛といった主力の武将を引き離しさえすれば、彼女を討つ事など赤子の手をねじるよりも簡単だ。


・・・清水には、そう思えた。


策を練り・・・清水は行動に移る。

何もかも予定どおりに進んでいた。


一番ネックになると思われた、法正である西村は・・・何一つやる気なく、だらけているだけだ。

協力が得られない事に苛立つが・・・邪魔をされるよりも数倍マシだった。


(何としても、汚名を(すす)ぐのだ!)


馬謖は、なおも馬を急がせた。





一直線に馬を駆る清水の軍の右側から一軍が迫りくる!


「止まれ!!お前たちの相手は、(それがし)がする!!いでや(きた)れ!!」


大声をあげて打ちかかってくるのは、前世は黄忠だという“谷津 悠人”だ。


「何をっ!!」


清水の軍の1人が打ち返す。

清水は、思ったより素早い2組の対応に舌打ちをした。


「かまうな!!目指すは1組だ!急ぐぞ!!」


打ち合う仲間には目もくれずに、先を急いで清水は駆ける。


その清水の軍の左側からも、別の一軍が迫りきた。


「待てっ!走るを止めよ!!|我は厳顔!我が名を知らぬか小童(こわっぱ)ども!!

我に当たらんとする(ごう)の者は、いないのかっ?!」


先ほどの黄忠もかくやと思わせる大音声で名乗りを上げたのは厳顔・・・“香西 陸”だった。

見事な手綱さばきで馬を操り、攻撃を仕掛けて来る。


黄忠、厳顔の老将コンビの攻撃に、清水は顔を(しか)める。


(年寄りが・・・大人しく引っ込んでいれば良いものを・・・)


転生したのだ・・・前世で老人だからといって、今は自分たちと何が変わるわけでもないのだが・・・何故か黄忠厳顔のコンビは、元気すぎる老人というイメージが付いて回っていた。

まあ、原因の8割方は、彼らの大仰(おおぎょう)な言い回しのせいではないかと思われたが・・・


「出合えっ!この老骨を恐れるのか?!」


4組の精鋭たちも、前世は血気盛んな名将ばかりだ。ここまで言われては黙っていられなかった。

何人かは馬の手綱を引いて馬のスピードをゆるめる。


清水は、2人の挑発に乗って応戦しようとする仲間を厳しい声で制した!


「止めろ!我らの敵は、こいつらなどではない!!急ぐぞ!!」


その声に、止まりかかった者たちも再び馬を急がせる。


追いすがる黄忠厳顔の軍を置き去って、清水たちは馬を駆った。

清水の軍は、模擬戦の開始時よりずっとこの時を狙って、待っていたのだ。

馬も人も十分休息をとってある。

2軍に挟まれた清水の軍は、当初の進路を少し変えさせられはしたが、余裕で2組を引き離しにかかった。



背丈の高い密生した草地が前方に広がっている。

当初の進路上にはなかったものだ。


(馬の移動速度を減速させようという目的か?!)


姑息な真似をと清水は思う。


しかし、元気な馬のスピードは、密生した草地くらいでは、ほとんど落ちることはない。


(こんなことで、止められるものか!)


なんなく2組を振り切り、4組の精鋭部隊は草地へと駆け入った。




・・・背後を確認し、2組の姿が見えなくなったと清水が安心した時、“それ”は起こった。


「今だ!!」


視界の端に、低いが良く通る声と同時に鮮やかな純白の羽扇が、ひらりと返る様を、清水はとらえた。


「?!・・・あれは!」


合図を受けて、低空を草の間をぬって無数の矢が飛来する。


「!!」


それは、騎馬の足元を狙い、草地の中に隠してあった“床弩”で撃たれた矢であった。


人力で引く弓に比べ、弩は、より強力な矢を正確に放つ。


丈高い草をものともせずに飛び来た、(やじり)がスポンジの矢は、19頭の馬の(あし)にトン!と当たって・・・その脚を赤く染めた。



「4組“清水虎太郎”の部隊、馬の脚を負傷!以後、馬の使用を禁ず!!」



監視役の教師の大声が周囲に響く。


・・・清水は、呆然とした。


「弩・・・?」


何故、こんな場所に“こんなもの”があるのだろう?


改めて、周囲を見渡す。


草地の中に、1台の床弩が据え置いてあった。

草に隠れて見えにくい床弩は、“元戎弩(げんじゅうど)”と呼ばれる、諸葛亮が改良した言われる連弩のようだった。

同時に10本の矢を数回に渡って射ることの可能な連弩は、馬謖も共に構想を練ったものだ。


弩の脇には、おそらく弩を発射したのだろう1人の男子生徒が伏せている。


その生徒・・・“不破 陽向”は、清水の見ている前で立ち上がり、落ち着いた動作でパンパンと自分の服についた泥をはらった。




自分が、黄忠厳顔のコンビにはめられて、上手くこの地へと追い込まれたのだということを・・・ようやく清水は理解する。


待ち伏せていた彼らにしてやられたのだということも・・・



彼ら・・・



泥を払いながら不破は、この場にいたもう1人の人物へと近づく。


軍師の持つ白い羽扇を優雅にかざして・・・泰然と清水たちを眺める、その人物。


1組の“多川 明哉”がそこに居た。

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