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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 20

串田は、思いのほかあっさりと西村の依頼を了承した。


「本当に来るのか?」


「間違いない。」


「・・・わかった。」


西村の説明を、たったこれだけの言葉で呑みこむ。


「“奴”らに好き勝手されるのは、俺も業腹(ごうはら)だからな。」


そう言って物騒な笑みを浮かべた。




そんな串田が、喰い付いたのは・・・別のことだった。


「・・・“これ”を俺に?」


串田が両手でこわごわと持っているのは、桃からと言って渡した、パウンド・ケーキの包みだ。


「あぁ。1組と2組のために“相川さん”が焼いたモノだ。5組で渡すのはお前だけだからな。・・・他の奴らにはバレるなよ。」


西村が串田にかける口調は、ずいぶん砕けたものになっていた。


串田がそうしろと言ったのだ。

協力を依頼するのだからと下手(したて)に出た西村に、上辺だけの丁重さなどいらないと、串田は言ったのだった。


「悪名高い、蜀の“翼候”なんかに、そんな喋り方をされたら悪寒が走る。」


“翼候”とは法正の諡号(しごう)である。

憮然として串田は本当にイヤそうに体を竦めた。


・・・せっかく、そう言ってもらったのだから、ありがたくその申し出を受けた西村だ。

あまりにあっさりと態度を翻した姿に、串田は呆れはしたが何も言わなかった。


「・・・俺だけ(・・・)?」


「そうだ。」


(4組では、俺だけだけどな。)


内心で付け加えながら、西村は答える。


「・・・戸塚(・・)にも渡していないんだな?」


そう言っているだろう!と思いながら西村は首を縦に振る。


串田は、ひどく嬉しそうに笑った。


ゆっくりと、その包みを開く。

そこには小さいながらも、プレーン、マーブル、ナッツ、チーズ、ベーコンという5種類のパウンドケーキが一切れずつ入っていた。


「!・・・こんなに?」


感動したように串田が言う。


「何が好みかわからないから全種類入れると言っていたな。」


(俺のは、それにチーズがもう一切れ余計に入っているけれどな。)


フッと心の中で笑いながら西村は説明する。


ワイロを惜しんで協力を断られるわけにはいきませんからと言った、桃の可憐なエプロン姿を、ふと思い出す。


(あの姿を見たのも・・・俺だけだ。)


おかしなところで優越感に浸る西村だった。


「“桃”が、俺に・・・」


震えるような声で、串田は呟く。


何時の間にか、“桃”と呼捨てにしている事に、西村はムッとした。

串田は、大切そうにプレーンのパウンドケーキを手に取ると・・・パクリ!と一口で食べた。


(あ!?・・・)


思わず西村の口が開く。


(俺だって、まだ食べていないのに!)


自分より先に桃のパウンドケーキを食べた串田に、西村は理不尽な怒りを抱く。


「美味い!」


(当たり前だ!!)


自分だって手伝ったのだと西村は思う。


「・・・それを食べたんだ、しっかり働けよ!」


突如不機嫌になった西村にも、上機嫌な串田は気がつかない。


「任せておけ!」


そう言って、今度は“チーズ”に手を伸ばしたのだった。







イヤなことまで思い出して・・・西村は眉間に皺を寄せる。


(何だ?あの食いっぷりは・・・)


結局あの後、全部をパクパクと平らげた串田に、くれぐれも極秘裏に動いてくれと念を押して、西村は部屋を後にした。


串田の言動は思い返せば、ことごとく腹の立つ事ばかりだ。

しかし、ここはグッと我慢する。


・・・5組の陣地を伺い見た。


4組に近い最前線に串田はいる。

遠目にも赤兎馬の威風堂々とした赤い馬体が見て取れた。


呂布は・・・敵としては最悪だが、味方となれば、これ以上心強い者はいない。


(少なくとも、“食べた分”は働いてもらうぞ!)


西村は、そう強く思う。


・・・他ならぬ“法正”の気を損ねた串田が、今後もイヤという程、西村に扱き使われることになるのは目に見えていた。





西村が目をやっていた5組の本拠地の黒い旗が、1組の緑の旗に・・・変わる。


ドヨッ!としたざわめきが、周囲に広がった。


(・・・ほぼ、予定どおりの時間だな。)


また1本、旗が黒から緑に変わった。


清水の率いる部隊に緊張が走る。

無言の清水の合図を受けて、一斉に彼らは乗馬した。


突如動き始めた精鋭部隊に、事情を知らなかった他の者たちから不安の声があがる。


「どうしたの!?」


そう言ったのは、前世が“呉夫人”である“三須(みす) 千怜(ちさと)”という女子生徒だった。

呉夫人は、法正が劉備に薦めて夫人となった人物だ。

そのためか、法正へのあたりは他の者より親しい。


・・・他の者にとっての法正は、執念深く冷酷な性格で、あまりお近づきになりたくない人物だった。(そういう意味では、串田はある意味、豪胆な人物だと言えた。)

西村の前世が法正だと知ると、全員ギクリと顔を強張らせて急に(へりくだ)った態度をとる。


(・・・バカばっかりだ。)


と西村が思う一番大きな理由だった。

転生した自分は、既に何の力もない15歳の男子高校生でしかない。そんな自分に気を使ってどうするつもりだ?と言ってやりたい。


おかげで、居心地が悪い事この上ない。


(俺をこんな気持ちにさせた責任は、いずれとってもらうからな。)


周囲の人間に対して、しっかりそう思う西村は・・・やっぱり執念深いと言えるだろう。


西村は間違いなく“法正”であった。


“千怜”は、そんな中で西村に対して媚びたり避けたりしない貴重な人物だ。


西村は、千怜の質問に答える。


「1組の委員長を討ち(・・)に行くんですよ。」


「西村!!」


クラスメイトであっても秘密の作戦をバラした西村に清水が怒鳴る。


「もう、イイだろう。ここまで来れば、どう足掻(あが)いたって、お前たちは止められない。・・・ほら、そろそろ行く頃合いだろう?グズグズしていては機を(いっ)するぞ。」


飄々(ひょうひょう)と言い返す西村に舌打ちを返して、清水は馬首を1組へと向ける。

精鋭部隊を率いて、駆け出して行った。


千怜の顔から血の気が引く。


「1組の委員長って・・・」


「それが、ここまで優劣のついた戦況をひっくり返す一発逆転の唯一の“良策”だそうですよ。・・・確かに、委員長を討ち取ればそのクラスの陣地は白紙に戻されます。」


蒼白になった千怜は・・・慌ててその場から、とび出していこうとする。


「待て。」


冷静に西村は、その細い腕を掴んで引き止めた。


「放して!報せに行かなくっちゃ!!」


「落ち着け。・・・孔明がいる。」


暴れようとした千怜は、西村の言葉にビクリと震えて動きを止めた。


「丞相が・・・」


「そうだ。正真正銘の本物の孔明がちゃんと手を回している。・・・向こう(・・・)は、何も心配いらない。」


それは、魔法の呪文のようだった。


焦っていた千怜が、孔明の名を聞いただけで落ち着き安心する。


・・・西村は、心の内で皮肉に笑った。


(俺にも、その呪文が効けばいいんだがな。)


残念なことに西村には、あまり効果がありそうになかった。


ホッと安心していた、千怜だが・・・ふと考え込むように柳眉を(ひそ)める。



「・・・向こう(・・・)は?」



西村はフッと笑った。


呉夫人は才色兼備な人物で、特に聡明さでは群を抜いていた。

それは西村にとっては、もっとも評価すべき長所だ。


「そうです。俺たちが対処すべき事は・・・別にあります。これは、1組の“相川さん”とも一致した意見です。・・・協力してくれますか?」


千怜を落ち着かせるために強めた口調を元に戻して、西村は言って聞かせる。


「・・・桃さんと!?」


千怜は驚いたように呟くと・・・深く頷いた。


「わかりました。あなたに従います。・・・相変わらず、あなたと陛下は深い信頼関係にあるのですね。」


安心しましたと言って、千怜は嬉しそうに笑う。



西村は・・・虚をつかれた。


「信頼・・・?」


確かに、かつて自分は“主君”と深い信頼関係にあった。


転生した今も、それは変わらずあるのだろうか?


白いエプロン姿を思い浮かべて・・・ふと気づく。

苦笑が・・・もれた。


自分は、“陛下”と言われて、何の迷いもなく1組の“相川 桃”を考えた。


朝の一件でほぼ確信したとはいえ・・・相手は“女”だ。

本人も自分は劉備ではないと言い張っている。

常識で考えれば・・・桃の言葉は正しい。


なのに・・・


昨日までの自分であれば、バカを言うな!と怒鳴りつけたいような“思考”を当たり前にしている自分が・・・可笑しい。


何より可笑しいのは、常識なんかに囚われて一目瞭然の事実に気が付けなかった・・・昨日までの自分だ。


(本当にバカばかりだ・・・俺も含めてな。)


自嘲を籠めて、西村は笑う。



「確かに、私は陛下を信頼いたしております。」



西村の言葉に千怜は満足そうに頷く。


そう、西村は確かに桃を信頼していた。

桃と話したのは朝の一刻だけだが、その一刻だけで”相川 桃”という人物が、信頼するに値する者だということは、よくわかった。


自分から桃への信頼は間違いない。


だが・・・自分は桃に信頼してもらえるのだろうか?


千怜に笑い返しながら・・・西村は、何としても桃からの信頼を勝ち得る事を、心に誓うのだった。





模擬戦は終盤にかかり・・・戦いは、急展開を迎えようとしていた。

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