表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンド・アース  作者: 九重


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/154

オリエンテーション合宿 15

天吾と天吾の後ろの仲間たちが息をのむ。


「当然でしょう?・・・此処は本物の戦場ではない。・・・勝っても負けても、誰一人として命を奪われることはおろか、怪我をすることもない。国も大義もかかっていない、ただの競技(・・)に、“この方”が本気になられるはずなど、ありません。」


ここは、セカンド・アースなのですよと、明哉は静かに言った。



声もなく、天吾たちは、桃を見詰めた。


眠る少女に・・・眠る”獅子”が重なって見える。


鋭い牙と爪を、ふるう場所を持たない“眠れる獅子”。


それは、獅子にとっては、


・・・“喜び”なのか?


・・・それとも、“悲哀”なのか?



声を失い立ち尽くす天吾を見て、明哉はフッと笑う。


「それでも・・・ここがセカンド・アースだろうと、例え“地球”であろうと、私のすることは変わりありません。」


「孔明?」


「私のすることは、彼女の側にいることだけです。・・・例え、彼女が“誰”であろうとしていても。」


そう決めたのですと明哉は言って・・・キレイに笑った。


おそらく、利長と翼も、そう思っている。

明哉は、それを当然の事実として感じていた。


思わず、ドキリとして・・・天吾は歯噛みする。


(この、イケメンめ!!)


昔も今も、孔明には腹が立つ。

さっさと自分の進むべき道を決め、迷いなく自分の前に立つ姿は、美しく“華”がある。

自分には、決してないものだ。


どうしたって、惹かれずにはいられない。


「まったく、お前はイヤな奴だよ。」


天吾の顔は、言葉とは裏腹に嬉しそうに緩んでいた。


「あなたに、イイ奴と思われても嬉しくありませんから。」


さて、と言って、明哉は腰を上げた。


風が一際強く吹き、戦場の喧騒(けんそう)を運ぶ。


1組と3組の連合軍は、4組を牽制(けんせい)しつつ5組の戸塚に向かっている。

守りに徹した“魏の許褚”は強く・・・攻めあぐねているようだ。


5組の反対側では、串田が4組に睨みをきかせているが、こちらは小競り合い程度で本格的な戦いにはなっておらず、呂布は力を持て余し、さぞかしイラついているだろうと思われた。


2組と4組の境も大きな戦闘には、なっていない。



4組が何を考え、何を狙っているのかは・・・未だ判明していなかった。



それらを冷静に見てとると、明哉は手を差し出して・・・黒馬をまねく。


動き出した黒馬を見て、天吾たちの顔が強張った。


「!?おいっ!」


この黒馬が動けば、弩が発射されるのでは、なかったか?!


冷や汗が流れ落ちる。


明哉は、ニヤリと笑った。


「・・・ウソですよ。こんな至近距離から弩を打つはずがないでしょう?打ち所が悪ければ、死にますよ?」


黒馬の動きと弩が連動しているというのは、真っ赤なウソだったのだ。


天吾たちの力が抜ける。

その場にへたり込みたかった。


「桃を頼みます。この場の指揮は、士元、あなたで十分でしょう。かわりに私は2組の指揮権をもらいます。・・・そろそろ、“あの者”にも向かい合ってあげなければ、ならないでしょうからね。」


「おいっ?」


相変わらず、とんでもないことを言いだしてくる男だった。


「“遊戯”のような戦いでも、真面目に相手をしなければならないこともあるということです。・・・まったく、面倒なことですがね。」


肩を竦めながら明哉は、呼び寄せた黒馬に、ひらりと跨る。


黒馬の脇には既に10本の旗がくくりつけてあった。

2組とその先の4組の分なのだろう。


それは・・・(はな)から、この展開を予想して準備していたということだ。


「おい!!・・・何を考えている?俺にこの場の指揮だと?・・・桃を俺に預けるというのか?!」


そんなことを明哉がするとは、考えられなかった。


天吾は、焦る。


「そう言っているでしょう?・・・あなただって、元々桃を守るつもりで此処に来たのでしょう?」


今更何を言っているのです?と言われて、天吾は言葉に詰まった。


見透かされて・・・頬を赤らめる。


確かに天吾が、この場に早々に来た一番の理由は、傍目にも1組の本拠地の守りが、あまりに薄いせいだった。


黙って見ていられずに、仲間を引き連れて駆けつけてきたのだ。


・・・おそらく、それも明哉の手の内だったのだと今となればわかる。


その証拠に、天吾がここまで本拠地に迫っても、1組の誰一人として戻って来る気配が見えない。


それぞれ戦に没頭しているとはいっても、本拠地の様子を気にせぬはずはないのだ。

それなのに、この対応ということは、最初から天吾の動きは予想されていて、戻る必要はないと全員に伝えてあるということだ。


(どこまで、読んでいるんだ?!)


「1組の指揮は、各隊に任せていてかまいません。3将軍が指揮をとり、張昭と華歆、糜子仲殿が補佐をしているのです。何の心配もいらないでしょう。天吾あなたは此処で桃を守っていてください。」


淡々と言う明哉を、天吾は睨み付ける。



「・・・2組に、悠人以外の使える人材はいますか?」


その視線を気にもかけずに明哉は聞いてくる。


天吾は・・・唸った。


「・・・香西(こうざい) (りく)という奴が・・・厳顔(げんがん)だ。」


聞いた明哉は、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「老将コンビがいるのですか。・・・それは、お気の毒に。」


「うるさい!」


同情されて、天吾はふくれる。


確かに、悠人と陸の“2人”が揃うと・・・口うるさかった。

元気な年寄りというのは、たいてい扱いに困るものだが・・・“若い”年寄りというのも、似たようなものだった。


「力が有り余っているのでしょう。存分に働いてもらいます。」


何かを企む明哉の笑みは・・・何故か背筋を寒くさせる。


「おい!」


「・・・右の箱の中に、パウンドケーキがあります。桃はきちんと2組の分も焼いたのですよ。ありがたくいただきなさい。」


言われる言葉にポカンとする。


(桃が、自分たちにも、ケーキを?!)


じわじわと感動が胸にこみ上げる。


・・・そんな場合では、なかったが・・・


言い置いて、明哉は馬首を2組の陣地へと向けた。


「“士元”、後を頼みます。」


「おい!!」


天吾の呼び止める声に、返事はなかった。


黒馬が見事な動きで駆け出す。


風が渦を巻き・・・後には、眠る(・・)桃と天吾たちが残った。


「・・・何を考えているんだ?あいつは!」


愚痴る天吾の声に答えらるものは、誰もいない。




・・・いないはずだった。




だから、呆然と明哉の後姿を見送っていた天吾たちに・・・声がかかった時、彼らは皆一様に驚いて振り返った。


寝ているとばかり思った・・・桃の方を。



「行ったか・・・」



花柄の折り畳み式ラウンジチェアの上に、桃が上半身を起こしていた。

どこか、ぼんやりしている風に見える。


寝ぼけているのだろうか?と天吾は思った。



「桃・・・?」



それにしても、何だか、その様子がいつもと違っていて・・・天吾は、目を瞬く。


静かな少女の姿の、どこがどう違うのかと言われれば、天吾に明確な答えが返せるわけではない。



しかし・・・。



「あれも・・・困った奴だ。」



そう言って柔らかに苦笑した桃の姿に・・・違和感はますます大きくなった。


・・・感じるのだ。


自分を圧倒する・・・大きな“気”を!


・・・目の前の、小さな少女から。


それは、天吾だけではなかった。

天吾の仲間たちも、皆一様に息をのんで桃を見詰めている。



誰も・・・一歩も動けなかった。



「信賞必罰とはいえ、孔明は厳しきにすぎると思わぬか?・・・特に自らに対して。」



少女の目が、静かに天吾を見る。


天吾は・・・体が震えるのを感じた。



桃は、寝ぼけているようには見えなかった。


しかし・・・この時、桃は確かに現実と夢の境にいたのだ。


()の己の姿を見失う“ところ”に・・・


ぼんやりと半分覚醒した頭。


遠くに響く戦場の喧噪。


バタバタと鳴る、旗の音。


桃は、ぼんやりしながらも・・・全てを把握していた。


そんな自分を、不思議にも思わない。


深く光る黒い瞳が、天吾を見、そして視線を・・・遠ざかる明哉にと移す。


瞳の中に、慈愛が宿った。


「ここは、前世ではない。己にも“あの者”にも・・・優しくあればよいものを。」


孔明は、不器用だからなと言って、桃は優しく笑った。



天吾の体は・・・喜びに打ち震える。



大きな感動が湧き上がって・・・自然に天吾は、その場に(ひざまず)く。


仲間たちも、次々に膝を折った。


そうするのが・・・当然だった。



「士元・・・我が“鳳雛”。・・・孔明を支えよ。」


「はっ!」



黒い瞳が天吾を見ていた。


視線を浴びて、天吾の心が喜びに躍り上がる。


瞳は、満足そうに細められ・・・やがて、小さな口が開き、「ふあっ」と可愛らしい欠伸をもらした。


「眠い・・・」


黒い瞳が閉じられる。


上半身が再び、ラウンジチェアの上に沈んだ。


気持ちよさそうに身じろぎし・・・「ふふっ」と少女は笑い声をもらす。



「・・・士元、知っているか?・・・刺繍や菓子作りは・・・(いくさ)より余程神経を使うぞ・・・」



そう言って、また笑い・・・桃は、再び眠りに落ちた。




おそらく・・・次に起きた時、桃は今の会話を覚えていないのだろう。


何故か天吾はそう思った。


思いながらも、己がたった今、垣間見た姿に・・・跪き続ける。


思いもよらぬ僥倖(ぎょうこう)に、動くことができなかった。


それは、他の者も同じで・・・


眠る少女とそれを囲み、跪く男たちの上に、バタバタと“漢”の旗の鳴る音が響いていく。




戦いが始まって2時間が過ぎようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ