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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 6

 馬術の競技は当然の事ながら馬に乗って行われる。


騎乗した者達は、その手に槍のように長い棒状の物を持たされた。

ただそれは、槍とは違い、本来刃のある部分に丸いスポンジ状のものが付いている。しかもそれには赤い染料がべったりと染みていた。


「馬術のルールは簡単だ。お前達は馬上でその“槍もどき”を振るい戦い合う。染料を付けられた者が負けだ。負けた者はその場で馬から降りろ。最後まで馬上にあった者が優勝だ。」


体育教師のあっさりとした説明に生徒たちは顔を見合す。


「もうひとつ!馬から落ちた者も同様に失格となる。だがそれが故意に落馬させられた場合は、相手を落馬させた者も同時にその場で失格となる。要は、危険な行為は行うなということだ。」


・・・相手を落馬させずに槍で染料をつける。


それは、簡単に見えて案外難しいことだった。

聞いている者たちの顔が顰められる。


「・・・最後まで残った者が勝ちという事は、例えば競技開始と同時に逃げ回り、一度も自ら戦わなかった者が残った場合でも、その者が勝ちなのですか?」


利長が教師に質問する。


教師は、()と答えた。


「逃げる事も戦略のひとつだ。残って生き延びた者が勝者だ。・・・お前たちは、それをよく知っているはずだろう?」


大柄な体育教師の前世は、アメリカ大陸の原住民であるインディアンだったという。

自分たちの土地を理不尽に奪われ支配された種族である彼の言葉は、桃たちに重く響いた。


勝って生き残った者が歴史を作る。


それは、普遍の事実だった。



競技を開始するために移動しろと教師は指示する。

出場しない桃も、競技場となる広大な馬場から離れようと移動を始めた。


「桃!」


呼ばれて振り返る。




「!?・・・」



・・・振り返らなければ良かったと、桃は心底後悔した。


そこには、全員馬から降りた利長や隼をはじめとした1組の選手10名がキレイに並んで立っていた。


一糸乱れぬ動きで両手を組んで頭を下げる。


ザッ!という音が聞こえてきそうなほどの見事な”拝礼”だった。


「!!」


「お前のために戦う。」


頭を下げたまま利長が言った。


桃は狼狽(うろた)える。


「・・・私は、農民の妻だと・・・」


「それでいい!」


桃の言葉を利長が遮った。


「お前がそう名乗るのならば・・・今はそれでいい。お前が誰であろうとも、俺達はお前のために戦う。・・・そう決めた。」


利長の隣で隼や他の者たちも、それを肯定するかのようにピクリとも動かず頭を下げ続ける。


その中には山本拓斗の・・・”華歆”の姿もあった。

利長に自分たちのすることを言われた拓斗は考えた末に、自分も参加すると言ったのだ。


「的盧に選ばれた人物に頭を下げるわけではない。俺は俺のクラスの委員長に頭を下げる。それだけだ。」


拓斗の言葉を利長は受け入れた。拓斗もまた間違いなく1年1組の仲間なのだから。


桃は・・・動けなかった。


凍ったように立ち竦む桃に、明哉が近づく。


「・・・彼らに言葉を。」


「何て?・・・」


泣き出しそうに桃は尋ねた。


どうすれば良いのだろう?

自分は、農民の妻だと・・・何の力も持たないただの・・・“女”だと告げているのに・・・


「御心のままに・・・」


そう言って明哉もその場に頭を下げた。


的盧に選ばれた時から・・・桃はこうなることを恐れていた。

当たり前に考えれば、男が女に生まれ変わるはずがない。

いくら的盧が選んだからと言って桃が“劉備”であった可能性はない(・・)のだ。

確かに桃は新入生代表の挨拶をしたが、あれは名簿順で選ばれただけだ。


常識で考えれば、わかるはずのことだった。


だが・・・彼らは、蜀の武将たちは・・・その常識が通らない程“劉備”を求めていた。


彼らが桃に“劉備”の影を求めることは十分に考えられ危惧すべきことだった。


悪い予想が当たってしまったことに桃は頭を抱える。


なおも桃がためらっていると・・・



「出師の表でも奏上しましょうか?」



明哉は・・・どこか楽しそうに、そう言った。


流石に利長たちが、ピクリと動く。




桃は・・・笑った。


張り詰めた緊張が・・・あっという間に解けて行く。

流石、孔明というべきなのか?



・・・そんなに固く考える事はないのかも・・・しれなかった。



馬術の競技に出る彼らが、一生懸命戦うための名分を欲しがっている。


そう、ただそれだけだ。


女の子の応援と、そのために戦うという形は、15歳の少年少女として、ごく普通のものなのかも・・・しれなかった。



肩の力が抜けた。



(そうよ。・・・それで良い。)



桃はそう思おうとした。


見事な馬と居並ぶ武将・・・しかし今は15歳の少年の姿を、改めて眺めて・・・目を細める。



その気持ちのままに・・・傍らに控える明哉に、苦笑して声をかけた。



「・・・出師の表は止めておけ、丞相。」



それは、するりと吐かれた言葉だった。


何の気概もなく、ごく自然に漏れた言葉。


明哉は、俯いたまま・・・目を見開く。


桃は・・・気づかぬままに利長たちの方を向いた。


未だ頭を下げ続けるその姿に・・・


「・・・頑張ってください。」


そう告げた。


「はっ!!」


なお深く、男たちは頭を下げると、一転体を翻し、サッと馬に乗り上げる。

見事な手綱さばきで競技の場に移動して行った。




「あ〜あ。格好良いなぁ兄哥。・・・ちぇっ!俺も馬術が良かった。」


「まったくだ。」


翼がこぼし、何故か立木が同意する。

見れば隣で悠人までが大きく頷いていた。


「何だよ、お前たちは1組じゃないだろう?桃に応援してもらおうだなんて、ずうずうしいんだよ。」


「誰のために戦おうが個人の自由だ。第一俺たち2組は、模擬戦では1組と共闘を組むはずだぞ。」


応援してもらう権利はあるはずだと悠人が言い返す。

確か悠人は1組と組むことを渋っていたはずだが・・・天吾はそんな悠人の様子に苦笑していた。


「最終的に勝つのは1組だ。・・・それを忘れるな!」


「安心しろ。2組が勝ったとしても、2組は”桃さん”の下に付く。」


大真面目に言った悠人の目は、ひたむきに桃を見詰めている。


・・・・天吾は、笑うだけで何も言わなかった。


的盧に選ばれた桃を見た時から既に決まっていた”心”だった。


「なっ!!お前ら!・・・桃は1組のものなんだからな!!」


真っ赤になって翼は怒鳴るのだが・・・


「張将軍・・・」


黙って聞いていた立木が改まって声をかけてくる。


「何だ?」


不機嫌に翼は返す。


「3組も1組と共闘を組めば・・・私も“桃”と呼んで良いですか?」


・・・どこまでも立木は真面目だった。


「お前ら!!」


怒髪天をつく勢いで翼が怒鳴る。


この時点で桃や理子、明哉たちはさっさと場所を移動している。


・・・うるさい!と教師に注意されるまで、翼たちの心底情けない言い争いは続いたのだった。





勇壮な馬術競技は、予想通りの展開になった。


ある者は真っ赤な染料に(まみ)れ、ある者は危なっかしく落馬して待ち構えていた教師陣に救いだされ、勢い余って落としてしまった者もその場で失格を言い渡されて・・・次々と落伍していく。


ついには、広大な馬場に残っているのは、たった3騎・・・利長と隼と・・・串田になった。

関羽と馬超と呂布だ。

残るべき者が残ったというべきだろう。


利長と隼が互いに目配せを交わし合う。

2人で串田を攻撃する合図だった。


まず隼が、見事な騎乗技術で串田に迫る。


人馬一体となった優美な動きに、見ている者たちの間から思わずため息が漏れる。


「流石、錦馬超(きんばちょう)よね。」


桃の言葉に翼は面白くなさそうにむくれた。


錦馬超とは、馬超の堂々たる雄姿を劉備が(たた)えた時に言ったと伝えられている馬超への褒め言葉だった。


「ずるいよなぁ。生まれ変わってもあの体格だなんて。・・・なんで俺ばっかり、こんななんだろう。」


翼は・・・文句なしに可愛い。


少なくとも今の日本ならば以前の張飛の容姿よりも格段に生きやすいはずだった。


(・・・我儘よね。)


そんなことを考えている間に、隼と串田が打ち合いを始める。

どちらも一歩も引かぬ見事な打ち合いだった。


その2人を見て、利長が動く。

馬を回し、串田の背後へ回り込んだ。


そのまま一気に襲い掛かる。


隼と利長に挟み撃ちにされた形の串田は、それでも縦横無尽に槍を振るい、立ち向かう。



3人の戦いは、見事としか言いようがなかった。



串田の赤兎馬の動きもまた凄かった。

利長と隼の馬もまた良く動き、戦いを見応えのあるものとしている。




息を止めて誰もが魅入る。




いつまでも続くかと思われた打ち合いだったが・・・


さすがに2人に攻められている串田の動きが鈍り始めた。


気を抜く暇のない戦いは・・・いくら体格が良くとも、15歳の少年の体には大きな負担のようだった。



「・・・兄哥が勝つ。」



翼が満足そうに笑い、他の多くの者たちも、その勝利を確信したが・・・桃は頷かなかった。


「いや・・・このままではダメだ。」


「え?」


不信そうに翼が桃を見る。


「・・・そうですね。」


明哉が桃の言葉に頷いた。


「何が?」


「気づきませんか?負ける条件は、色を付けられることだけではありません。」


明哉の言葉に、桃も頷き返す。




「そうだ。・・・私が、あの立場にいれば・・・そして、赤兎馬に乗っていれば、決して負けない・・・おそらくは勝つことのできる方法が、ひとつだけある。」




桃の言葉が、シンとした周囲に静かに響いた。

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