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オリエンテーション合宿 5

 張飛を名乗る男は・・・三国志時代最強の”飛将”と呼ばれる”呂布”字は奉先(ほうせん)であった。


男と馬が立ち尽くす。


良く晴れた早朝の空気は冷たく、此処が北の大地なのだということを教えてくれる。

馬が・・・ブルルと啼いた。


牧田が側に寄って・・・串田の肩を叩く。


「5組から最初の”馬持ち”が出て嬉しいよ。・・・頼りにして良いのだろう?串田くん。」


串田は・・・牧田を”劉表”を見た。


呂布である自分を5組の仲間として扱う、男を・・・


「あぁ。」


串田は小さく頷く。


牧田は串田の肩に置いた手をそのままに頷き返すと、利長をはじめとした他の者たちの方へと顔を向けた。


「・・・5組は、“変わり者”が多い。彼や戸塚くんのようにね。他ならぬ”私”がクラス委員長になっているくらいだ。・・・それでも、私たちは君たちと同じ1年生だ。あまり引かないでくれないかな?」


穏やかな声がシンとした周囲に伝わって行く。


利長は唇を引き結んだ。


「“劉景升”殿。あなたを信頼しないわけではありません。・・・ただ、“呂公”を信用するわけにはいかない。彼は陛下を恨んでいるはずだ。」


利長の言葉に串田は、ハッと顔を上げた。


呂布は、戦乱の中を個人の武勇を持って転々とした武将だった。

最後には曹操に捕まり処刑されたのだが、その時劉備は曹操の配下にいた。

命乞いをする呂布を劉備が断じ処刑が決行されたと伝える書もある。


「俺は、“玄徳”を恨んでなどいない!」


串田が声を上げた。


劉備の(あざな)を呼捨てにされた利長が眉を顰めて串田を見るが、それにも気づかぬようだった。


「前世は・・・あの時代は、そういう時代だった。誰もが覇権を争い、戦いを繰り広げた。俺とて幾たびも裏切りと殺戮を繰り返していた。・・・あの時、おれが処刑されなければ、いずれ俺は玄徳を殺していただろう。玄徳の判断は当然で、今更俺は、それを恨みに思ったりはしない!」


串田の声は真剣で、その言葉に嘘はないように聞こえた。


・・・桃はそんな串田から目を離せない。


彼は・・・呂布は・・・本当に劉備を恨んでいないのだろうか?


「彼を信じてやってくれないか?」


牧田が静かに話す。


その目は、何故か桃を見ているようだった。

桃が新入生代表の挨拶をしたからだろうか?


「彼は・・・今の彼は真面目な男なんだよ。」


牧田はそう言うと・・・クスリと笑った。

そして、信じられないような話をする。


「・・・串田くんの家は母子家庭でね。3年前に事故でお父さんが亡くなっているんだ。彼は長男で、下には弟さんと妹さんがいる。」


串田は、驚きに目を見開いて牧田を見ている。

その様子から牧田の話が本当で、しかも串田が牧田に事情を話したわけではないのがわかる。


驚く串田にかまうことなく、牧田の話は続く。


「・・・うちの高校の特別クラスは学費が凄く安いだろう?それに希望すれば無利子の奨学金が貰える。彼は弟妹のために、自分にとっては居心地の悪いうちの高校に入学したんだ。」



「・・・なんでお前がそんな事を知っている!?」



串田は・・・顔を真っ赤にしていた。


牧田は飄々と笑う。


「クラス委員長だからね。」


・・・委員長だからといってクラスの生徒、一人一人の事情を知っている必要などないはずだ。

事実、桃は誰のどんな事情も知ってはいない。


流石は・・・劉表だと言っていいのだろうか?


「!!・・・言っておくが、俺の家は別に貧しいわけでも何でも無いからな!親父の遺族年金が結構出るし、普通に暮らしていけるくらいは十分あるんだ!・・・ただ、弟や妹が好きな大学に行くのは金がかかるし・・・だから!!」


頬を赤らめて力説する串田は・・・何だかとても可愛かった。


「わかっているよ。うちの高校を出れば就職口に不自由しないものな。頑張れば働きながら学べるような仕事に就くことも可能だ。・・・そうだろう?」


どこまで見通しているのだろう?


口をパクパクと開閉させて絶句している串田に何だか同情したくなる。


「前世を理由にした“いじめ”は禁じられている。彼に敵対しないでやってくれないか?」


牧田の言葉に反論する者は、いなかった。





騒然とした空気の中、次の馬が入ってくる。

皆そちらに注目した。


赤兎馬に負けぬほどの馬体をした見事な葦毛の馬は・・・利長を選んだ。


次に入って来た美しい白い馬は立木を選ぶ。


こうして順に、馬は人を選んだ。


明哉や翼や隼、天吾、悠人など、桃から見て順当と思われる人物が次々と選ばれる様は、このやり方が間違っていないのだと納得させるに十分だった。





最後の馬が・・・連れられて入ってくる。


皆に注目され、少し興奮して落ち着かない様子ながら、見事な馬体の名馬だ。


しかし・・・


額の辺りに白い点があり、目の下の涙槽が大きい。



誰もが、息をのんだ。



「・・・的盧(てきろ)。」



呆然と誰かが呟く。


それは、主に祟ると言われる“凶馬”であった。


劉備が、その凶馬を得て、窮地を脱出したことは、あまりにも有名だった。




・・・興奮していた的盧は、ようやく落ち着き、人間たちを見る。


固唾を飲んで見守る無数の目を、気にもかけないように、大きな黒い馬の瞳が瞬く。

周囲を見渡した。


やがて、視点を定め、悠然と歩き出す。


迷いのない四足(よつあし)が、真っ直ぐに進む。




的盧は・・・戸惑う理子の前に止まった。


そのまま、その長い首を伸ばして、理子の後ろに隠れるように身を縮めていた・・・“桃”の頭に鼻面を押し付ける。



「・・・的盧。」



桃の声は・・・小さく掠れていた。






・・・教師に促され、前に出て、的盧の手綱を取らされて、立ち竦む少女を男たちは見る。


あまりに小さいその姿。


長い黒髪をまとめ上げ、露わにされたうなじは白く、折れそうな程に・・・細い。

手足も腰も・・・男の庇護欲を煽るほどに儚い姿は、猛き男たちの目を惹きつけた。


惹かれて覗いた少女の黒い瞳は・・・不思議だった。


底知れぬほど深く輝いて・・・男たちの胸の奥にざわざわとした熱を呼び覚ます。


この瞳をいつまでも見ていたい。

この瞳と同じものを見たい。

この瞳に自分を映して欲しいと願わずにいられぬ熱を・・・



かつて、同じ想いを抱いて見上げた瞳があった。





「丞相にお伺いしたい。」


改まった口調で利長が声を上げる。


その場には、明哉と利長の他に翼と隼、天吾、悠人、大江に立木がいた。

全員、”馬持ち”だ。


「転生は・・・性別は変わらぬと聞くが、例外は無いのか?」


・・・それは、誰の心にも浮かんだ問いだった。


「それが“一般常識”です。前世で男だった者は現世でも男に、女は女に生まれ変わるというのが誰もが知る“常識”です。」


・・・理由は定かではない。

ただ現実がそうだった。

人の生存本能に深く関わる情報だから変わらないのだとか、元々の魂に男か女か刻まれているのだとか諸説あるが、実際に男は男に、女は女に転生しているのだから、それが現実だった。


「“一般常識”を聞いているのではない!例外はないのか!?と聞いているのだ!」


利長の声は苛立っている。


その視線は、桃から一時も離れなかった。


「“例外”を聞いたことはありません。自分は異性だったと言い張る者は時折現れますが、それが証明されたことは、ありません。」


ギッと利長が唇を噛みしめる。


他の者も、ある者は舌打ちをし、ある者は下を向いた。


「早まらないでください。・・・聞いた事が無いだけです。・・・“聞いたことが無い”イコール“無い”ではありません。」


「!!」


それは、屁理屈というのではないだろうか?

詭弁(きべん)と言われかねない言葉を、明哉は真面目に話す。


誰もが信じられないように明哉を・・・孔明を見つめた。


「私は、そう信じたい。」


・・・言った明哉の瞳は、真っ直ぐに桃を見ていた。


的盧の手綱をとり、理子から「凄い!凄い!」と絶賛されて、困ったように佇む少女を。




そのまま明哉は、桃の元に歩み寄る。


「素晴らしい馬ですね。」


「・・・明哉。」


明哉の姿を見て、ホッとしたように少女は笑った。


その笑みは・・・年相応の少女の可憐さを漂わせる。


新入生代表の挨拶をした・・・少女。

的盧に選ばれた・・・少女。

何故か自分たちの心を惹きつける・・・少女。


男たちは、少女を見る。


何か話した明哉に対して笑い返す桃を見て、その嬉しそうな顔を見て・・・翼は舌打ちすると駆け出した。


「桃!」


翼を見た、桃が笑う。


・・・駆け寄る翼に目を見開き、仕方ないなと呆れるように・・・笑った。


「そんなに急いでは、転ぶわよ。」


その笑みは・・・まるで、在りし日に、慌てる張飛を見て、呆れたように、でも暖かく笑った・・・彼らの失われた主君の笑みに似ていた。


男と女だ。


顔のつくりも大きさも何もかもがまるで違う。


それでも!その笑みは・・・彼らに、主君を彷彿(ほうふつ)とさせた。


・・・利長が、隼が、他の皆が駆け出す。


駆けて・・・傍に、寄らずにはいられなかった。


あっという間に桃は、男たちに囲まれる。


驚いて桃は目を白黒させた。


的盧が、そんな男たちを邪魔だとでも言うように頭を振り、尾を振る。


慌てて的盧を宥める桃と、桃に我先にと話しかける明哉たち。

理子がきゃんきゃんと文句を並べたてる。



騒動の中央に・・・ごく当たり前のように、桃は居た。


桃の移動に伴って、彼らもまた動く。


その輪の中心は・・・間違いなく桃だった。

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