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セカンド・アース  作者: 九重


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卒業式後

「桃、俺に返事を。」


目の前に、人の悪い笑みを浮かべ目を細める男の顔が迫る。


桃は顔を引き攣らせながらジリジリと後退った。

背中が壁に着く。


男の手が桃の顔のすぐ横にドン!とつかれた。


「!」


これが有名な“壁ドン”なのねと、桃は他人事のように思う。(もちろんその言葉の情報源は理子だ。頬を赤く染め瞳をうるませて乙女ゲームの“壁ドン”の状況を詳しく説明してくれた理子の可愛らしい顔がフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。)



無駄に広い南斗高校特別クラス寮の食堂から続く人気のない廊下の片隅。

桃は吉田(・・)に、まさか現実ではそんなものないわよねと思っていた“壁ドン”をされていた。





―――卒業式の終わった当日の夜。


寮では卒業生を送る卒業パーティーが開かれている。


そう、卒業パーティーである。

特別クラスの生徒のほぼ全員が参加する卒業パーティーなのだ。当然そこには吉田もいれば内山もいる。何故か一般クラスの羽田までいる始末だ。

これが予定されていたからこそ、桃は卒業式後に無理に吉田たちを見送る必要性を感じなかった。

校門から颯爽と去って(のち)、寮に直帰しただろう目の前の吉田の顔を見ながら、桃は理不尽さを感じる。


(どうしてあんなセレモニーが必要だったの?)


桃には、今でもわからない。

もっとも、わからなかったのは桃だけであったようで、明哉などはついにあの曹操を跪かせたと感無量のようだった。その後かなり長い時間感慨に浸り放心していた姿を思い出す。


滅多に見られない明哉のボーっとした顔が頭に浮かんで・・・桃は微かに口元をゆるませた。


―――ゆるませて、しまった。





「この状況で笑うとは、かなり余裕があると見えるな。」


途端低い声が耳元で囁く。


「!」


そうだった。

忘れていた。

絶賛、“壁ドン”最中の桃である。


「え・・・あ、別に余裕じゃ・・・ただちょっと、現実逃避を・・・」


「現実逃避をするような余裕があるということだろう?」


いやいやそれは違いますと全力否定したい。勢いよく首を左右に振ろうものなら、吉田の手に触れかねないので実際にはピクリとも動けないが。


「俺はずっとお前に自分の気持ちをアピールしてきた。今日こそ返事が欲しいと思うのは当然だろう?」


―――卒業しても“俺さま”な吉田であった。


そんなことを言われたって困ってしまう。

別に桃はアピールして欲しいなんて一度も頼んだことはないのだ。


「それとも、今日は誰にも迂闊(うかつ)に返事をするなと、小賢しいお前の(・・・)丞相にでも言われたのか?」


(ち、近い・・・)


目の前の顔と言われた内容のどちらも、もの凄く近かった


あからさまに視線を泳がせる桃に、吉田は超至近距離で笑いかける。



「愛している、桃。いい加減俺のものになれ。」



―――もの凄い、色気だった。

これを18歳、高校生男子(いや、卒業したから違うのか?)が漂わせるのは反則だろう。

流石曹操。妻が13人(注:男の子を産んで名前の残っている妻のみ)もいた男だった。


直視できずに顔を逸らせば、そこには吉田の男らしく骨ばった指の長い手がある。

完全に詰んでいる現実に、顔を赤らめながらも桃はなんとか言葉を絞り出した。




「・・・む、無理です。」


「何が無理だ?俺はお前を愛している。お前だって俺を嫌いではないはずだ。俺とお前はよく似ている。互いに理解し、より深く愛しあえる恋人、ひいては夫婦になれるだろう。」


(・・・より深くって。)


桃はもう真っ赤だった。

それでも必死に視線を逸らす。

例え明哉に注意されていなくても、ここで頷くわけにはいかなかった。



「・・・それともお前は、意島に言われた事を気にして、生涯を共にする相手に負担をかけることを心配しているのか?」



「?!」



ビックリした桃は思わず前を向いてしまう。

必然的にそこには吉田の整った顔があった。

桃は目の前の男と暫し見つめ合う。

真剣な瞳が熱く桃を映していた。


フッとその目が和らぐ。




「話は聞いた。−−−何の心配もいらない。俺はお前を全力で支えよう。」


「・・・吉田さん。」


「そのことをお前が負担に思う必要など、どこにもない。愛しあう男女が苦難を共に乗り越えることは特別でも何でも無い普通のことだ。子育てにしろ教育にしろそこに苦労があるのは当たり前のことだろう?」


強く優しい瞳が桃をとらえていた。


「困難があり、それに倍する喜びがある。俺はお前とそんな風に生きていきたい。俺の手を取れ。・・・桃。」




見惚れる程にイイ男の吉田であった。


桃の胸に、このまま吉田に自分の未来を任せ幸せになることへの強い渇望が湧き上がる。


(きっと、大切にしてくれる。)


それだけは間違いないと桃は思った。




吉田の顔が傾き、求めるようにその唇が桃の赤いそれへと近づいてくる。


桃は―――咄嗟に、顔を背けた。


吉田の動きが止まる。


「・・・こっちを向け、桃。」


その声に混じる懇願の響きに、桃はクラクラしそうになりながらも、必死で顔を背け続けた。



「違います。私が吉田さんの言葉を受け入れられないのは、そんな心配や遠慮なんかじゃありません。」



ようやく、そう言った。


「桃?」


「・・・意島先生の言葉には驚きました。それを完全に信じられるかはまだわかりませんが、確かに自分はこの世界に転生して、南斗高校に入り、みんなと会って救われました。だから、そのことに対して対価を払えと言われるのならばそれに否やはありません。」


それは、桃の嘘偽りのない思いであった。

間違いなく自分の魂は救われた。もはや前世の悪夢に苦しむ事もなく眠られる現状に、桃はそれを確信する。



「でも・・・いえ、だからこそ私は幸せになろうと思ったんです。」



桃は心からそう叫んだ。


「救ってもらった魂だからこそ、多くの経験を重ね、当たり前の人のように、泣き、笑い悔いのない人生を生きたいと思いました。」


吉田は少し距離をとり、わからぬといった風に首を傾げた。


「そうすればいい。お前のその“願い”を俺は助けこそすれ妨げはしない。それと俺の言葉に頷けないことに何か関連はあるのか?」


桃は、恥ずかしそうに、なお頬を染めた。



「あ、その、えっと・・・そんな話を理子たちにしたら“―――じゃあ、しっかり恋をして、沢山ドキドキして、キュンっとしなくっちゃね!”って、言われて・・・」



「はっ?」



吉田はポカンとなった。


そう、桃は、他でもない理子たち女性陣に、幸せになるためにはどうすれば良いと思う?と聞いてしまった(・・・・)のだった。

理子たちの返事は前述のとおりである。


「・・・ドキドキとキュンっ?」


呆気にとられた吉田の呟きに桃はコクコクと頷く。


「もちろんそれが全てだとは思いませんけれど、理子たちがそう言ってくれるからには、きっとそれも幸せの大きな要因なのだと思うんです。・・・私、ドキドキはともかく、“キュンっ”は実はまだあんまり経験がなくて・・・吉田さんといると凄くドキドキはするんですけど、あまり”キュンっ”はしないですよね?」




真面目な顔で、桃は言った。


・・・笑わないでやっていただきたい。


本当に心から至極大真面目な桃である。




吉田は可哀相なくらいピキッと固まった。


確かに俺さまな吉田に対して“キュンっ”はないかもしれなかった。




「それに、やっぱり私には徹底的に経験値が不足していると思うんです。なのにこの状態で吉田さんや他の方たちの申し出を受けて、全てを預けるわけにもいかないんじゃないかって思えてしまって。」


いや、そこは全力で全てを預けて欲しい吉田である。


・・・吉田は頭を抱えた。


当然”壁ドン”の手は外れて・・・桃は、ようやくそこからの脱出を試みる。


呆然としている吉田を刺激しないように、壁伝いにそろそろと吉田の前から移動した。


あと少しで吉田の手の届く範囲から逃れられるというタイミングで、吉田がキッと頭を上げる。


桃はビクッと固まった。


「・・・つまりお前は、当分誰か1人のものになるつもりはないということなのか?」


呻くような吉田の言葉に―――桃は、小首を傾げた。


「・・・わかりません。誰かに胸が”キュンっ”としちゃったら、その人とお付き合いするかもしれませんし?」


何だそれは?と吉田は唸った。


次いで、今すぐ俺に”胸キュンっ”しろ!と迫ってくる。


桃は慌てて逃げ出した。


「桃っ。」


そんなことを言われてすぐにできるようなら、なんの苦労もないに決まっている。



「“胸キュンっしないから”なんて、そんな理由でこの俺が失恋してたまるかっ。」



―――確かにそれが失恋理由なのは、ちょっぴり情けなかった。





背後から吉田が追いかけてくる。


桃は走った。


・・・懸命に走って、そのため桃は突如目の前に現れた誰かにぶつかりそうになってしまう。


慌てて止まった。


顔を上げて固まる。



「桃、こちらにおられたのですか?お話があるのですが。」



聞いていただけますか?と普段の憂い顔をどこに置いてきたのか―――内山がニッコリと笑いかけてきた。

内山の用件が吉田と似たり寄ったりなのは間違いないことである。



「え?あの、今・・・って。えぇっ!?」



断ろうとして内山を見た桃は、その背後に見慣れた多くの顔が近づいてくるのを見つけて思わず叫ぶ。


彼らも全員、桃の名前を叫んでいた。




・・・桃の胸は、最高にドキドキと高鳴る。




(ど、どうすればイイの?)



前門の虎後門の狼どころの話ではなかった。



桃は焦る。



焦りながらも―――なんだか自然に笑いがこぼれた。



「桃っ。」

「桃!?」

「桃−−−。」

「桃!」



口々に自分の名前が呼ばれる。




その声を聞きながら、きっと自分は幸せになれると確信する桃であった。

ラスト1話!

頑張りますっ。

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