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セカンド・アース  作者: 九重


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卒業式 3

その後卒業式は滞りなく終わった。


・・・多分そう言ってもいいのだろう。

卒業証書授与の後の学校長をはじめとした来賓の祝辞はお決まり通りのものだったし、仲西と桃がおこなった送辞は、2人共に卒業後の自分たちへの指導(・・)を卒業生に“願わなかった”ことを除けば、ごく当たり前のものと言えた。


そして、そのことをフンと鼻で笑った吉田の答辞は・・・予想通りの四言詩だった。


滔々と曹操は詠う。

王者の気風に満ちた堂々としたその(うた)に、文句をつけられる者など誰もいない。

その瞬間の卒業式は、曹操のためだけの舞台のようであった。

帝王たる(おとこ)は、当たり前のようにその舞台を我が物とし、その場の全てを支配する。


仲西も桃もその姿にはもはや諦めるしかなかった。


(卒業式だしな。)

(卒業式ですものね。)


目と目で会話した呉と蜀の君主は、それぞれに小さな笑みをこぼす。


そう、南斗高校の卒業式としては、それは滞りなく終わったのだと言える式だった。





―――式後の講堂は、大勢の人間が後片付けに動き回りざわざわとしていた。


卒業生は既に退場し、今頃は最後のホームルームの最中で、早いクラスはもうそれも終わっているかもしれない。

在校生でも後片付けの役目のない者は、学校を去る卒業生を見送ろうと生徒玄関や校門に詰めかけていることだろう。



「まあっ、相川さん。あなた(・・・)なんでこんなところに居るの。ここはいいから早く吉田くんたちを送ってきなさい。」



講堂に敷かれた緋毛氈(ひもうせん)のように赤いシートをくるくる巻く作業を手伝っていた桃を見つけて驚いたのは、1学年主任の横山であった。

相変わらず豊満な肉体は高校生男子の目の毒になっている。


「でも、これは私が責任者になっている仕事ですから。」


そう、桃は講堂のシート撤去作業の責任者なのであった。


「なんでそんな役目を相川さん(・・・・)につけたのよ。」


何を考えているのと横山は呆れる。


桃の側に居て、ジロリと睨まれた天吾は、居心地悪そうに身動(みじろ)ぎした。天吾は、講堂のシート撤去作業に駆り出された1年2組の代表で、この仕事のサブ責任者となっている。


「だから“行け”って言っただろう。」


そう、天吾は、当たり前のように後片付けに残った桃に、ここはいいから“内山”たちを見送りに行ってくれと言ったのだった。

天吾は、自分は極めて常識人だと自負している。少なくとも1年の主要メンバーの中では、見かけ同様“普通”の人間(・・)だと自信を持って宣言できる数少ない1人だと思う。(・・・それも悩みどころではあるが。)


天吾に落ち度はない。


言われた桃が、「必要ないでしょう。」とさらりと流してしまっただけなのだ。



今も・・・



「ありがとうございます。でも、卒業生を見送りたいのは私だけではないと思いますから。みんなが後片付けをしているのに私だけ特別というわけにはいきません。」


非常に真面目な桃だった。

正論である。

ある意味全くの正論なのだが、正論も時と場合によるだろう。


横山は大きなため息をついた。


「自分の立場を考えなさい。あなたは全校制覇を成し遂げた君主なのよ。その意味においては、今日卒業する卒業生たち全員があなたの臣だわ。臣下の旅立ちに主君が顔を見せずにどうするのよ。」


桃は驚いたように目を瞬く。



「あ、でも・・・」



桃が何かを言おうとした時だった。


「相川!」


バタバタと意島が講堂に駆けこんでくる。急いでいるせいなのか、ついさっきまでは卒業式仕様で整えられていた髪が既にいつもどおりのボサボサに戻っていた。


「お前、何をしている。早く来い!」


流石にまだスーツ姿ではあったが、髪と服装のミスマッチがなおさら悪目立ちする担任の姿に、桃は咄嗟に反応できない。


横山がそんな桃の隣でがっくりと肩を落とした。


「・・・せっかく気合いを入れて御髪(おぐし)を結わせてもらいましたのに。」


ブツブツと呟かれる言葉に桃はエッ?となる。


しかし、その言葉の意味を問いかける暇はもらえなかった。


「さっさと来い。お前が来ないせいで卒業生は誰1人帰ろうとしないんだぞ。」




桃は、ポカンとしてしまった。


(・・・なんで?)


天吾が隣でやっぱりなと頭を抱える。


「行こう!」


同じシート撤去作業の生徒に目線で“頼む”と合図をすると、天吾は桃の手を引っ張って走り出した。


「急げ!」


「はい。」


意島と天吾の掛け合いの意味がよくわからない。


(え?だって、どうして?私が行かないと誰も帰らないって・・・)


何故そんな事態になっているのだろう。


桃の疑問はそのままに天吾は走る。

視界の片隅に、意島の胸ぐらを掴み上げ文句を言う横山の姿が映ったような気がしたが、それを確かめることもできずに桃は講堂を後にした。




―――生徒玄関に近づくに連れ、だんだん人混みが多くなってくる。


「道を開けろっ。陛下がお通りになる。」


天吾が怒鳴ればあっという間に生徒の間に道ができた。

引き摺られて走り抜ける桃の脇で、避けた生徒が次々と頭を下げ、膝をついていく。


真っ直ぐ生徒玄関から外へ飛び出すかに見えた天吾は、急に曲りそのまま階段を2階へと駆け上がった。

どうやら生徒玄関上のバルコニーを目指しているらしいとわかる。



「桃!」



予想通りのバルコニーから続く通路で、翼が体を乗り出し、桃を呼んでいた。


「みんな、桃が来たぞっ。」


後方へ声をかける。


生徒でいっぱいになっていたように見えたバルコニーがバッと2つに割れた。


その空間に桃は押し込まれる。



「桃!」



前方に明哉と利長の姿が見えた。


惹かれるように駆け寄る。


最前列に飛び出した。




「―――!!」




眼下に広がった光景に息をのむ。

生徒玄関から校門へと続く広場に、大勢の人がひしめいていた。

全員が上を見ていて、バルコニーに桃が現れた途端、地鳴りのような歓声が上がる。


うおおおぉぉぉ〜っっっ!!と響く声が桃の体に震えを呼んだ。


中心に卒業生、その周囲に2年、1年と広がる人の波は鳥肌の立つような感覚を桃に与える。

どうやら特別クラスだけでなく一般クラスの生徒もいるようで、人混みの中でも目立つ羽田と、その横の梨本の顔がチラリと見えたような気がした。



そんな人々の最前列に、吉田と内山が立っている。


背の高い2人の男が眩しそうにバルコニーを振り仰いだ。


桃と目が合いニヤリと笑った吉田が、両手を上げる。


途端に歓声がピタリと止んだ。



真っ先に内山が膝をつく。

その場に叩頭した。


内山に倣うように人々が同じように膝をつき叩頭していく。


同心円状に広がるその波は、徐々に広がりやがてバルコニーの上にも及んでいった。


ついには、明哉や利長など桃の周りの人間も膝をつく。

その中には、仲西や荒岡などの2年生もいた。



声も無く跪き叩頭する人々。



―――もはや立っているのは、ただ桃と吉田だけになった。



困ったように吉田を見る桃を上機嫌に見上げて―――最後に、その吉田も膝をつき頭を下げる。



桃の背中をゾクリとするような感覚が走り抜けていった。


両拳をギュッと握る。


体を巡る感慨に、桃は身動きすることもできなかった。



「・・・陛下。御言葉を。」



桃のすぐ脇で明哉が・・・諸葛亮が声をかけてくる。



(なんて?)



桃は・・・自身に問いかけた。


この現状に、何をいったいどう言えば良いのか?見当もつかず、ただ答えを捜す。


その答えが見えないまま、桃は・・・自然に顔を上げた。


前を向く。




―――言葉は、気負うことなく滑り出た。


「祝你幸福。」


中国語で“幸あれと願う”と、無意識に桃は言っていた。



幸あれ―――旅立つ者に。

幸あれ―――残る者に。

幸あれ―――戦い生きる者に。

幸あれ―――全ての者に。

幸あれ―――――――――



限りない願いが、桃の胸に溢れる。


桃の声は、人々の上に静かに降った。




吉田の顔が上がる。

満足そうな笑みが口元に浮かんでいた。


最後に視線を交わして、吉田は踵を返す。

振り返らずに校門に向かった。


吉田の前にも自然に道が開ける。


その道を威風堂々と進む(おとこ)は、そのまま門を出て行った。

歩みを止めずに、吉田は立ち去る。



桃の胸の中を―――風が吹き過ぎていった。



吉田に続き立ち上がった内山が、桃に一礼するとそのまま校門へと向かう。


堤坂が、城沢が・・・他の者たちが、同じように立ち上がり桃に礼をして、粛々と後に続いていった。



皆、別れの言葉もなく校門を出て行く。



南斗高校の卒業式は―――終わったのだった。

ようやくここまでたどり着きました。

あと2話(1.5話くらい?)で完結です。

みなさまありがとうございました。

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