卒業式 2
南斗高校卒業式は、予定通りに始まった。
最初に開式の辞があって、淡々と進み卒業証書の授与がされる。
「・・・3年1組 内山 史弥。」
相も変らぬ憂い顔で「はい。」と返事をした内山は、学生とは思えぬ落ち着いた動きで悠々と壇上に上がると卒業証書を受けた。
くるりと振り返る。
そのまま在校生の席の一番端に座る(1年1組1番にそれ以外の席はなかった。)桃を見て、キレイな所作で一礼した。
引き攣りながらも桃は小さな会釈を返す。
―――特別でも何でも無い。これは、南斗高校独自の卒業式の習慣であった。シンと静まり返った式場内には少しの動揺も見えない。
卒業証書を授与された特別クラスの卒業生は、直後に自分の主君に礼をとるのだそうだった。
(あらかじめ説明されていて良かった。)
桃は、そっと安堵の息を吐く。
そうでなければ驚いた桃は、きっと返礼ができなかっただろう。
桃のそんな姿にクスリと笑うと、内山は平然とした態度で自身の席に戻って行く。その動きは最後の最後まで洗練されていて、内山ファンクラブの生徒たちから感嘆の溜息がもれていた。
次に呼ばれた生徒は2年に異動していた生徒であったようで、感極まった顔で仲西に頭を下げる。
仲西は、相変わらず眼福な凛々しい表情で頷き返した。
明らかに涙をこらえる風で席に戻るその生徒(念のために言うが、筋骨隆々とした立派な男である。)の姿に、同じように卒業式という独特の雰囲気に酔っている人々の胸にも熱いものがこみ上げてくる。一般クラスの女子生徒だろう声を殺したすすり泣きが式場内に漏れた。
多少の違いはあっても、どこにでもあるような卒業式の1コマ。
・・・しかし、同じものを見ながら、実は桃の頭には、その雰囲気とはほど遠い疑問が浮かんでいた。
卒業証書を授与された生徒は、主君に頭を下げる。
・・・では、吉田は?
(吉田さんは誰に頭を下げるの?)
考えてみればもっともな疑問である。
ましてや桃は、再来年今の吉田と同じ立場になる。
自分の時にはどうすれば良いのか?
桃は興味津々に吉田の動きに注目していた。
普通の卒業式よりはゆっくりのペースで、粛々と卒業証書の授与は進む。
堤坂が呼ばれ、左目に手をやろうとしてすんでで止めた男は、苦笑しながら吉田に深く一礼する。吉田もそんな堤坂に苦笑を返した。
そして、いよいよ吉田の名が呼ばれる。
「吉田 達也。」
「はい。」
大声でもないのに不思議によく通る声で返事をした男が、立ち上がる。
一拍遅れて、魏の生徒全員がザッと席を立った。
「!」
桃のクラスでも拓斗が立ち上がっている。
5組では戸塚が立っていた。
何故かその事に桃はホッとする。
今日は卒業式なのだ。戸塚には悔いのないように吉田に別れを告げて欲しかった。
吉田が壇上に上がる間も、卒業証書を授与される間も、立ち上がった生徒たちはピクリともせずに直立不動を続ける。
クルリと吉田が振り返った。
一斉に、立ち上がった者たち全てが叩頭する。
―――吉田はそれを見て、満足そうに笑った。
「めでたい!」
「おめでとうございます。」
吉田の言葉に、代表して城沢が祝を述べる。
叩頭していた頭がなお深く下がった。
一糸乱れぬ集団の行動。それは、深い感動を見ている者の胸に起こす。
言葉にならぬ熱い思いに襲われて、桃は壇上の吉田の頭が動く様を惹かれるように見詰めていた。
吉田の視線が流れて、その目が仲西を捉える。
スッと仲西が立ち上がった。
「お祝いを申し上げる。」
「謹んで受けよう。」
互いに目を逸らすことなく言いあう。
ザッと今度は呉の面々が立ち上がり、仲西以外の者が吉田に向かって頭を下げた。
「おめでとうございます。」
荒岡の美しい声が、式場に響く。
―――鳥肌が立つような感動だった。
声も無く桃はその様子を見詰める。
式場の特別クラス3分の2の生徒がそのまま頭を下げ続ける中で、笑みを深くした吉田は、今度は桃に視線を向けた。
頼むからこういうことは前もって教えておいて欲しいと願いながら、桃は席を立つ。
―――いや、おそらくこれは桃がイヤならばやらなくとも良いことなのだ。
強制ではない。
それだからこそ、説明も何もなかったのだろう。
(当たり前だわ。送辞でも答辞でもないことを、無理強いなんかできるはずがない。)
そして、説明などなくとも、桃の体は自然に動いた。
背筋を伸ばして頭を上げる。
真っ直ぐに吉田を見詰めた。
「心からお祝いを申し上げる。」
「喜んで受けよう。」
見返す吉田の目は、桃を射抜くかのようだった。
残っていた特別クラス全ての生徒が立ち上がる。
頭が下がった。
「おめでとうございます。」
明哉の声が凛と響いた。
壇上の吉田。
仲西。
桃。
特別クラスの中で、この3人のみが頭を上げている。
視線が交わった。
「めでたい。」
もう一度言って、吉田は満足そうに目を細める。
この目を、この学校で、こんな風に見ることは、もう今日限りなのだという現実が、桃の胸に実感として・・・落ちた。




