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オリエンテーション合宿 4

競技会は概ね明哉の予想どおりになった。


3種の個人戦が終わった段階で・・・


1組 758点

2組 769点

3組 770点

4組 760点

5組 768点  という結果だった。


一番点数の高い3組と最下位の1組の差が、12点。

最後の馬術と団体戦の結果いかんでは、どうにでも転ぶ点差だった。


「思ったより差がつきませんね。うちのクラスの能力が高すぎるのでしょうか?あの選び方でもこの点差。しかも馬術には、利長と隼がいます。結果次第ではトップに立ってしまうのではないですか。」


何故、残念そうに言うのだろう?


・・・真剣に選んでいれば、この時点で優勝が決まっていたのではないか?と思えてしまう桃だ。


平然と分析する明哉を、桃を初めとする1組の生徒全員がジト目で睨む。

よもや劣勢を挽回するのが軍師の腕の見せ所などと思っているのではないだろうな?という疑念が、胸中にむくむくと湧き上がってくる。


「・・・まあ、でも、確かに明哉の言うとおり、まったく体が動かなかったよなぁ。」


天を仰いで翼がこぼす。


お前が言うな!と皆思った。


翼は・・・堂々、剣術競技で優勝を飾っている。

ちなみに準優勝が立木だ。


(・・・益徳と子龍の決勝戦。)


当たり前と言えば当たり前だが・・・その戦いは凄い!の一言につきた。


木剣とはいえ下手をすれば大怪我をしてしまう物を使った真剣勝負は、手に汗握り、見ている者に興奮を呼び起こした。

目にもとまらぬ剣捌き、豪快な力技や舞うような体捌き、誰もが固唾をのむような試合も・・・当の戦っている者たち同士にとっては、思うように動かぬ体を歯痒く感じる、とうてい納得のできない試合らしかった。


「結構、努力してきたんだけどなぁ。」


翼は2年前に前世の記憶が蘇った時から毎日鍛錬を続けてきているそうだ。


「だって、この容姿だろ?。」


蘇った張飛の記憶は、現世の翼の姿に絶望したのだと言った。


(可愛いのに・・・)


「一生懸命鍛錬して、筋肉のつきそうなものモリモリ食って・・・なのに1グラムも体重は増えないんだよ!」


今・・・翼は、ダイエット中の全国の女子全員を敵に回したといえるだろう。


「筋肉増強剤とか・・・わりと真剣に考えたんだけど、丁度その頃知り合った兄哥(あにき)に止められてね。」


それは、ドーピングというのでは、ないだろうか?

利長のナイスタイミングに拍手したい。


「これでも、俺、腹筋なんかバキバキに割れているんだよ。・・・見る?」


それは・・・ぜひ見てみたいと桃が真面目に言えば・・・何故か言い出した翼が赤くなって狼狽える。

理子が「桃ちゃんが(けが)れちゃう!」と泣いて止めるので渋々あきらめたが、見るくらい減るものでもないのに、どうして止められたのか、納得がいかない桃だった。


しかし、確かに翼の言うとおり、現世の体の体力不足は全員にとって深刻な悩みになった。

教師陣の目論見どおりと言ったところだろうか。


2日目の弓術の試合に出た桃も・・・はからずもその事を実感する。


桃の弓術競技の結果は21位だ。


剛が4位、理子は見事5位で、明哉が6位と続いた。


男女で距離が違うのだが、その短い距離でも、桃は弓()く1本1本に手が震えるのを感じてしまった。

当たり前だ。桃は翼とは違って鍛錬の“た”の字も行わなかった。

武器を手に取る事などは一生涯無いと思っていたのだ。


(私は、農民の妻だわ。)


21位は十分な成績のはずだった。

桃は、自身にそう言い聞かせる。


ちなみに弓術大会の1位は、当然のように悠人だった。


百発百中の弓の名手たる老将軍は「まだまだ若い者には負けん!」と叫び、全員に「違うだろう!!」と突っ込まれていた。



体術競技を制したのは・・・5組の戸塚(とつか)健太(けんた)という巨漢だった。

牧田が苦笑して、「魏の許褚(きょちょ)ですよ。」と教えてくれた。


「!?」


許褚、字は仲康(ちゅうこう)

曹操の親衛隊長である。


「どうして、この学年に?」


例外なのだろうか?

しかし牧田は笑って首を横に振った。


「留年しているのです。・・・2年間。」


桃は、口をあんぐり開けた。


「そんな顔も可愛いですね。」とさり気なく甘い言葉を混ぜながら牧田は、桃に説明する。


要は・・・“軍学”以外の教科ができないのだそうだ。

いくら特別クラスの生徒とはいえ、あまりひどい成績では進級することはできない。

抜群の戦闘力を誇り“軍学”は満点でも、ごく当たり前の高校生としての一般教科ができなければ、お話にならなかった。


「かなり下駄をはかせてくれたのだそうですが・・・一ケタ台の点数が何教科もあってはね。」


困ったように牧田は笑う。

吉田も何とかしてくれと教師陣に捻じ込んだのだそうだが・・・どうにもできなかった。


「戸塚くん自身は、吉田くんがいる間はこの学校に残って、来年3月、吉田くんの卒業と同時に退学するつもりでいるようですよ。」


そういえば入学式の時、吉田の(うた)に大声で唱和する、でかい1年がいたなと桃は思い出す。


思いもよらぬ許褚の存在に驚きを隠せぬ桃だった。





多少の波乱を含み、しかし大体は明哉の予想どおりに進んだ競技会は、今日個人戦の最終種目馬術を行う。


早朝より全員は、広大な馬場に集められていた。


「これより、今日の馬術の競技に出る者は馬を選ぶ。各人よく見て自分の馬を選べ!」


大柄な体育教師の声に全員から、ざわざわとざわめきが広がる。


言う事はわかる。

だが、ならば何故全員が集められたのだろう?

馬術競技に出る各クラス10人づつのみが集まれば事は済んだはずだ。


体育教師はニヤリと笑う。


「その前に・・・お前達全員は、馬に選ばれてもらう。」


「?!・・・馬に?」


全員呆気にとられた。


「これから卒業するまでの3年間、“軍学”の実習に馬が使われる。しかし残念ながら東京の実習場で特別クラス全生徒分の馬を飼育するわけにはいかない。」


当然だろう1学年200人。3学年で600人近くになる生徒全員に馬を用意するとすれば、同じ数の馬がいるのだ。

都内の1等地にどうすればそんな広大な牧場が作れるのだろう?


「本校で飼育できる馬は各学年20頭が限度だ。・・・その20頭に乗る者は、馬に決めてもらう。」


・・・滅茶苦茶もいいところだった。


桃は頭を抱える。


しかし、実は、これが一番問題の少ない選び方だった。


三国志の武将は、誰もが馬を欲しがる。

20人を選ぶのに、くじ引きにしてもじゃんけんにしても、また、何らかの勝負にしても、必ず不平不満が出る。実力がある者はあるなりに不満を持ち、かと言ってまるっきり実力順で選べば、それ以外の者が不平を鳴らす。


最終的に馬に選ばせるのが一番文句が出なかった。

馬は・・・賢い動物だ。

自らの主をきちんと選べる。


それが教師陣の考え及んだ答えだった。


困惑する生徒たちの前に・・・馬が1頭づつ引き出されてくる。


最初の1頭は・・・赤と見紛うような見事な栗毛の馬だった。


堂々とした体躯、引き締まった筋肉を持つ一目でわかる良馬で、その姿に全員息をのんだ。


「・・・赤兎馬(せきとば)。」


利長が呆然と呟く。


その赤い馬は・・・一瞬利長を見た。


しかし、その一瞬の後、視線を外し・・・迷いなく歩きはじめる。



赤い馬は・・・声もなく立ち尽くす、5組の串田の元に、歩み寄った。



「赤兎馬・・・」



今度は、串田がそう言い・・・唇を噛む。




「人中に呂布(りょふ)あり、馬中に赤兎あり・・・」




静かな利長の声が、その場に響き渡った。

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