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セカンド・アース  作者: 九重


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個別進路相談 1

「この世界は、言うならば河川工事みたいなものだ。」


河川に堆積し流れを阻害する土砂を取り除く工事だと意島は真面目な顔で話す。


「放っておけば河の流れを阻害するだけでなくいずれは洪水までも引き起こす。」


そんなことになれば面倒だろう?と聞かれて、桃は戸惑ったように頷いた。




―――学年末個別進路相談の中での話である。


桃は意島と2人、生物準備室で向い合っていた。


窓際のガラス棚には大きな水槽が載っていて、水草の中にタナゴと思われる魚が泳いでいる。薄いピンクの婚姻色が出ていて、産卵用だろうカラスガイの黒との対比が美しかった。


手入れの行き届いている水槽とは対照的に、いつもの薄汚れた白衣姿の意島は、自分の椅子にだらしなく腰かけている。


その前で、いかにも即席といった風に置かれた丸椅子に座った桃は、背を伸ばして意島に訊ねた。


「・・・何のお話ですか?」


「進路相談だ。」


決まっているだろうと意島は呆れたように答える。


どこがどうなって河川工事が進路相談に繋がるのかさっぱりわからなかった。

頭に?マークを浮かべた桃は決して間違っていないだろう。



この世界(セカンド・アース)は、輪廻転生という大いなる魂の流れを阻害する滞った魂(・・・・)をすくい上げ浄化をする場所だ。」



急に低くなった意島の言葉に、桃はハッとして顔を上げた。



「滞った魂・・・」



お前(・・)のことだ。」



意島は、遠慮なく指摘する。


どこかでカタッと物の動く音がした。

空気がシンと静まり、遠くで生徒たちがガヤガヤと騒ぐ音が耳に届く。


ごく当たり前の転生の流れから外れ、リセットされるはずの前世の記憶と無念を引き摺り徐々に淀んでいく魂。


それがお前だと淡々と語る意島の声が、妙にクリアに響いた。




―――生きとし生きる全ての魂は、流転する世界で生と死を繰り返し滔々と流れていく。

その大いなる流れの中に、何故か時折淀む(・・)魂が出るのだそうだった。


「死に際に、大きな悔いを残す者の魂がそうなるのだと唱える者もいるが、強く悔いた者が全員そうなるのかと言えば、そうでもない。」


だからはっきりとした原因はわからないのだと意島は面倒くさそうに説明する。

原因不明ではあっても、そういった流れを阻害し滞る魂は時々発生した。そして川底に堆積し、やがて大いなる流れに影響を及ぼすほどの“淀み”になるのだという。


「だから、時々川底からそういった魂を引き揚げて浄化してやらなきゃならないのさ。」



そのために創られたのが、この世界・・・セカンド・アースであった。



「堆積し、歪みいびつになった魂を、その魂と近しい魂の中に入れて、まったく別の人生を歩ませてやる。」


そうすると魂の歪みがとれ、再び他と一緒に流れるモノになるのだそうだった。


原因は不明だが治し方はわかっている。

だとすれば、対症療法と言われようともそれを行う以外の方法はなかった。




(バレル研磨みたいなもの?)


桃はなんとなくそう思う。

バレル研磨とは”モノ”を滑らかに研磨するために、バレルと呼ばれる研磨槽に”モノ”と研磨石、磨き粉、水を一定の割合で入れ、運動を与えることによって生じる摩擦で研磨を行う機械である。


バレルがセカンド・アース。

研磨される“モノ”が桃。

研磨石や磨き粉、水が他の(みんな)なのだろう。




途方もない話だが・・・何故か桃は意島の言葉を信じた。

意島を信用しているわけではなかったが、目の前の男はこんな面倒な嘘をつくような性格をしていないと桃は思う。

そんな手間暇をかけて荒唐無稽な話をでっちあげる時間があれば、意島は寝ている方を選ぶだろう。

それは、ある意味正反対な“信頼”であった。


「そのためだけに、この世界(セカンド・アース)があるのですか?」


だから桃のその疑問は、疑惑ではなく驚愕だった。




―――歪んでしまった“モノ”など普通なら捨てるだろう。


わざわざすくい上げて元の形に戻してやる難しさを考えれば、廃棄処分にする方が何倍も楽で簡単だ。

しかも対象となるその“モノ”は、地球に溢れかえる何十億という人間の魂の1つでしかない。


「どうしてそんな七面倒(しちめんどう)なことをするのですか?」


桃の疑問に意島は、ボリボリと頭をかいた。


「七面倒か・・・お前の考えていることは想像がつくが、人の魂というのは、そんなに簡単に捨てられる“モノ”ではないぞ。」


桃は驚いて目を見開いた。


意島は大きくため息をつく。



「魂だけに扱い(・・)がたいへんらしい。・・・それにな、お前が思うよりも“神”という存在は生命を愛して(・・・)いるんだ。」



桃は・・・本当に、心から、驚いてしまった。


前世は占師だと言った意島であるが、その口から“神”なんて言葉が出て来るとは思ってもみなかった。しかも”愛している”だなんて・・・


(・・・似合わない。)


桃の可愛い口が、あんぐりと開いてしまう。


「・・・驚き過ぎだろう。」


意島は嫌そうに口を尖らせた。




―――例えその魂が、何十億何百億の1つでしかないものだとしても、自ら創りだした命を“神”は愛でて(・・・)いるのだと自棄のように意島は話す。


「魂が自ら動く生物としての姿をしている時は“神”はその有り様に干渉することはないが、魂が純粋に魂としての存在になった時には案外こまめにチェックして1つ1つ磨いたりしているらしいぞ?」


「は?」


膨大な数だろうに暇と能力だけは有り余っているんだろうなと意島は呆れた。



―――その表現は、かりにも“神”という存在に対してずいぶん失礼なのではないかと危惧する。

やはり意島は意島だったようだった。


「それでも、無限とも言える転生の流れの中には、お前のように淀み堆積する魂が出てしまう。・・・だから、河川工事(セカンド・アース)がいるんだ。」


そう言って意島は・・・突如ニヤリと笑った。


何故か桃の背中に悪寒が転がり落ちる。





「・・・他の奴らに自分の特殊な転生の話を打ち明けられたようだな?」


どこから聞いたものか、意島はその事実を知っていた。


質問というより確認のようなその言葉に桃は驚きながらも素直に頷く。

あのクリスマスパーティーの日から、桃は自分の転生を誰に対しても隠すつもりはなくなっていた。


「良かったな。」と意島は笑う。


急な話題転換に少しついていけないものを感じつつ、桃は疑い深く意島を見返す。



「―――河川工事は完成だ。この工事の完成検査は、自分の事情をカミングアウトできるかどうかにかかっているからな。」


工事というものは、完成検査を受けて合格し、それではじめて完成したと認められるものなのだと話すと、意島は「完成おめでとう。」と上機嫌に言った。



「・・・ありがとうございます?」



元々工事を受けているつもりなど何もなかった桃は、それでも「おめでとう。」と言われてお礼を返す。




意島の笑みは、ますます深くなった。


桃の悪寒も、ますます酷くなる。


案の定、意島はとんでもないことを言い出してきた。





「礼はいらない。お前の今後の“行い”で払ってもらうからな。」


「え?」


”行い”とはなんのことだと桃は面食らう。


進路相談だと言っただろう?と、意島はギシッと音を立てて椅子の背にもたれた。



「−−−工事を終え救われた魂は、その対価を払わなければならない。」



ギブアンドテイクは基本だよな?と問われて、桃は戸惑う。



「そんなこと自分は頼んでいないとか言うなよ。あのままではお前の魂はますます酷い転生を繰り返し、河底に沈殿していくしかなかった。ここは救われたことを素直に感謝し、進んで恩返しをするところだ。」



・・・正論である。


正論ではあるが、意島に言われると素直に頷きたくなくなるのは何故だろう。


意島は、そんな桃の心の内までわかっているかのように意地悪く笑う。


「対価の支払い方法は2つ。つまり、お前の進路の選択も2つだ。」


意島はまるでVサインのように桃の目の前に2本の指を突き出した。

おもむろにその1本を折り曲げる。



「1つは、お前の母親と同じ方法。・・・生まれてくる歪んだ魂の()になる道だ。」



「?!」



桃は息をのんだ。



(ママと同じ・・・)



「お前の事情を理解し、お前と共に歩んでくれる伴侶を早く見つけて、暖かな家庭を築き子供を産め。お前が授かる子は間違いなく転生を拗らせた“歪んだ魂”の持ち主だ。・・・歪んだ魂の子育ては難しい。どの魂も例外なく病弱に生まれる。それでも前世の記憶を取り戻す13歳になる頃には少しは丈夫になるんだが、その後は前世の記憶に悩まされ、眠れなくなったり精神的に不安定になったりして手を焼かせる。」



身に覚えがあるだろう?と言われてしまえば、桃には反論することはできなかった。


「母も私と同じなのですか?」


「前世は誰だったのかとかは俺に聞くなよ。聞きたきゃ自分で聞け。俺から言えるのは、お前の母親もこの南斗高校の卒業生だということだけだ。」


驚きながらも桃はその事実がストンと胸に落ち着くのを感じる。


桃が受験した高校の全てに落ちて、浪人したいと言い出した時、誰より強固に反対したのは母だった。

母は最初から桃を南斗高校に入学させたかったのかもしれない。



(ママも私と同じ・・・)



自分の母も自分と同じように苦しい転生を繰り返し、そして救われた魂なのだという事実は、桃をなんだかホッとさせた。

今度の春休みに家に帰ったら、今までなんとなく避けていた前世の話を2人でいっぱいしようと決意する。


(ううん。3人かな?)


パパも入れてあげないと、きっと拗ねるわよねと考えて桃はクスリと笑った。




それを確認した意島が折り曲げた指を元の2本に戻し、桃の目の前につきつける。




「2つめの方法だ。・・・この南斗高校のような教育機関がこの世界(セカンド・アース)には他にもいくつかある。そこで教師として歪んだ魂を教え導く道が残りの1つだ。・・・()同じ(・・)ようにな。」




(!?)


桃は、今度こそ驚き過ぎて息が止まるかと思った。



「先生と同じ―――」



「俺も”歪んだ”魂だ。」



スルリと意島は、そう言った。

個別進路相談はあと1話ですので、順調にいけば明日更新します。

【目指せ!8月中完結】月間です。

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