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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 18

桃の策は、こうだった。


1 吉田に一騎打ちを申し込み、望楼の旗の周囲から吉田以外の者を遠ざける。

2 同時に他の皆は、望楼のすぐ下の階にさり気なく展開し、この後望楼から飛び降りる(・・・・・)予定の桃を救う準備をする。

3 一騎打ちの最中にわざと(・・・)足を滑らせ、桃は下に落ちる。その際できることならば吉田を道連れにする。

4 桃が落ちると同時に、落ちてくる側の者は桃を(吉田が一緒であれば、吉田も)受け止め、他の者は3年の隙をついて全員を倒す。

5 同時に明哉と利長は望楼に駆けあがり、旗を奪う。この際吉田がこちらに残っている場合は、利長が吉田の動きを封じる。




「こんなに上手くいくなんて思ってもみませんでした。」


桃は、嬉しそうにそう言って笑った。


「・・・可愛い顔をして、鬼畜か。」

「鬼ですね。」

「あざといにも程があるだろう。」


まんまとその策に()められた3年生たちが、ボソボソと(ささや)きを交わす。


「何か言いたいことがあるのですか?」


憂い顔の内山にギロリと睨まれて、その囁きは消えた。



しかし、消えようのないものもある。


「あげくがこの仕打ちか?」


憮然とした吉田の機嫌は直りようがなかった。

それもそうだろう。命がけに近い形で桃を救った吉田の胸に、桃は斬りつけていたのだから。恩をあだで返すというのは正にこのことだという見本のような行いだった。


流石の桃も、申し訳なさそうに小さくなる。


「・・・すみません。そこまでするつもりはなかったのですが、自然と体が動いた、というか・・・万が一、旗を奪うことに失敗して再び戦うことになった場合、吉田さんが戦線を離脱してくれていた方がありがたいなとちょっと思ってしまって・・・」



なお、悪かった。

あの瞬間にそこまで計算する余裕があったのかと思えば、一層腹立たしい。


「お前にとって全校制覇は、それほどに大事なことか。」


自分の好意を踏みにじるような真似をしてまで勝ちたかったのかと、吉田は(なじ)る。




桃は・・・小首を傾げた。


「それほどでも?」


「おいっ!」


なんだその答えはと吉田は声を荒げる。


桃は困ったように笑った。



「どのみち“偽物”ですから。」



吉田も他の者たちも、桃の答えにポカンとする。


「だってそうでしょう?」と桃は言った。


彼らにとってこの戦いは、かつて三国で覇権を争った戦いに比べれば子供の児戯にも等しいものである。広大な中国全土の支配をかけた戦いと、たかだか1校の全校制覇をかけた戦いを比べることの方がおかしいだろう。


「だから、私でも吉田さんが討てたんです。もしこれが本物の戦いであれば、そもそも吉田さんは私を助けるようなことをしないでしょうし、万が一それでも吉田さんが私を助けてくれたのであれば、私は決して吉田さんに剣を向けたりしないと誓います。」


偽物の戦いだからこそ、無茶苦茶な策を練れて実行できたのだと桃は話す。



確かに吉田は、これが実戦であったとすれば、どれほど桃が手を伸ばしてきても助けはしなかっただろうという自覚があった。


皇帝としての立場、その責務、どれをとってみてもそんな行動を是とする理由はない。



「偽物の戦いだからこそ―――その背に国の命運や民草の命、己の野望の全てがかからぬ戦いだからこそ、吉田さんは吉田さん一個人として私に手を差し伸べてくれると思いました。」



魏武帝はそういう人でしたからと言って桃は懐かしそうに目を細める。

頭脳明晰で革命的、帝としての素質の全てを備えた偉大な(おとこ)は・・・それら全ての重圧を外せばロマンティックな詩人であった。


桃は「そうでしょう?」と言って早春の花がほころぶように笑う。



「・・・“たらし”か?」

「天然だよな。」

「天然のたらしなのか?」

「・・・たらしで鬼畜って、どんだけだよ。」


再びはじまった3年男子によるボソボソとした囁きは、またも内山の一睨みで消える。



吉田は低く唸った。

唸らざるをえないだろう。


あれ程吉田の胸の内にあったドロドロとした桃への怒りが・・・キレイに消えていた。


怒り心頭に発していたはずなのに、心が軽い。



「・・・口元が緩んでいますよ。」


嫌そうに内山が指摘した。


慌てて引き締めるが、自然に笑みが浮かんできてしまう。



「“武帝”でない俺ならお前を助けると信じたのか?」



その確認にも・・・桃はやっぱり小首を傾げた。



「信じていたというか・・・知っていた?の方が近いかもしれません。―――“天下に英雄はあなたと私だけ”なのでしょう?」


桃は、クスクスと笑った。


―――英雄は英雄を知る―――


「春雷は鳴りませんね。」と茶目っ気たっぷりに桃は吉田を見る。


曹操が劉備を宴会に誘い、その席上、「天下に英雄は君と私だけだ。」と言って劉備を脅し、その意味するところに思わず箸を落とした劉備が丁度鳴った雷を言い訳にした話を由来とする故事だった。




笑う桃の姿に、吉田は「クソッ!」と呻く。


そのまま手を伸ばし、驚く桃を掴まえ抱き締めた。


「吉田さん!?」


「お前が可愛すぎるのが悪い!」


何だか理不尽な言い分である。罠に嵌めて騙したことを責められるのはわかるが、可愛すぎるってどういうことっ?と桃は内心焦った。



「俺を嵌めた(むく)いを受けてもらうからな。」



吉田の目が楽しそうに細められる。



「・・・一生、その体で。」



耳元で低く囁かれた。




・・・流石の桃も赤くなった。


この後、吉田の行動に怒った1、2年生(一部3年生も含む)によって、吉田は桃から引き離され、腹いせのように朱液を塗りたくられる。


赤い鎧で朱液塗れの吉田の姿は・・・かなり憐れだったことを評しておく。




旗が全て蜀の旗に取り換えられたことを確認した教師陣は、1年の勝利を宣する。


学年末決戦は終了し、ここに1年による全校制覇が成し遂げられたのであった。

ようやくここまで来ました。

あと、もう少しで卒業式です。

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