学年末決戦 16
びゅうびゅうと風が吹き過ぎる。
望楼には、バタバタと鳴る旗とその旗をバックにして対峙している男女。中央に立つ赤い髪の美丈夫以外誰もいなかった。
「私が見届け人を務める。安心して欲しい。見届け人となったからには、戦いからは離脱し中立の立場で判定を下すと約束しよう。」
美丈夫・・・仲西がキリリと宣言する。
「見届け人などいらん。開始と同時に俺がこいつを倒して終わりだ。」
吉田は不機嫌に言い捨てた。
「押し倒すのは、許しません!」
・・・仲西を見届け人としたのは、人選ミスかもしれなかった。
吉田も桃も、冷たい目で仲西を見る。
仲西は、コホンと1つ咳をした。
「もう一度ルールを確認します。―――これは、介添人なしの正真正銘1対1の一騎打ちです。試合場はこの望楼全て。得物は剣のみ。どちらかがどちらかを戦闘不能にするまで、あるいは降参するまで戦いは続けられます。刻限はこの学年末決戦の終了時刻。それまではこの3人以外の者の望楼への出入りを禁止します。他者が望楼に入ったり、2人の内どちらかが望楼から出た場合は、即強制終了となります。」
最後に、「一騎打ちが終わるまでは旗を奪い合う戦いは一時休戦です。」と言って、仲西は説明を終える。
その声は、ルールによって立ち入り禁止となった望楼の下に詰めているこの3人以外の者たちの耳にもよく聞こえた。
誰の顔も不安そうに階上を見詰めている。
「・・・目的は何だ?」
仲西の説明を聞いていた素振りも見せず、吉田は桃に質問を投げかけた。
どう足掻いても勝ち目のない一騎打ちを、桃が仕掛けて来る理由がわからない。
「戦いの目的は、いつでも勝利です。私はあなたに勝ってその旗を手にします。」
桃は堂々とそう言った。
「本気か?」
吉田は呆気にとられる。
どう考えても無理だろう。
吉田の顔には、はっきりとそう書いてあった。
「私を普通の女性と考えないでください。私には劉備であった前世の記憶があります。それを認めた今、以前のように目立たぬために本気で戦わないという選択を私はしません。全力できてください。」
桃の瞳は真っ直ぐに吉田に向けられていた。
・・・例え、そうであったとしても、今現在の桃の体が“少女”である限り桃に100%勝ち目はない。高1女子と高3男子の体格の違いはあまりにも大きいのである。
それでも・・・
「―――わかった。全力で行く。」
吉田は、そう答えた。
・・・桃は、おそらく卒業する自分と最後の戦いをしたいのだろうと吉田は思った。
(・・・自分たちが戦う機会は、もうない。)
それは紛れもない事実だった。
南斗高校は特殊な場所である。卒業しても吉田は桃とのつながりを断つつもりはなかったが、こんな風に戦うことは二度とないだろう。
ならば、最後に桃・・・いや劉備と真剣に向き合うことは曹操も望むところであった。
「かかって来い。気の済むまで相手をしてやろう。」
吉田はニヤリと笑うと、手に剣を構える。
桃もスッと細い剣を構えた。以前にも見た事のある、まるで剣舞に使うかのような軽く装飾ばかりが派手な実用性に欠ける白い剣。
スラリとした立ち姿に・・・隙はなかった。
(それでも・・・)
自分がこの目の前の“少女”に負けるようなことだけは、絶対ないと吉田は確信する。
「はじめ!」
仲西が声高らかに合図をかけた。
一騎打ちがはじまった。
音も立てずに桃は素早く移動する。
足運び、体の動き。一分の隙も無いその姿に、吉田は感嘆する。
(流石は、劉備だ。)
充分な間合いを取っているにも関わらず、こちらを圧倒する気迫をひしひしと感じる。
普通の人間なら、桃の放つその覇気だけで畏縮し動けなくなってしまっているだろう。
―――三国志上、前漢の劉氏の末裔とはいえ貧しい家で生まれ育ち、一介の義勇軍の1人として乱世に立ち、その実力で蜀漢の皇帝にまで昇りつめた漢の実力がそこには見えた。
(だが・・・)
吉田は静かに身構える。
見事な桃の動きも、体そのものが女性、しかも少女のものである限りそこには限界がある。
力も速さも往時の劉備には到底及ぶべくもないはずだ。
(長引かせるのはかえって酷か。)
そう思った吉田は一気に気合いを高める。
あっという間に吉田の中には、桃に匹敵する覇気が漲った。
桃がピクリと震え、動きを止める。
(ほう?)
桃の動きを読んで、その移動先に渾身の一撃を加えようと狙っていた吉田は嬉しそうに目を細めた。
(少しは、楽しめそうだ。)
今度は、自分から仕掛ける。
素早く間合いを詰めると、電光石火の動きで思いっきり剣を振り下ろした。
吉田の全力の一撃を桃は退きながら受け流す。
まともに受けては、少女の小さな体など呆気なく吹き飛ぶほどの威力が、その一撃にはある。
桃の戦法は当然のものであった。
「くっ。」
力のほとんどを逃がしておきながらも、桃は小さく呻く。
曹操の剣は、とてつもなく重かった。
手を痺れさせながら、それでも細い少女の足は、直ぐに吉田に駆け寄り、足元を狙って足払いをかける。
「おっと。」
吉田は軽く飛び退いた。
一瞬近づいた2人の距離が、再び離れる。
「足癖が悪いな。」
「形振り構っていら・れ、ませ・ん・か・らっ。」
セリフの半分も言い終らぬ内に、桃は飛び上がり、すかさず吉田に上段から打ちかかった。
吉田はガッキと受け止めて、振り払う。
押し返された桃は、体勢を整えるやいなや今度は吉田の側面を狙い斬りつけていく。
「はっ!」
「まだまだ。」
・・・一進一退の勝負が続いた。
夕刻の日差しが徐々に弱くなっていく。
桃は機敏に動き、斬っては退き、あるいは躱すことを繰り返し攻撃していた。
一方吉田は、ガッシリ受け止めては重い剣を繰り出して桃の体力を確実に奪う戦法をとっていた。
一見互角に見える戦いは、当然そんなはずもなく、桃は徐々に息を荒くし、対する吉田はまだ楽々と剣をふるっているように見える。
戦いは、誰の目にも既に終わりの見えたものとなっていた。
見守る仲西の顔色は悪い。
まだ直撃はないものの、桃の顔や体のあちこちには吉田の剣の朱液の飛沫が飛び散っている。
白い頬を上気させ、その赤よりもなお赤い朱液に汚れた桃の顔は・・・美しく、哀しい。
もう止めてくれと制止したい気持ちを抑えて仲西はただ見続けていた。
そして、何度目かの桃の攻撃が受け止められたその瞬間―――
おそらく時間は、一騎打ちが開始されてから然程過ぎてはいないはずだ。
それでもただ待つ身には長すぎる時の果てに・・・それは、起こる。
吉田に攻撃を跳ね返された桃が・・・足を滑らせたのであった。




