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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 11

「砦、1階部分は完全に制圧しました。」


いつもの憂い顔で、内山が桃に報告する。

桃はゆっくりと顔を上げた。


「わかりました。今、行きます。」


先に制圧が終わった砦の庭に乗馬したまま待機していた桃は、そう答えると的盧の首を優しく叩き下馬しようと鞍の前橋(ぜんきょう)を抑えて片足を鐙から外した。

的盧は、主に祟るなどと言われ気性も荒い馬であるが、桃には従順だ。今もジッと大人しく、小さな少女である桃が大きな馬から降りるのを辛抱強く待っている。


桃のすぐ側で護衛をしていた聖・・・趙雲は、サッと自分の白馬から飛び降り、桃に手を貸し抱えるようにその体を支え、そっと地面に降ろしてくれた。

相変わらず大変気の利く男である。


「ありがとう。」


「このくらい、なんという事もない。」


聖の顔は、赤い。

戦いで興奮しているのかしら?と桃は思った。


「こちらです。」


憮然とした内山が桃を急かすように案内する。

もっとも内山はいつもそんな顔をしているので、本当に憮然としているのかどうかはわからなかったりするのだが・・・その内山と一緒に戦えるのも今日限りなのだと、桃は感慨深く思った。




戸塚の活躍で門の守りを破った桃たちは、破竹の如き勢いで進軍し、早々に外周を制圧すると、今度は建物内へと攻撃をかけている途中であった。


目指すは砦中央楼閣(ろうかく)の最上部、望楼(ぼうろう)(ひるがえ)る魏の旗だ。


3月とはいえまだ冷たい早春の風に、旗はバタバタと音を立ててなびいていた。

聖に守られ内山に案内されて歩く桃が、寒そうに襟元をかき寄せる。


桃は軍の最後部にいて、皆に制圧してもらい安全を確かめてから少しずつ中に進んでいるのだった。


本来ならば桃は、こんな最前線に立つ必要はない。劉備であった時ならともかく、今の桃は女性なのである。


足手纏(あしでまと)いよね。)


現に五将軍の1人趙雲が、戦うことなく桃の傍らに付いている。攻撃力ダウンは間違いないところだろう。必要どころか反対に居てはならない立場にあるとさえ言えた。


それでも何故か桃は、この最後の戦いで、自分はここにいなければならない(・・・・)のだと感じていた。


吉田が・・・曹操が破れたという報告を安全な後方で聞きたくない。


そう思う。


(わがままかもしれないけれど。)


それが正直な桃の望みであった。

これが本物の戦いであれば、桃は決してこんな事を言い出さなかったであろう。大将の首が即敗戦につながる戦いだった場合も、きっと安全な場所で守られることに甘んじていたはずだ。

だが、この戦いはそうではない。

例えここで敵の急襲にあい、桃が万が一討ち取られてしまっても、もう1年の勝利は動くことはない局面になっている。


だから、桃はここに居た。


そして、桃のそんな思いを他の皆もわかってくれる。

桃のわがままに、誰からも異議は出なかった。


「必ず守ります。」


明哉が代表して言ってくれた言葉を桃はありがたく受けとめる。




前を向いて桃は砦内に入った。


途端に肌がザワリと粟立つ。


(いくさ)の気配だ。)


例え偽物とはいえ、戦いは戦いである。

命のやり取りはなくとも、名誉と主への忠誠をかけて男たちは戦っている。

この場にあるのは、戦って勝った者の興奮と敗れた者の無念。

まるでそれを表すかのように、そこかしこに朱液が血のごとく飛び散り、戦闘不能と見なされた者たちが鮮烈な赤に(まみ)れて片隅に寄っていた。


これもまた間違いなく戦いであったのだと桃はこの瞬間に思う。


2階からは今も剣戟(けんげき)の響きが聞こえてくる。




「俺が張飛だ。やってこい。死を賭して戦おうぞ!」


元気の良い声が叫んでいた。


翼が丈長い矛を構えて縦横無尽に暴れまわる姿が思い浮かび、桃はクスリと笑う。

きっとその隣では利長が、渋い顔で「熱くなるな。」と注意をしながら淡々と敵を蹴散らしているのだろうなと思う。

彼ら2人の戦いは、目を瞠るような迫力と息をのむような美しさに満ちている。


(・・・私も共に戦いたかった。)


桃は、小さく柔らかくなってしまった自身の手をジッと見た。


「桃?」


気の利く聖が桃の微かな憂いに気づいたのだろう、気遣わしそうに顔を覗きこんでくる。


桃は静かに首を横に振った。


聖に向けられた桃の目は黒くけぶっている。



「大事ない。・・・子龍、お前も(みな)と暴れたかったのではないか?」



戦いの―――戦場の雰囲気が、桃の中の劉備の記憶を強く引き出していた。

知らず桃は、そんな風に聖に話しかけている。


聖の目はゆっくりと瞬いた。


「陛下のお側が私の戦う場所です。」


生真面目な瞳が真っ直ぐに桃を見返す。


「・・・そうか。」


桃はふわりと笑った。

聖の顔が、再び赤くなる。



丁度その時、一際大きい凱歌が2階から響いた。



「2階全フロア、完全制圧いたしました。」


時を置かず、息せき切って階段を駆け下りてきた清水・・・馬謖が興奮気味に報告する。


桃は、聖に向けた笑みのまま、清水を振り返った。


「よくやった。」


そのまま笑みを深くする桃の言葉に、清水は目を見開くと感極まったようにその場に跪く。


「はっ。」


「異動する。このまま曹操を旗の下へ追い詰めろ。」


桃の言葉に内山が深く頭を下げる。




戦いは、いよいよ佳境へと入っていた。


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