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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 9

学年末決戦最終日。

蜀と呉の連合軍は、たった1つ残った中央の砦に篭城する魏軍を・・・攻めあぐねていた。

砦はどこも同じ造りのはずなのだが、目の前のこの砦は殊更に堅牢に見える。


「何だか、他より大きい気がしないか?」


当然気のせいなのだが、猪突猛進を体で表す張飛・・・翼をしてこう言わせるだけの威容がそこにはあった。



砦の前門を守るのは、岩間・・・典韋である。


三国志最強の武将の1人に、当たり前のように名を挙げられるその(おとこ)は、大双戟(だいそうげき)を軽々と構え、いつでも来い!とばかりに前面を睨み付けていた。


城壁の上には典韋配下の武将たちが所狭しと並んで、弩や征矢(そや)で近づく敵を討たんと狙っている。


そこには一部の隙も見出せなかった。



後門には、堤坂・・・夏候惇が詰めている。


戦中の(くせ)で左目に手をやる男は、その清廉で慎ましやかな性格を慕い夏候惇のためならば一命を捨てる覚悟の武将たちに囲まれ、凛として馬上にあった。


前門同様、城壁の上にはズラリと弓矢が並ぶのみならず、朱液がたっぷりと詰まっている“水風船”が飛んで来るという、投石器ならぬ“投水風船(・・・)器”が設置されている。


・・・絶対そんなモノに当たりたくなかった。


「誰だ?あんなモノを発明した奴は。」


「・・・城沢です。なんでも休み中にファンクラブの女の子たちとお祭りの出店に行った時に思いついたそうで、既に教師にも特許権付きの許可をもらっていると得々として話していました。」


心底嫌そうに訊いた天吾の言葉に、こちらは標準装備の憂い顔で内山が答える。その標準装備もいつもより曇っているように見えるあたり、この“投水風船器”の嫌われようがよくわかる。


あんな“モノ”にぶつかりでもしたら目も当てられない状況になることだけは間違いなかった。


「後の始末は貞候がしてくれるんだろうな?」


貞候とは、城沢・・・郭嘉の諡号である。


朱液がたっぷり入った水風船が大量に割れた後の惨状を想像して、天吾の眉間には深いしわが寄る。


「学校側からの許可にはそれが条件になっているはずです。だから、できれば使いたくないと言っていたのですが・・・それだけ3年も追い込まれているということでしょう。」


どんなに追い込まれていても使って良いモノと悪いモノがあるだろう?と思ってしまう。だが、いかんせん桃たちにはそれを止める術はなかった。

せめてもの救いは、まさか“それ”を本当に使う事になるとは思っていなかった城沢が、現物を1台しか作っていなかったことだろう。


「攻めるなら前門ですね。」


「後門は捨てよう。」


珍しく明哉と智也の意見が一致する。


・・・誰も反対しなかった。





「典韋ごとき小物、俺1人で十分だ。この呂布が見事討ち取って見せよう。」


堂々と名乗りをあげるのは、串田である。

あの典韋を小物などと言えるのは呂布くらいかもしれなかった。


しかし、その呂布をもってしても典韋を倒せるかどうかは定かではない。

目の前の門に立ちはだかる(おとこ)の強さは、群を抜いているのだ。


・・・前世で典韋は、(えん)城の戦いで、曹操が降伏したと思われた敵に背かれ殺されそうになったところを逃げる際、盾になり命を落としたのだが、その最期は凄まじいものだと伝えられている。


典韋伝によれば・・・


典韋は、

曹操の逃げた門の内で敵を引き受けて戦い、

群がり来る敵を長戟で左右に討ち払い、

突っ込んでは相手の矛を砕き、

味方が全て死んでしまっても無数の傷を負いながら短刀で接戦し、

2人の敵を両脇に挟んで撃殺し、

突進して数人を殺し、

ついには傷口が開いて罵りながら死んだのだそうだった。


・・・何だかわけがわからないが、ともかく凄かったという事だけはわかる最期だろう。



奇しくも場面は、その時と同じ“門”だ。


今世でもまた典韋は、曹操を助けるために命を張る覚悟で戦うのだろうなと桃は思う。


(命をかける必要などないのだけれど。)


まあ、それぐらいの気合いで向かってくるということだ。

呂布の力をもってしても、そんな典韋に勝つことは難しいと思われた。


唯一、典韋に互角に戦える者がいるとしたら・・・




「いや、ここは俺が行こう。」


そう言って出てきたのは、戸塚・・・許チョであった。


前世は、典韋と同じく曹操の校尉・・・ボディガードであり、その力の強さを称えられてきた巨漢は、大刀を手に静かに歩み出る。


「しかし、お前は・・・」


魏を相手に戦えるのか?と問いかけようとした串田を、戸塚は手を上げて押し止めた。


「典殿は、一筋縄ではいかないお方だ。あの方と戦い終わって立っておられる者は誰もいないだろう。例えこちらが勝ったとしても、刀は折れ、次に進むことは不可能になってしまう。・・・呂公、貴公は門を突破した後の戦いにこそ必要な(おとこ)だ。魏武帝陛下のその旗を目指し攻め込む道を切り開くことこそが貴公の役目だ。ここは俺に任せてくれ。」


牟郷(ぼうきょう)候・・・」


そうまで言われては、串田は反論できなかった。



「・・・良いのですか?」



桃にそう問われて、戸塚は振り返り正面から桃を見つめる。


「俺も、逃げてばかりはいられないからな。」


今の自分は間違いなく1年なのだと戸塚は言って笑った。


「こんな俺を受け入れてくれている仲間(・・)と・・・何より桃、お前のために俺は戦いたい。」


きっぱりとそう言いきる笑顔に、一点の曇りもなかった。



「よく言った。その(こころざし)や良し!城壁の弓兵はこの老骨黄忠に任せろ。」


大声でそう名乗りを挙げたのは、悠人であった。百発百中の弓の名手の老将軍は、蜀軍の中でも弓矢を得意とする武将を募り一軍を率いている。


「一矢たりとも、牟郷候の勝負の邪魔はさせん。思う存分戦われよ。」


「ありがたい。俺が典殿を引きつけ一騎打ちをしている間に他の皆は砦の中に踊り込んでくれ。魏には典殿以外にも侮り難い一騎当千の武将がまだまだ残っている。くれぐれも油断するな。」


「おうっ!」


おうっ!おうっ!と周囲から勢いのある返答が上がる。


戸塚はその声に、満足そうに笑った。


いささかの迷いもない表情のまま、「それに・・・」と戸塚は桃に話しかける。



「こうでもしなくては、俺が再びお前に“妻問い”することは叶わんだろうからな。」



“妻問い”とは、男が女を訪ねて求婚することである。



桃は目をぱちくりする。

そう言えば、戸塚からはプロポーズしてもらっていたのだなと思い出した。


「・・・忘れていたのだろう?」


ジッと見詰められて、桃は、はじめて戸塚から視線を逸らせた。


戸塚は苦笑する。


「典殿を倒したら、改めてお前にもう一度結婚を申し込もう。返事は、共に卒業できたらでかまわない。」


良いか?と聞かれて・・・桃は頷く。

プロポーズへの返事ではなく、プロポーズする事自体への許可をはねつけることなど、とてもできなかった。



頬を赤らめる少女とそれを優しく見詰める巨漢の図に・・・周囲の空気が一気に氷点下に下がる。


「今、無性に典校尉の応援をしたくなりました。」


憂い顔のままで内山が呟く。


「矢が多少逸れるかもしれないな。」


俺も年だし保証はできんと、さっきの勢いはどこへやら、悠人がうそぶく。


「来年は魏文帝か魏明帝あたりが入学するのでしょう。来年もう一度留年してみますか?」


絶対零度の明哉の言葉には、流石の戸塚も青くなった。



「・・・かんべんしてくれ。」



戸塚は、再度の追試を受けて、ようやくこの最終決戦前に進級が決まったばかりなのである。来年はもう少し余裕を持って進級したいと考えている。明哉たち名士陣の助けは必要不可欠なものであった。



青ざめた顔を、戸塚は左右にブルブルと振る。


「もういい。とりあえず、その話は目の前のあの(おとこ)を倒してからだ。」


勢いよくそう言って前を向いた戸塚の目は、らんらんと輝き出した。



「・・・武運が候の上にあらんことを。」



「はっ!」



桃の言葉に、頭を下げて戸塚の巨体は軽々と馬上に上がる。



大きな馬すらも小さく見えるような(おとこ)は、単騎で進み出た。




魏の砦がザワリとうごめく。



「許チョなり。敵将典韋に見参せん。出会えっ!」



低く大地を揺るがすような大音声が周囲一帯に響いた。



「―――ようやく来たか。待ちかねたぞ、許チョ。相手にとって不足なし。その首ここに置いていけっ!」



嬉々として、ドッとばかりに飛び出て来た騎馬は・・・典韋である。


堂々とした体躯。

俊敏な身のこなし。

どれを見ても力と気迫に満ちている。



実は、三国志上1、2を争う勇力を誇るこの2人は、今まで味方同士であったために一度も戦ったことがなかった。

三国志演義では、2人が丸一日戦っても勝負がつかなかったという場面があるが、無論それは架空の想定である。



高校生活最後にして、はじめてその機会を得たことに、典韋・・・岩間は不謹慎ながら、体が震える程の喜びを感じていた。



それは戸塚も同じ事で・・・



向き合う2人共に不敵な笑みを浮かべた。



「今こそっ。」


「いざ!」



英雄2人の大激戦がはじまった。


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