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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 8

シュンと項垂れた拓斗の顔を見るまでもなく、返事の内容など、とうに察しがついていた。


「頷いてはくれなかったのね。」


だからこれは質問ではなく、確認だ。


「はい。・・・陛下は、戦いもせぬ内から尻尾を振るような情けない(・・・・)真似はできぬと仰られて。」


ガタンと音を立てて、桃の隣に座っていた仲西が席を立つ。

桃はその腕に手を置いて、宥めるように力を込めた。


「吉田さんの挑発に乗ってはダメです。」


仲西は憮然としながらもそのまままた席に座る。その際、桃の手に自分の手を重ねギュッと握り返すことを忘れなかった。


明哉がギロリとそんな仲西を睨む。

忌々しそうに舌打ちしてから、拓斗に向き合った。


「1年2年の連合軍に、どう足掻いても勝つことなどできぬのだと、きちんと説明したのですか?」


もちろんだと拓斗は顔を上げる。



・・・蜀と呉の和睦が成って翌日。拓斗を間に立てて、桃たちは吉田に降伏勧告をおこなったのであった。



・・・当然吉田がウンと言うはずもない。


「単純に計算して魏の戦力は我が軍の2分の1です。曹操にそれほど自虐趣味があったとは思いませんでした。」


戦は数の多い方が断然有利に決まっているのである。どう見ても3年に勝ち目はなかった。


「陛下は、“官渡の戦い”ではそれよりもっと大きな戦力差をひっくり返して勝ったのだと・・・2対1など何ほどのものでもないと笑われて。」


確かに“官渡の戦い”は、曹操軍1万に対して袁紹軍は10万と伝えられている。

そこまで差があったかどうかは定かでないが、曹操が誰が見ても敗けると思われた戦いを勝ったのは間違いないことだった。


「袁紹などと我が君を一緒にして欲しくありません。」


明哉は不快気に眉をひそめたが、拓斗にそれを言っても仕方ないことであった。

それでも明哉の愚痴は止まらない。


「そもそも官渡の戦いの緒戦の“白馬の戦い”を曹操が勝てたのは、関将軍の働きのおかげですし、長引く戦いに撤兵を考えた彼を(いまし)めたのは敬候(荀イク)です。曹操が前線で戦えたのも敬候がしっかり後方を守っていたからこそのこと。その2人がいない今、どこをどうして吉田は自分の勝利を確信できるというのですか?」


俺に聞くな!と拓斗は言いたい。


・・・確かに、官渡の戦いのあった当初、劉備とはぐれ劉備の生死すらわからなくなっていた関羽が、一時曹操の客将となり戦って、袁紹軍の猛将顔良(がんりょう)を討ち取ったのはここに居る誰もが知る事実である。

また、直接従軍こそしなかったものの、この戦いにおける荀イクの功績が、戦場にいた誰よりも勝るモノであることは曹操自身が認めていた。


その関羽も荀イクさえも、今は桃の味方なのである。


吉田にあの当時の力があるとはとても思えなかった。




そして何よりも、その事実(・・)は次々と入ってくる戦況報告で証明されていく。


「魏の東の砦。趙将軍率いる80名が攻め落としました。」


報告したのは大江・・・徐庶である。明哉を見て嬉しそうに親指を1本立てて見せた。


「魏の北の砦。呂公を中心に攻撃中。旗を降ろすのは時間の問題だと思うよ。」


ゆったりと笑うのは牧田・・・劉表であった。

呂布のあの破壊力で攻撃されている北の砦には、敵とはいえ同情してしまう。


「南の砦も周公と程公の前になす術もありません。ぞくぞく投降者が出ているようですよ。」


飄々とそう報告するのは2年の小黒・・・魯粛であった。仲西が和睦を結んだと聞いて一番喜んだのが、この魯粛である。

周瑜と程普も自らの敗戦のうっぷんを存分にはらしているようだった。


「西には、智也が馬家の兄弟を連れて行っています。攻略に失敗するなんて可愛げのあることをあの男がするはずがありません。」


明哉は苦虫を噛み潰したような表情でそう締めくくった。

確かに法正が、明哉に失敗の報告をするような失態を犯すはずもなかった。




圧倒的な数の差で、魏の砦は蜀と呉の連合軍の前に次々と落ちている。

おそらく今日中に曹操のいる中央の砦以外の全ての砦が陥落するのは間違いないだろうと見られていた。


当たり前であれば桃たちの降伏勧告は正しい。

この状況で白旗を挙げない吉田の方がおかしいのだ。




しかし・・・


「学年末決戦も、もはや明日の最終日を残すのみ。」


「・・・厳しいですね。」


いつも以上の憂い顔の内山の言葉に、明哉も詰る勢いを弱まらせ、表情をくもらせた。


・・・こうまで簡単に魏の砦が落ちている背景には、曹操が自分の軍勢のほとんどを中央の砦に集中させているという事実がある。


つまり残りの砦をいくら落とそうとも、魏の本隊はほとんど無傷で残っているのだった。


残り1日で魏の主力が立てこもった中央の砦を攻略するのは至難の業といえよう。


事実、今も天吾・・・ホウ統が、黄忠、厳顔という老将コンビ率いる100名以上の軍勢で中央の砦を攻めているはずなのだが、そこからは吉報が届いて来ない。



「1日は短すぎる。」



それが結論だった。




「陛下もそれを重々わかっています。余程の事がなければ降伏されることは有り得ないでしょう。」


申し訳なさそうに拓斗はそう言った。


仲西が自分の座っていた目の前のテーブルをドンと叩く。


「諦めるのは、まだ早い。各砦を落とせばその分、更に兵を中央の砦に向かわせることができる。総力を挙げての強行突破ならば攻略も不可能なわけではないはずだ。」


その言葉は、理論上は十分可能な攻めだった。

しかし強固な城塞とよく鍛えられた兵により守られている砦を落とすことは理論だけでなんとかできる程甘いモノではない。


現状の厳しさはいささかも変わるものではなかった。




・・・それでも桃は、仲西の言葉に力強く頷く。


「もっと困難な戦いも絶望な状況も、我らは力を合わせて乗り越えてきました。それに比べれば今世の事態など幾何(いくばく)のものでしょうか。」


群雄割拠し覇権を争った三国時代。


彼らはその中で生きた武将たちだ。



「まだ1日あります。」



桃の言葉に頷く誰の目にも、諦めだけはなかった。


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