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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 7

「和睦?」


不信感を露わにしてこちらを睨む仲西と荒岡に、桃はニコリと微笑む。

その可愛い笑みに、こんな時なのに2人は思わず頬が赤らむのを感じた。

そんな呉の君主と大督を冷たく見ながら、桃の脇に立っていた明哉が形の良い口を開く。


「そうです。かの赤壁の戦いでも蜀と呉は同盟を結び、共に魏を打ち破りました。あの見事な大勝利を再び手にしてみたいと思いませんか?」


・・・まるでどこかの悪徳商法の詐欺師のような口調だった。


胡散臭いことこの上ない。

何よりそのキレイな顔が気に入らない!と自分たちの顔を棚に上げて2人とも思う。


「“夷陵(いりょう)の戦い”の際は、こちらからどれ程和睦の申し入れをしても頷いてもらえなかったと聞いていますが?」


荒岡は皮肉に笑って明哉を睨み返した。


蜀が大敗し、最終的に劉備の死にまで繋がった“夷陵の戦い”を持ち出され、流石に明哉の顔も強張る。


―――“夷陵の戦い”とは、呉の策略で関羽を殺された事件を皮切りに、その仇討ち戦の準備の最中に張飛まで失った劉備が、怒りに駆られて呉に攻め入った時の戦いである。―――


確かに開戦時、圧倒的な勢いで呉を打ち破った劉備に対し、孫権は和睦を申し出た。

そのことごとくを劉備は拒絶したのである。

関羽、張飛という旗揚げ当初から長年ともに戦ってきた義弟(おとうと)たちを喪った劉備の悲しみは、自分が優勢な間に和睦を結ぶという、平時ならば当然できるはずの冷静な判断が下せなくなる程に深かったのであった。


並み居る蜀の寵臣たちも、荒岡の言葉に皆、色を変える。


「孫呉の前部大督は、ご自分の立場もおわかりになっておられぬと見える。」


冷たく言い捨てたのは、智也・・・法正だった。“夷陵の戦い”は、法正さえ生きていれば劉備を止められただろうし、止められなかったとしてもあのような大敗は必ずや避け得ただろうと孔明をして嘆かせた戦いである。

荒岡の言葉は、自分がこの方こそと思い定めた君主の大事に、生きて傍にある事ができなかった法正の逆鱗に触れたのだった。


当然、自らの死が劉備の怒りを呼んでしまった関羽(利長)や張飛(翼)、自分の弟の裏切りが関羽の敗死につながった麋竺(猛)なども、きつく荒岡を睨み付ける。


全員が心中穏やかならざるものを抱えていた。


「事実は事実だろう。」


怯むことなく荒岡は言い返す。荒岡とて今この状況に平穏でいられるはずもなかった。


ピン!と空気が張りつめて、一触即発の雰囲気が周囲に(みなぎ)る。



それを(なだ)めたのは仲西だった。


「止めろ、櫂。お前とて自分の死んだ江陵での戦いを持ち出されれば面白くないだろう?」


・・・実に度量の大きい、いかにも君主然とした対応であった。


この場にいるもう1人の君主も(いさ)める側に回る。


「そのとおりです。前世の遺恨を引き摺らないのがこの世界のしきたりです。みんなの気持ちは嬉しいですが、どうかそれに流されないでください。」


桃にまでそう言われてしまえば、男たちは怒りを収めざるをえなかった。

渋々といったように緊張を解く。



「確かにかつての()は、激情にかられ引き際を誤りました。だからこそ仲西さんたちにお願いします。怒りを捨ててここで和睦を結んでいただけませんか?」


真摯な桃の言葉に荒岡は黙る。


仲西の碧の瞳が鋭く桃を射抜いた。



「和睦の条件は?」



桃はホッと息を吐く。そのまま明哉を促した。


「第一に、1年の全校制覇を認める事。」


明哉の硬質な声の告げる内容に、仲西と荒岡は眉をひそめる。


「2年には全校制覇を共に成し遂げ協力したという立場をとってもらいます。・・・当然呉の旗はいただいて代わりにこちらで用意した旗を立ててもらうことになります。」


砦を奪い、相手の旗を降ろし、かわりに自軍の旗を立てることがこの戦いの目的だ。

全ての旗を奪わなければ全校制覇とはならない。


「・・・我が軍は、未だ敗れたわけではない。」


確かに荒岡の言うとおりであった。

いくら孫権、周瑜という呉の中枢が捕えられたとしても呉の砦はまだ1つも落とされてはいない。この現状で和睦とはいえ、実質的に旗を奪われ敗けた形になる事態を受け入れることは、2年にとってデメリットが大きすぎる取引と言えた。


しかし桃は静かに首を横に振る。


「まだ敗れていないからこそ、この形での和睦が結べるのです。敗れた後では2年は文字どおりただの敗戦者です。・・・敗者となるか、それとも共に勝者となる道を選ぶか。比べるまでもないものだと思いませんか?」


桃の問いかけに、しかし仲西は渋い顔を崩さない。


「・・・敗れると決まっているわけでは、ない。」


「あなた方を失った今の呉に、勝ち目があるとでも?」


「勝たずとも敗けぬことはできる。」


堂々と言い放った仲西に・・・桃は失望の色を隠さなかった。



「・・・この“世界”で、そんな(・・・)戦いを選ぶのですか?」



孫呉の君主であったあなたが?と言い放つ桃は、小さな少女でありながらこの場の誰よりも大きく見えた。




・・・そう、“ここ”はセカンド・アースである。


かつて一国の命運を背負い戦った両雄も、ここではただの学生の立場だ。

その肩には、民草の命も自国の存亡もかかっていない。

今この瞬間対峙しているこの“戦い”は、ただの授業の一環だ。


その目標を敗けぬこと(・・・・・)に置くのか?と桃は仲西に問いかけていた。


「不本意な和睦を受け入れることと、どれほどの違いもなかろう。」


仲西の言葉に桃は首を横に振る。


「事が、蜀と呉の二国だけの問題ならばそうと言えるかもしれません。しかし我ら(・・)の前には魏がいます。和睦は戦いの終わりではありません。むしろ共に魏へ立ち向かう始まりのゴングです。」


・・・その戦いからあなたは逃げるのですか?・・・


言葉にしない桃の声が聞こえた気がした。





遥かな昔、広大な中国の大地に三人の英雄が同時にあった。


諸葛亮の天下三分の計を「善し。」とした、英雄の1人劉備は、もう1人の英雄呉の孫権と結び、残る1人・・・もっとも強大な力を持った魏の曹操と対抗するため蜀を起こし、天下統一の機会を狙った。





(こいつは・・・)



桃は・・・この目の前の少女は、間違いなく劉備なのだと仲西は思う。


三国の戦いを堂々と渡り合った蜀の君主。


その”(おとこ)”にとって、こんな学校での遊戯のような戦いは“戦い”とは呼べぬものだ。

だからこそ、こんな戦いで、“敗けぬ”ことを目指す仲西を「善し。」とすることはできないのだろう。



「・・・“江東の虎”の子よ。お前は曹操を倒したいとは思わぬのか?」



真っ向から仲西を見て挑発する桃の目は、底知れぬ光を(たた)えていた。


仲西は・・・黙り込む。

決して逡巡(しゅんじゅん)していたわけでも、ましてや桃の言葉に反発を覚えていたわけでもない。

ただ突如、桃の中から浮かび上がってきた”(おとこ)”の迫力にわずかに飲まれていただけだった。


しかし、その沈黙をどう受け取ったのか桃は小さなため息をもらす。




「・・・ここでためらうような者に、剛は渡せない。」


「?!」


仲西はハッと目を見開いた。


「・・・剛に告げよう。お前の主はダメ(・・)だと。早々に見切りをつけ、呉の全てを手にして私の元に参じよと。我が元であれば、張公も思う存分力が(ふる)えよう。・・・今のお前では、剛の主としては力不足だ。」


仲西は激昂した。


「公は、私の(・・)臣だ。」


「ならば、それに相応しい器を見せよ。張公は優れた政治家であり高い名声を持つ学者でもある。(まつりごと)を行う事も軍を率いることも息をするように簡単に行える方なのだ。お前はそんな方の主となれる人間なのか?」


「公のことを知ったような口をきくな!」


誰より張昭のことを知っているのは自分なのだという自負が仲西にはある。張昭が偉大なことなど誰よりわかっていた。そんな事を劉備に教えられるいわれはない。



鼻息荒く睨み付ける仲西に、桃は・・・ニコリと笑う。


仲西の怒気がスッとかわされた。



「・・・剛は、呉のあなたへの忠義はビクともしない盤石なものであると言いました。」



「なっ?」


桃の言葉は静かに続く。


「・・・自分が進言し、あなたが認めるのであれば、2年のほとんどは和睦を結ぶことを受け入れるだろうとも。剛と2年生の信頼に応えてくださいますか?」


仲西は・・・ポカンと口を開けた。


そんな顔でもイケメンはイケメンなのねと桃はちょっと呆れる。


「公が、そんなことを・・・。」


いつどこでそんな話をしていたのだという疑問が仲西の頭の中を巡る。



「”敗けぬ”ことを目指すのではなく、共に勝利を目指しましょう。」



ダメ押しのような桃の再度の笑みは・・・完全に仲西の毒気を抜いた。


その様子に、黙って聞いていた荒岡が深いため息をつく。



「最初から和睦の交渉をするために、私たちを標的に攻めていたのですね?」



桃はあっさりとそれを認める。


少し離れていたところでこの様子を見ていた理子に小さく合図した。

理子は、何かを抱えてタタタッと駆け寄ってくる。迷惑そうな翼に、その何かの一方の端を持たせ、自分が反対の端を持って、それを仲西たちの前に広げて見せた。



「!?・・・これは。」



それは、大きな旗であった。


砦に掲げる旗である。


その旗の中央には漢という字が入っている。


そしてその左下に蜀という字が、右下に・・・”呉”という字がくっきりと刺繍されていた。


「これは呉の砦に掲げてもらう分の旗です。自軍の旗であればデザインは自由で統一する必要はないと先生から許可をもらっています。」



桃は、2年に渡す旗の1枚1枚に自分で心を込めて刺繍したのであった。



「私も手伝ったのよ。」


得意そうに理子が言う。


「・・・おまえがしたのは、どうせ針に糸を通すとかそういうことだろう?」


言わずもがなのことを言うのが仲西だった。


「刺繍糸を通すのは、すごく難しいのよ!」


憤然として理子が怒る。

翼が頭を抱えた。




「この旗を砦に()げてくれませんか?」




桃の瞳がひたと仲西に向けられる。

見れば桃の目は少し赤い。いくら呉の分だけとはいえ、砦に(かか)げるほどに大きな旗に刺繍をするのはたいへんだったはずだ。



「・・・お前は。」



呆然と仲西は呟いた。



「返事を。」



真っ直ぐに桃は見詰めてくる。




三国を争った(おとこ)


それでいながら、こんな繊細な刺繍を丁寧に施せる優しい少女。




桃の言葉に・・・仲西は頷いた。




「和睦を結ぶ。」




桃の目を見返した仲西の目に揺るぎはなかった。






学年末決戦3日目。

2年が1年に協力し1年の学年制覇を支える形で、蜀と呉の間に“和睦”が成る。


呉の砦には、桃の刺繍した旗が燦然と(ひるがえ)った。


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