学年末決戦 6
仲西は自分が嵌められたのだという事をようやく理解した。
“わしは、お止めしましたぞ。”
脳裏に剛・・・張昭の言葉が蘇る。
魏・・・3年が1年の猛攻を受け、吉田が逃げ惑い、吉田の股肱の臣である堤坂(夏候惇)が1年の立木(趙雲)に討ち取られたという噂を聞いて1日。
今こそ、互いに互いの喉笛にくらいついている両軍を討つ絶好の機会と、篭城策を変更し討って出ると宣した仲西に剛は反対したのであった。
“バカな。これ程の好機を公は見過ごせと言うのか?”
仲西のその言葉に、剛は己の意見を引っ込める。かわりに告げられたのが最初の言葉であった。
(公には、こうなることが見えていたのか?)
「考え事とは余裕だな呉大帝!手加減は無用と見える。」
ニヤリと笑いながら、槍を突き付けてくるのは、翼・・・張飛である。
天使のようと囁かれる可愛い顔を無慈悲に歪め、仲西に対峙している。
その足元には、つい先刻まで仲西を守っていたいずれも手練れな呉の武将が5人倒れ伏していた。邂逅からものの数分で5人全てを打ち倒した翼の実力は言うまでもないだろう。
明らかに、1、2学期よりも腕を上げている現実に仲西は悪態をこらえた。
しかも、翼はまるで待ち構えていたかのように仲西の前に現れたのだ。
・・・篭城していた砦から出て、軍を分けて進軍をはじめたのはつい先刻のことだった。
それを見ていたかのように1年は直ぐに攻撃を仕掛けて来た。
ふいを突かれたために軍が乱れ、やむを得ず「陛下だけでも砦にお戻りください。」と言われ、屈強な兵5人に守られて移動していた仲西に、「ようやく出て来てくれたか。」と舌なめずりをするかのようにニッと笑い、翼は襲い掛かってきたのだった。
これはもうどう考えても、自分たちは1年の策に嵌められ城から引き摺り出されたのだとしか思えなかった。
歯噛みしたい思いの仲西の顔を楽しそうに翼が見る。
「その首、燕人張飛が貰い受ける。覚悟しろ!」
大きく槍が振り上げられた。
もはやこれまでと仲西が目をつぶった、その時だった。
カンッ!という高い音がして張飛の槍が高々と撥ね上げられる。
「陛下!ご無事ですか?」
見事な手綱さばきで仲西と翼の間に割り込んできた騎馬がいた。
「程公!」
程普・・・松永であった。
「邪魔するな!俺の狙いはそこな大帝の首1つ。素直に退けば見逃してやってもいいぞ。」
気の弱い者ならば腰の抜けるような迫力の張飛の威嚇を、程普は黙って矛を突き付ける事で返す。
一歩も退かぬ気迫がその姿に漲っていた。
「陛下、ご安心ください。この程普が来たからには張飛ごとき無頼漢に指一本ふれさせはしません。・・・周公も直ぐに駆けつけて参ります。しばしご辛抱を。」
松永の言葉に仲西は顔を青くしながらも頷いた。
周瑜・・・荒岡が来てくれればこれ以上に心強いことは無い。
しかし、松永のその言葉を聞いた翼は、何故か嬉しそうに笑った。
「はっ、ははっ、そうか。周郎もここに来るか。」
口が弓なりに弧を描く。
可愛いはずの笑みが獲物を見つけた獰猛な獣のように見えた。
突如利き手とは反対の手の中指と親指で円を作り、そのままそれを口の中に入れ音高く指笛を鳴らす!
“ピーィーーーッ!!”と甲高い音が周囲に響き渡った。
「何っ?」
“ピィーーーッ!”、“ピュィーーッ!!”とあちこちからまるで返事をするかのような指笛が響いてくる。
「手柄を独り占めできぬのは業腹だが、ここは確実に仕留める方を選ばぬわけにいかぬからな。」
兄哥に怒られてしまうとひどく残念そうに翼は言う。
翼が間違いなく仲間を呼び寄せたと知って、松永は気合の一撃を翼に浴びせた。
「なんのっ!」
翼はそれを両手で槍の両端を持ち、頭上でガッシッ!と受け止める。
「陛下!ここは私が足止めいたします。お早く砦にお逃げください。」
「させるかっ。」
松永の矛をかいくぐり、仲西へと迫る翼を必死の形相で松永が止める。
「早く!」
頷いた仲西は、脱兎のごとく逃げ出した。
仲西とて戦乱の三国時代を生き抜いた漢である。個人の武勇も決して人後に落ちるものではないと自負している。しかしそれと同時に自分の実力が、英雄たちの中でも群を抜いている張飛や程普などに敵うべくもないこともよくわかっていた。
自分がここでできることは、いち早く安全な場所まで逃げて程普の足手まといにならぬことなのだと仲西は己に言い聞かせる。
歯を喰いしばって砦目指し馬を走らせた。
そんな仲西を救うかのように、まもなく前方から見知った人馬が数騎駆けつけて来る。
「周公!」
先頭の美麗な将は言わずと知れた周瑜であった。
助かったとホッと息を吐く仲西の隙をつくように、その眼前に見惚れるような素早さで1人の武将が立ちはだかる。
「!!」
慌てて馬の手綱を引いた。
棹立ちになった馬の背に必死にしがみ付きながら見た相手は、1年の利長・・・関羽であった。
「ひっ!?」
関羽の大剣が仲西の喉元に突きつけられる。
「降伏しろ。」
静かな一言だった。
慌てて逃げ出そうと後ろを向けば背後にいつのまにか赤い人馬が回り込んでいる。
「・・・呂布。」
堂々としたその姿。
それはまさしく赤兎馬と呂布・・・串田だった。
「陛下っ!!」
叫び駆け寄る荒岡の前にも見事に鍛えられた巨体が軽々と躍り出る。
「!!・・・牟郷候。」
それは許チョ・・・戸塚であった。
「諦められよ。周公。既に周囲は囲った。貴公にも呉大帝陛下にも、もはや逃げ延びる道はない。」
諭すような穏やかな声に、荒岡は目を光らせる。
「何が目的だ?」
・・・それがわからなかった。
荒岡は決して油断していたわけではない。
確かに今回の呉の軍勢は討って出たとはいえ然程多くなく、君主である仲西を守るにしては手薄だったかもしれない。
しかし、この戦いの目的が旗の奪い合いである限り、自軍の主力は砦の守りに回すべきであり、攻撃側に重点を置き過ぎるようなことは避けるべきことであるはずだった。
事実、今ここで仲西と荒岡が捕えられたとしても、それは即、蜀の勝利とはならない。
呉の砦は1つたりとも落とされていないからだ。
例えこの場で2人が討ち取られたとしても、呉には、まだ魯粛、諸葛謹といった名軍師が残っている。彼らが指揮を執り今まで通りの篭城策を続ければ、蜀の全校制覇は相変わらず厳しいと言えるだろう。
何の役にも立たぬ自分と仲西を捉えるためにこれほどまでの主戦級の武将を投入する蜀の方がおかしいのだ。
「いったい何を考えている!?」
厳しい口調の荒岡の前に、1人の人物が歩み出た。
「それは、直接桃に聞くと良いよ。」
うっすらと笑みを浮かべるのは、劉表・・・牧田であった。
「どのみち君たちには他に選べる道はないけれどね。」
荒岡がギリリと歯を喰いしばる。
呉大帝・・・孫権と周瑜が蜀の手に落ちたという噂は、あっという間に戦場を走ったのだった。




