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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 5

「いったい、どうなっている!」


イライラと吉田は怒鳴る。

怒鳴りながらも、次から次へと飛来する朱液のたっぷり含まれた矢を、端から叩き落としていた。

赤い鎧はもちろん、頭から顔から手足の先まで朱液に(まみ)れている。


「いたぞ!曹操、そこかっ!」


そこに突然繁みから飛び出て来た1年が、勢いよく吉田に討ちかかってきた。


「下郎!陛下に一歩たりとも近づかせるものか!」


咄嗟に吉田を庇った岩間・・・典韋(てんい)が、その剣を自らの大双戟の一撃で弾き飛ばす。


「・・・ぅっ・・・くそっ、みんな!曹操はここだ!ここにいるぞ!」


岩間に押されながらも、逃げ出さず大声で仲間を呼び寄せる1年に、吉田はチッと舌打ちをした。


「逃げるぞ。いったん退()く。」


矢を打ち払いながら、吉田はたまらず退却命令を出した。




・・・いよいよはじまった学年末の最終決戦。


戦いの当初から、1年は全て、ただ1人吉田を目標に攻め込んできていた。

用意周到に巡らされていた罠も、雨霰のごとく四方八方から飛び来る矢も、前後左右から迫る剣も、その全てが吉田に向かって来る。


奉孝(ほうこう)、どういうことだ?!」


無様に逃げ出しながら、吉田は吠えるように聞いた。

当初は大勢の味方の軍を率いていた吉田も、今は巧みに自軍から引き離され、岩間を中心とした数騎に守られるばかりの状況に追い込まれている。


奉孝とは郭嘉(かくか)(あざな)であり、怒鳴りつけられたのは城沢であった。

吉田めがけて飛来する矢を一緒になって払いながら、城沢は混乱も露わに泣き言のような言い訳をする。


「どうもこうも、奴らの狙いはさっぱりわからない。・・・いや、狙いが陛下だという事はわかりすぎる程にわかるんだが、その意図が不明だ。」


またも飛来した矢を打ち払った城沢のキレイな顔に、朱液がべったりついた。それを拭く暇もなく城沢は言葉を続ける。


「確かに敵の大将を狙うのは正攻法ではある。だが、此度の(いくさ)は大将が倒れてもそれが即敗戦とはならない決まりだ。オリエンテーション合宿とは違うんだ。この戦いで狙うべきは各砦の”旗”であり“人間”ではない!主君を倒された我が軍の意気が落ちるのを狙っているのかもしれないが、それは一歩間違えば逆効果になる可能性もあることなのだ。・・・文若はそれを十分承知のはずなのに、奴ら旗には見向きもしないで陛下を攻めてくる!いったい何を考えているんだ!?」


それは、城沢・・郭嘉にしてみれば、頭を()(むし)りたいほどに想定外な事だった。


郭嘉は、この戦いの前に旗を狙ってくるだろう蜀を陥れる策を入念に準備していたのだ。

罠とは思えぬような微かな隙を作り、その隙を突くだろう蜀を包囲する策が1つ。

真っ向から軍隊同士がぶつかった際に、押されるふりをして敵軍を引き込み、そこを挟撃する策をもう1つ。

他にもさまざまな場面を考え、その全てに対応できるよう兵も鍛え上げてきた。


なのに・・・


「こんなに陛下が好かれて(・・・・)いるとは思ってもみませんでしたよ。」


ちゃかしでもしなければやっていられないような状況だった。


「他はどうなっている?」


その城沢の言葉に顔をムッとしかめながら吉田が確認する。


「陛下と同じように狙われている者がもう1人います。」


「誰だ!?」


「忠候殿です。」


忠候とは、夏候惇・・・堤坂のことだ。

自分が全幅の信頼を預ける忠臣が、自分と同じような目にあっている事実に、吉田はギリッと歯をくいしばる。


何故か脳裏に桃の姿が思い浮かんだ。


しかも、それはいつも自分を惹きつけずにおかないあどけない少女ではなく、瞳を深くけぶらせた底しれぬ雰囲気を漂わせる危険極まりない敵の君主としての桃の姿だ。

自分の思い浮かべた想像の姿にほぞを噛む。




「・・・なんとかしろ。」


吉田の低い一声に、城沢は背筋を伸ばした。


「忠候殿と合流し守りを固めるのが1案。このままバラバラに行動し敵の攻撃を分散させるのが2案です。」


フムと吉田は考え込んだ。


どちらも一長一短のある案である。




しかし、吉田にとって残念なことに、徹底した蜀の攻撃は吉田に悩む時間さえ与えなかった。


「おおっ!そこに居たか。ここで出会えるとはなんたる僥倖(ぎょうこう)!俺は運がイイ。曹操、その首もらい受ける。いざっ、勝負!」


突如、吉田の目の前に馬に乗った見事な美丈夫が現れた。


それは錦馬超と呼ばれる、馬超・・・隼であった。


・・・顔の色冠の白玉の如く、眼は流れる星の如く、唇は紅をさしたようで虎の如き体躯、猿の如き(ひじ)、腹は(ひょう)の如く、腰は狼の如き・・・かつて馬超は、そう評されている。

要は非常に容姿端麗な男だったのだ。


今世の隼もまた背が高く、引き締まった体躯を持つ目立つ容姿の男子生徒である。

しかもその勇猛さは、1年でも群を抜いていた。


今日の隼は、槍や剣ではなく”()た”と呼ばれる先に鋭い5本のカギ爪のついた(もちろん先端は朱液スポンジ付きである。)飛び道具を武器にしている。

馬超はこれを得手にしていたのであった。


ブンブンと振り回され、まるで自身の手を伸ばすかのごとく自由自在に操られる”飛た”が、吉田めがけて襲い掛かる。


「はっっ!」


気合い一閃、それは吉田の眼前で、岩間が今はふたつに分けた大双戟の一方で絡め取った。

間髪おかずもう一方の戟で隼に斬りつける。


あっという間に”飛た”を離し腰から大剣を取り出した隼は、ガッキッ!とその刃を受け止めた。


「やるな。将軍。」


「流石、武猛校尉。しびれるような重い一撃だ。心行くまで剣を交えてみたいものだが・・・今の俺の敵は貴公ではない。退かれよ校尉!我が望みはそこな奸雄(かんゆう)の首1つ。曹操!いざ尋常に勝負!」


「なんのっ。させるか!陛下に指1本触れさせはせんぞ!」


隼と岩間・・・馬超と典韋は、真正面から堂々とぶつかり合った。


火花が散り、疾風が起こる。


興奮した馬のいななきと蹄のたてる土ぼこりで周囲の空気が緊迫感を帯びる。


それは、見惚れるような戦いだった。




「陛下!今の内です。早くあちらへ!」


しかし、それに目を奪われている場合ではなかった。

いつ馬超に続く蜀の武将が現れるかわからないのだ。一刻も早く安全な自軍の隊と合流しなければならない。

自分を守るために戦う岩間を見捨てるような形で移動することに自己嫌悪を覚えながらも、今は身の安全を最優先にして、吉田たちはこの場を後にする。


それは本当にぎりぎりのタイミングだった。


たった今まで吉田のいた場所にヒュンッと唸りを上げて一本の大矢が突き刺さる。


「待てっ!曹操。黄忠ここにあり。我と出会えっ、そこ動くな!」


馬上豊かに長弓を構え、駆け寄る将は黄忠・・・悠人であった。

叫ぶ間も2射目が吉田のすぐ脇を掠める。


こうも続けざまに攻め立てられ、流石の吉田の忍耐も切れそうになった。


「逃げるか!卑怯者。」


その言葉に振り向き立ち合おうとした吉田を城沢が必死に止める。


「陛下!今は無事逃げ延びることこそが大事です。全てはその上でのこと。」


吉田はグッと拳を握りしめた。


「早く!」


黙って馬首を自陣へと向ける。





吉田は事ここに至り、ようやく己が今回の戦を甘く見ていたことに気づいた。


(手を抜いたつもりはなかったが・・・)


3年で卒業式目前で、ほとんどの生徒が進路も決まり、この戦いは一種のセレモニーのような風潮が3年にはあった。


(1年の全校制覇を阻止する気は満々だったんだがな・・・。)


”阻止する”ことと”戦に勝ちに行く”こととは同じようでいて違う。


何が何でも勝って全校制覇を成し遂げようと決意していた1年との違いが、この現状に現れたといえるだろう。


そう言えば、拓斗・・・華キンがこのままでは間違いなく魏は敗けますと苦い顔で宣言していたなと思い出す。同じ1年で桃の側にいた拓斗にはこの結果が見えていたのだろうと今更ながらに思う。



「俺は、戦の何たるかを忘れていたということか・・・」



自嘲するように漏れた言葉に城沢が驚いたような顔を向ける。

吉田の心中を察したのだろう。いつもふざけてばかりの城沢の顔が悔しそうに歪んだ。




「・・・まだ遅くない。最終戦ははじまったばかりだ。この初戦に敗れて(・・・)俺たちは気づけた。これを幸運となせばいい。」


敗れた(・・・)と、はっきりと吉田はそう言った。


コクリと城沢が頷く。




天を仰いだ。

冬の早い夕暮れが近づいて、空は茜色を帯びてきている。

幸いにしてこの戦は日没とともに一旦止められる決まりになっていた。



「天よ、百難を我に与えよ・・・か。」



それは曹操の言葉として言われているが、曹操自身は言った覚えのない言葉であった。おそらく後世に作られた三国志の物語の中で誰かが創作したものなのだろう。

百難など御免こうむると吉田は思う。


しかし・・・



「与えられた難を難のままにはおかぬ。」



天を睨む。



前世も今世も変わらぬ天を。



戦いははじまったばかりであった。


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