学年末決戦 3
「これは、作戦なの。だから私は貴志なんか何とも思っていないのよ。でも、桃ちゃんが気にするから。だから特別に側に居てあげる。いい。勘違いしちゃダメよ!」
くどいくらいに説明する理子に、仲西はどう反応していいのかわからずに大人しく向かい合わせて座る。
ここは南斗高校生徒会室。
昼休みに突然押しかけてきた理子に、一方的に「私と仲良くしなさい!」と命令されて、仲西は途方に暮れていた。
残念なことに、今日はいつも一緒の荒岡も剛も他のメンバーも誰もいない。
全員他に用があるそうで、生徒会室には仲西1人だった。
理子と2人きりは、イヤではないが(イヤなような相手と婚約しようと思う程仲西はマゾではなかった。)何故か後でどっと疲れがくる。
「どんな作戦なんだ?」
それでもこうなってしまったことは仕方ない。仲西は会話を続けようとした。
「バカじゃないの?そんな事、教えられるはずがないじゃない。私とあなたは敵なのよ。あなたはただ私の言う事を聞いて私と仲良くしていればいいの。」
敵なのに仲良くしていて良いのだろうか?と思うのだが、理子はそれ以上仲西に説明する気はないようで、勝手に持参してきたお弁当を広げはじめる。
「本当なら昼休みはいつも桃ちゃんとお弁当を食べるのに、全くイヤになっちゃうわ。」
なんで私がこんな所で食べなくっちゃいけないのよ!?と文句を言われても仲西にはどうすることもできない。
そんなにイヤなら食べなきゃいいだろうとは思ったが、賢明にも口にはしなかった。
「貴志は、お昼食べないの?」
「あ、いや私は、昼はいつも食べないか、食べてもパン1つくらいで・・・」
元々仲西は食が細い。
前世も今世も裕福な環境で育ち飢えるような経験がないためだろうか、食べることに関して執着がないのである。
どちらかと言えば、食よりも酒の方に興味があったりする。
いかにも宴会好きな孫権らしい好みだった。
しかし、それを聞いた理子はムッとする。
「ダメじゃない!ご飯は3食きちんと食べなきゃ。もう、何わがままな子供みたいなことを言っているのよ。」
ここに来なさい!と理子は自分の隣の椅子をポンポンと叩く。
こんな時の理子には何を言っても無駄だと前世の時からよく知っている仲西は、おとなしく理子の隣に席を移動した。
「はい。あ〜ん。」
勢いよく、おかずのタコさんウィンナーに箸を突き刺した理子は、それを仲西の口元に差し出す。
「え?」
呆気にとられた顔も美形はさまになる。
マヌケに開けた口に、タコさんウィンナーがポンと放り込まれた。
慌てて口を閉じれば箸だけが抜けていく。
多めに作っておいて良かったわと言いながら理子はおにぎりを1つ仲西の手に握らせた。
「今日はそれで我慢しなさい。明日からはきちんと貴志の分まで作ってきてあげるから。あ!梅干しは食べられる?」
反射的に大丈夫だと答えながら、仲西の頭の中は?マークでいっぱいだった。
明日からということは、理子はこれからずっと自分の昼食を用意してくれるつもりでいるのだろうか?
いったい何で?
「・・・自分で弁当を作っているのか?」
さまざまな疑問が頭を駆け巡っているのに、口を開けば仲西は、そんな無理に聞き出す必要のないような事を聞いていた。
「そうよ。桃ちゃんと一緒に作るの。」
理子はどこか得意げに答える。
各寮に立派な食堂があり、校内にも豊富なメニューの学食や売店を備える南斗高校でお弁当を作る必要性は、実はあまりない。
しかしそれでもかなりの数の女子生徒にMyお弁当が流行っている背景には、他ならぬその豊富なメニューが関係していた。
外食は・・・太るのである。
特に軍学などという常ならぬ授業科目を抱える南斗高校特別クラスに提供される食事は、高カロリー高タンパク質というダイエットの敵のような内容なのだった。
自衛の手段として一番有効なのが自炊なのはわかりきったことである。
南斗高校には、そんな已むに已まれぬ事情を抱えた生徒の要望を叶えるための調理場や調理器具が用意され、食材までもが豊富に揃っていた。
別にそんな“事情”はないが料理が好きで得意な桃の指導の元、今では1年女子のほとんどと、何故か男子生徒の一部までがMyお弁当や時には食事などを作っていたりする。
理子がその仲間に入っていないはずがなかった。
得々とそんな事情を語る理子に・・・
「・・・お前に料理が作れるとは思わなかった。」
やはりと言うべきかなんと言うべきか、仲西はあまりにも正直に不用意な一言を浴びせた。
踏まなくても良い地雷を踏むのが好き?な仲西である。
「失礼ね!このタコさんウィンナーの目をつけたのは私なのよ!黒ゴマを、つまようじで開けた穴に入れるのはとっても細かい作業なんだから!」
憤然として理子が叫ぶ。
確かにお弁当の中のタコさんウィンナーには、微妙に位置がずれた、見ようによっては愛嬌のある黒ゴマの目がついていた。
「・・・ウィンナーに切れ目をいれたのは?」
いくら仲西と言えど、タコさんウィンナーというモノが、ウィンナーに切れ目を入れてそれをフライパンで焼くものだということくらいは知っている。
「それは桃ちゃんよ!そんな細いウィンナーに8等分に切れ目を入れるのはとっても難しいのよ。私なんかがしたらすぐに足が1本とれちゃうに決まっているわ!」
「・・・・・・」
いや、それを威張って主張されても仲西にはどう返して良いかわからない。
文句言わずに食べなさい!と怒られて、仕方なくまた口を開けた。
無造作に入れられた出し巻き卵は、口の肥えた仲西でも十分に美味しいと感じられる逸品である。
・・・誰が作ったのかなんてことは、聞くまでもないことだった。
「・・・美味い。」
「そうでしょう?切ったのは私よ。」
ニコニコと得意げに話す理子の笑顔は文句なく可愛い。
笑顔は料理の最高のスパイスである。
そういった意味では、確かにこのお弁当は理子の力作と言っていいモノかもしれなかった。
「・・・1年は、全力を挙げて学年末決戦を勝ちにきているんだな。」
モグモグと咀嚼しながら考え込み・・・やがてポツリと呟いた仲西の言葉に、理子は当たり前でしょうと返す。
「2年生だってそうでしょう?」
仲西は・・・静かに頷いた。
勝利を目指し、誰もが自分にできることを精一杯頑張っている。
この高校は良い高校だなと仲西は思う。
自分も負けたくないとも思った。
「でも、そのピーマンは止めろ!」
せっかくのイケメンを歪ませながら、仲西は必死に顔を背ける。
「何よ!桃ちゃんが作ったスタッフドピーマンが食べられないって言うの!?」
「ただのピーマンの肉詰めだろう!私はピーマンだけは苦手なんだ!」
「ウソつきなさい!にんじんとしいたけも嫌いじゃない!」
このお子さま!と叱りつけながら理子は仲西にピーマンを押し付ける。
涙目のイケメン生徒会長は・・・もの凄く情けなかった。
桃の全面的な協力の元、この後理子の”仲西の好き嫌いをなくそうお弁当大作戦”は、仲西が卒業するまで続けられる。
当然その作戦には、剛も荒岡も松永(程普)も協力を惜しまなかった。
・・・全校制覇ならぬ全食材制覇を目標に掲げられ過ごした仲西の学生生活が、充実したものであったかどうかは・・・定かではない。
少なくとも仲西がピーマンだけは克服したことを付け加えておきたいと思う。




