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セカンド・アース  作者: 九重


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学年末決戦 1

「攻城戦とは、やっかいですね。」


内山は、いつもの憂い顔をなお深く曇らせる。


「攻城之法、爲不得已・・・城に攻め入るのは最も劣る下策で、他に方法が無い場合のみと孫子も言っています。」


明哉のキレイな顔も嫌そうにしかめられている。


「いちいち言わなくとも、それぐらい皆知っている。我らが成都城を開城し益州をとるのにどれだけかかったと思っているんだ。」


睨み付ける智也は劉備の成都平定の戦いを思い出しているのだろう。


法正が張松(ちょうしょう)(はか)って主君劉璋(りゅうしょう)を裏切り、劉備に益州・・・蜀をとらせる戦いは3年もの月日がかかった。

しかも長引く戦いは、損失も大きい。


その戦いで劉備は、計画を立てた張本人の張松を亡くし・・・


「俺も死んだしな。」


おどけたように言うのは、天吾・・・ホウ統であった。


ホウ統は、成都の手前のラク県での攻城戦で命を落としている。

36歳。あまりにも惜しい死であった。


「天吾・・・」


桃の辛そうな呼びかけに天吾は明るく笑う。


「昔話だ。桃。俺は今生きてここにいる。・・・・・・生きてあなた(・・・)の側近くに共に居られる。これ程に嬉しいことはない。」


天吾はそう言うと桃の前に頭を下げた。


「・・・士元。」


「“我が鳳雛(ほうすう)”とお呼び下さい。我が君。その呼び名を俺がどれ程誇らしく思っているか、知っておられますか?」


あまり目立たない平凡な容姿の天吾が、もの凄くカッコよく見えた。


桃が天吾の願に応えようとしたところで、明哉が天吾の後頭部をゴン!と叩く。


「っ痛!・・・孔明、貴様!」


「士元のくせにカッコつけすぎです。似合わない真似は止めてください。第一今はそんな場合ではありません。」


どこか不機嫌に明哉は言った。


「俺のくせに(・・・)って何だ!?俺はカッコつけちゃいけないのかよ!」


「いけません。」


即答で明哉は肯定した。


天吾は口をパクパクさせる。



「こ、の・・・っ!イケメン!爆死しろっ!!」



あんまりだと天吾は思う。


桃は・・・プッと吹き出した。


「桃!」


「ごめんなさい。あ、でも仲が良いのね2人共。」



「よくない!」

()は、よくありません。」



否定もぴったり同じタイミングの2人だった。

流石、伏龍(ふくりゅう)、鳳雛と並び称された仲といえよう。


そんな2人に智也は冷たい目を向ける。


(じゃ)れ合いなら他所(よそ)でやれ。今は篭城した“呉”をどう攻めるかを話し合っているのだぞ。」


かつての法正さながらの冷たい視線だった。


「だから私も”今はそんな場合ではない”と言ったのです。・・・しかし、見事な防御ですね。」


徹底的に防御に特化した2年・・・“呉”の砦の図面を前に明哉は唸る。



そう、この学年末の最終決戦で、なんと呉は守備に徹した篭城作戦をとったのであった。



「流石は“周郎”というところか。それとも、今回は剛の・・・“張公”の影響も大きいのか?」


昨年も呉は守備に力を入れた策をとって、吉田率いる魏に最期まで屈せず、内山を(わずら)わせ魏の完全制覇を阻んだのだそうだった。

それでもその時の呉に、今回見えるような一致団結した統一性は見えなかった。最終的には失敗したが、内山の仕掛けた策に内応する者だって出たのだそうだ。


そんな隙が今回の篭城には一切見えないのである。


「みんな、張公は怖いモノね。」


理子が体をブルリと震わせた。


可愛い外見の剛だが、呉の大久保彦左衛門・・・張昭の権威は未だ健在のようだった。張昭が睨みをきかせていて、呉に内通者などでるはずもない。


「厄介だな。」


詳細な砦の図面を手に入れた牧田が苦虫を噛み潰したような顔をする。




そもそも攻城戦というものは圧倒的に攻める側が不利なものなのだった。


なにしろ最も守りが堅い場所に攻撃をしかけなければならないのである。当然リスクは大きく、コストもかかる。


「しかも、兵糧攻めができないとくる。」


兵糧攻めとは、城への兵糧・・・食糧や水、物資の供給を断って、敵を飢えさせ士気を落とす作戦のことである。同時に情報も断ち正確な状況判断を失わせて絶望させるのが常套手段といえよう。


山上に布陣し、お手本のような兵糧攻めを受けて敗戦し、処刑されてしまったという前世を持つ清水虎太郎・・・馬謖が唇を噛んで顔を伏せる。


不破陽向・・・馬良が黙ってその肩に手を置いた。


前世で兄弟だった2人は、今世では親友になっている。




「相変わらず夜間の戦闘は禁止なのですか?」


桃の問いに内山は頷く。


戦えるのは日中だけで、夜になれば戦いを止めて寮に帰り夕飯を食べてぐっすり眠るなどという生活サイクルの中で、兵糧攻めなどできるはずもなかった。


「かといって、圧倒的な大軍で強攻する作戦も(のぞ)めない。」


各学年とも人数にそんなに大きな差はない。

しかもこの戦いの敵は、2年だけではなく3年もいるのだ。呉の攻撃だけに全勢力を投入すれば、あっという間に背後から魏の攻撃を受けるに決まっていた。


「挑発してなんとか外へとおびき出せないか?」


大江・・・徐庶の案に、内山が首を振る。


「仲西はそんな挑発に乗るような男ではありません。」


劉備、曹操に比べて評価、人気ともに低い孫権ではあるが、彼は50年以上にわたって呉の君主であり続けたのだ。流石にそんな見え透いた手にひっかかりはしないだろう。


「強硬策だ!なんとかして突破口を作り侵入して攻撃すればいい!」


声高に主張するのは串田・・・呂布だった。

確かに砦の中に入ってしまえば、呂布や許チョ、関羽、張飛といった少数でも高い攻撃力を持つ蜀が一気に敵を打ち崩すことは不可能ではないだろう。



しかし・・・



「その突破口が作れないんだ。火矢はもちろん、発石車(はっせきしゃ)衝車(しょうしゃ)も使用を禁止されている。」


忌々しそうに智也が顔をしかめる。


発石車とは投石器の一種で、てこの原理を応用し人力で1回で50kgもの石を飛ばすことができたという攻城兵器である。官渡(かんと)の戦いで曹操が使ったことで有名だ。

衝車は破城槌(はじょうつい)の一種で、城門を突破するために使用されるこれまた攻城兵器のひとつだった。

流石にそんな物騒なモノを、軍学とはいえ学校の授業の中で使うわけにはいかないだろう。南斗高校教師陣に常識的な判断能力があったことに感謝したい。


「それに突破口が開けても、そう簡単に2年が崩れるとも思えません。もしその乱戦が長引くようならば間違いなく3年が奇襲をかけてきますね。一気に両方とも潰す絶好の機会ですから。」


私が3年の立場なら必ずそうしますと冷静に話す内山に、全員が眉をひそめる。

リアリティーが有りすぎて誰も反論できなかった。



長期戦は問題外。

かといって短期戦も難しい。


攻城戦は八方ふさがりの様相を見せていた。





「・・・フム。」


桃は無意識に(あご)に手を当てた。


黒い瞳がけぶる。



ゴクリと息をのんで、皆が桃に注目した。



そのまま桃は、小さく口を開いて・・・たいへん可愛らしいあくび(・・・)を1つした。




「ふぁ〜んぅ。」





「・・・へっ?」


「桃!?」


「桃ちゃん!」



「あ、ごめんなさい。昨日面白い本を読んでいて、ちょっと夜更かししちゃって。」




てへっと恥ずかしそうに桃は笑う。


皆、呆気にとられた。




「・・・でも、良かったわね。」




あくびをしたため、目じりにちょっぴり(にじ)んだ涙を拭きながら桃が笑う。


「え?」


「良かったとは?」


ポカンとしている仲間に、だってと桃は言った。



「篭城戦ってことは、2年の皆さんは攻めて来ないってことでしょう?」



余計(・・)な戦いをしないで他の戦いに専念できるものと桃は笑う。





・・・確かにそうだった。


孫子も言っている。

攻城之法、爲不得已・・・城を攻めるのは、他に方法が無い時だけなのである。



桃たちには、呉の城を攻める以外の方法がないわけでは・・・ない。

他に戦うべき相手がいるのだ。



「先に魏を攻めるか。」


「魏を手に入れ戦力を大きくすれば、呉を攻めるのも容易いし、交渉次第では無血で降伏させられるかもしれない。」


「いや、呉のことだ、我らと魏が戦えば、背後をついて討って出てくるかもしれないぞ。」


「それこそ飛んで火に入る夏の虫だ。おびき出す手間が省ける。」


途端に軍師たちは、戦いに関して活発な議論を繰り広げた。


間違いなく、攻城戦をするよりも”方法”は沢山あるようだった。




ふふっと笑いながら、桃はそんな彼らを見詰める。


桃の瞳は、やはり深くけぶっていた。


桃の名誉のために言っておきますが、桃が夜更かしして読んだのは兵法書の類だったりします。


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