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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 2

 学年委員会の会場である第一会議室に集まった面々を見て、桃は顔を引き攣らせていた。


桃のような一般人がいないという事実にではない。

もうそれは、とっくに諦めた。

そうではなくて・・・他のクラスの委員の中に、“張飛”と“諸葛亮”と“劉備”を名乗る人物がいるという事実に・・・桃は思いっきり引いていた。


(“物好き”がいるとは聞いていたけれど・・・)


桃のクラスの(しゅん)だって(・・・名前で呼び合う事は、既に決定事項となってしまった。最後は多数決で押し切られた形だ。数の暴力って怖い・・・と桃は思う。)最初は“劉備”を名乗るつもりでいたと言っていたのだから、いるのは当たり前の事かもしれないが・・・


何でわざわざトラブルを自ら引き寄せるような真似をするのだろう?


桃には理解できない思考だった。どうせ偽証するならば、桃のような数ならぬ存在にすれば良いものを・・・と桃は思う。


もう一度集合前に配られたクラス委員名簿に目をおとす。

ご丁寧に“前世(自称)”まで記載された名簿は更紙(ざらがみ)ではなく、きちんとした厚手の上質紙で印刷されていた。

何度見てもため息をつかざるを得ない。

だいたい、どうして桃が委員長で明哉が副委員長なのだろう?

見た途端、猛抗議したのだが・・・名簿順に決めたと意島に言われて力が抜けた。

やはり相川と言う苗字は、(ろく)な事を運んでこない。


深いため息をつく桃は、やはりというべきか・・・この場で注目を集めていた。


たった一人の女子(学年主任の横山はいたが、女子とは流石に呼べないだろう。)生徒なのはもちろんのこと、昨日の初々しい代表挨拶も全員の記憶に新しい。


何より・・・


「相川さんは、どなたかの夫人であられましたか?何分(なにぶん)私は、36歳で死んでしまったので“来夫人”という名を知りませんが・・・」


2組の永井が丁寧に尋ねてくる。


桃は思わず苦笑した。


(龐統よね・・・)


あまり目立たない平凡な容姿の男子生徒である。前世の龐統もこれといって特徴のない風貌の男だった。だからこそ正史には特に記述がなかったのだろうに、どうして演義では醜いなどと書かれてしまったのだろう?

何だか可哀相な男だった。


「私・・・漢安の農民の妻です。」


桃の返事に、きいた永井のみならず明哉以外の全員の間に驚きが走る。


皮肉にもそれこそが、桃が注目される一番の理由だった。


「農民の・・・」


流石の龐統も絶句する。


「何でそんな奴がここにいるんだ?」


苛立ちも露わに言ったのは5組の串田だった。

威風堂々とした大男である。

“張飛”の名を(かた)る男だ。(翼が張飛だと確信している桃にとっては“騙り”としか言いようがない。)外見だけでいえば、余程翼より張飛らしいと言えるだろう。


「私の”桃”を侮辱するのは、許しませんよ!」


反応したのは、明哉だった。


・・・というより、誰が?何時?お前の”桃”になったのだと桃は言いたい!

物凄い色気を込めて「桃」と呼び捨てるのもこの場では止めて欲しかった。


「何だよ。お前の女なのか?」


「違います!!」


大声で否定する桃を明哉が恨めしそうに見るが、その態度を止めろと桃は言いたい。


キッと睨み付けた桃から、何故だか赤くなりながら明哉は目を逸らし・・・そのまま串田に向き直った。


「あなたに、彼女をそんな風に言われたくはありませんね。・・・彼女は昨日の入学式で1年全体を救った、我々すべての恩人です。それもわからぬ(やから)が彼女を(おとし)めるような発言をするのは我慢できません。」


串田に対する明哉の言葉は冷たく、ブリザードをまとっているかのようだった。


「救った?・・・何の事だ?」


(いぶか)る串田を(たしな)めるのは、同じ5組の委員長の牧田だ。

優しそうな顔立ちの牧田は、三国志時代の戦乱の中、自ら治める荊州を平和で豊かな地とした”劉表”をまさに思い起こさせる穏やかな人物に見えた。


「串田くん。確かに多川くんの言うとおりだよ。相川さんが昨日の新入生代表挨拶で、先輩方への指導を願うことを”しなかった”おかげで、今日俺達は1年生だけでこの話し合いの場を持てている。そうでなければ、多分今この場には2年と3年の代表者も同席しているはずだ。・・・そうですよね。横山先生?」


牧田の問いかけに、横山は苦笑して頷く。


「少なくとも吉田くんと仲西くんは来る気満々だったわね。5クラスをどうやって半分に分けるか真剣に話し合っていたくらいだったもの。」


自分が少し離れて座っていた間に、そんな話をしていたのかと桃は呆れる。


串田も大きく顔を顰める。


「”曹操”と”孫権”なのだろう?・・・確かにそんな事態はごめんだ。それを防いでくれたのであれば・・・あんたには感謝する。(あざけ)るような言い方をして悪かったな。」


意外と簡単に串田は謝った。案外素直な性格なのかもしれない。


(悪い人ではないのかも?・・・っていうか、単純なの?)


謝罪を受け入れながら桃は串田への印象を変える。

一緒に謝ってくる牧田は、やはり大人びた人格者のイメージだった。



桃たちの話が落ち着いたところで、横山が各クラス委員に競技会への参加者名簿の提出を求める。


名簿を出しながら隣に座った永井が先ほどの事を謝ってきた。


「すみません。私が不用意な話題を振ったばかりに・・・」


桃は永井の丁寧な物言いに思わず笑った。


「全然気にしていないから謝らなくても良いですよ。・・・それより、その話し方を止めませんか?私たち同学年ですよね?」


「え?・・・」


桃の言葉に、永井は動きを止めた。

何故か・・・赤くなる。


「あの・・・では、私も”桃”さんと呼んでいいですか?」


「え?・・・」


今度は、桃の動きが止まった。


(何でいきなり名前呼び?・・・しかも話し方は直っていないし・・・)


「ダメです!」


断ったのは・・・明哉だった。


「え?・・・」


「”桃”を名前で呼びたいのであれば、1組の仲間になりなさい。名で呼び合う事は、我がクラスの間の正式な取り決めです。仲間になるのであればその取り決めに加えてやってもかまいません。」


(何、それ・・・?)


桃は呆気にとられる。


なのに、何故か永井は考えこみ始めた。

その永井に明哉は、なおも言葉を重ねる。


「”伏龍(ふくりゅう)” ”鳳雛(ほうすう)”と並び称された私達です。今なら対等な関係で同盟を結んでやっても良いですよ。」


明哉のとんでもない上から目線の言葉に・・・永井は、吹き出した。


「ははっ!・・・あぁ、間違いない。孔明、お前だ。相変わらずなのだな。・・・わかった。うちのクラスは1組につくよ。」


「おい!」


たまらず口を出したのは谷津(やつ)だった。


「委員長だからといって勝手に決められては困る。」


当然だろう。

谷津は、忠義で知られた蜀の老将”黄忠”だ。孔明が2人居て、しかも本物かどうかはともかく”劉備”を名乗る者がいる現状で、1組につくとは言えないだろう。


「老将軍。どのみち最後の模擬戦では、どこかのクラスと組まなければ単独での勝利は難しいでしょう。だとすれば私は、本物(・・)の孔明の居る1組と組みますよ。・・・最終的には出し抜いて勝利を得るとしてもね。」


永井の発言を聞いた、孔明を名乗るもう1人、4組の清水が面白くなさそうな顔をする。


桃は、正々堂々と言われる内容に、呆れてしまった。


つまり、最初は協力して他のクラスをやっつけて、最後は裏切って自分たちが勝つのだと宣言しているのだ。


(それって、どうなの?)


なのに明哉は、ひどく嬉しそうに笑う。


「簡単には抜け駆けさせませんよ。最後に勝つのは1組です。」


「当たり前だ。簡単に勝っては、つまらない。」


明哉と永井は笑い合ってがっちり握手を交わす。


策士同士の友情は・・・桃の理解の範疇を超えた。


頭を抱える谷津と目が合う・・・


谷津は、眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒で外見はまるで違うのに、深いため息をつくその仕草が何だか桃のクラスの藤田剛に、よく似ている。

黄忠が死んだのが75歳。張昭は81歳のはずだ。現在の年齢が15歳だとしても雰囲気に年齢を感じるのは仕方のないことかもしれなかった。


・・・しかし、谷津は桃と合った眼鏡の奥の目をキラリと光らせる。


(え?)


「どうやら手を組むことになったようだし・・・よろしく”桃”さん。俺の事は悠人(はると)と呼んでくれ。」


15歳という年相応の若々しい笑みを向けて、ちゃっかり名前で呼んでくる谷津・・・いや悠人に、桃は目を瞠る。


「な!抜け駆けですよ、老将軍!」


「まったく・・・年寄りは油断も隙もない。」


年寄ではなくて、今どきの調子のいい若者にしか思えない。

中身は経験豊富な老人で行動力は若者なんて・・・とんでもない存在ではないのだろうか?


「・・・よろしくお願いします。“悠人”さん。」


だから桃は、ニッコリ笑って返事をした。

敵には回したくない存在だと思った。


満足そうに頷く悠人の耳が少し赤い。


慌てて自分のことも”天吾(てんご)”と呼んでくださいと言ってくる永井にも笑って名前を呼ぶ。

なんとなく和やかな雰囲気(1、2組限定だが・・・)になったところを・・・横山の困惑した声が破った。


「ちょっと!1組のこの参加者名簿は本気なの?」


それは、言われるだろうと予想した言葉だった。

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