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セカンド・アース  作者: 九重


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クリスマス 10

叫んだのは理子だった。

その頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。


「桃ちゃんは悪くない!そんなの人間として当然のことよ!」


理子の言葉に誰もが頷く。


「生存本能という言葉が専門的に使われなくなって久しいけれど、生きたい、死にたくないという心は誰でも持っている。死んでもいいと思う方が問題だろう?」


冷静な言葉は牧田だった。



「桃、お前は悪くない!」



翼の言葉は簡潔である。


桃は目を見開いた。



「あ、でも・・・」



「でももヘチマもない!お前は生きようとしてくれた(・・・・・)。それが“兄者”としての意識なのなら、お前が生きようとしたのは俺たちのため(・・)だ!兄者はいつだって、俺たちのため、民のために()ろうとしてくれていた。それを“穢れている”だなんて、例え兄者本人にだろうと言わせられない!」



翼の言葉は、桃を貫いた。


「あ・・・益徳・・・」


らんらんとした熱い瞳が桃を睨む。


強すぎるその視線を遮るように西村が立ち上がるとそのまま前に進み出て、その場で頭を下げた。


「智也・・・」


「殿の危険に矢面に立てなかったこと、法正慙愧(ざんき)に堪えません。よくぞここに転生してくださいました。殿が簡単に生を諦めておられれば、今この場で我らが(まみ)えることはできなかったでしょう。私はそう思います。これより後は、我が身にかえましても生涯殿をお守りすることをお誓いいたします。」


不利な戦の中で、敵の矢の当たる場所に居た劉備を(いさ)めるために、法正が矢面に立った事がある。その性格について決して褒められる事の無い法正であったが、劉備に対する忠誠だけは疑いようもないものだった。


西村に続き、我も我もと桃の前に叩頭する者が続く。


全員が桃の苦難に心を痛め、自分が何の助けにもなれなかったことを悔やんでいた。



「みんな・・・」



背後に立つ明哉が、桃の震える小さな肩にそっと手を置く。

その手は、自分の言ったとおりだったでしょう?と桃に語りかけているかのようだった。


暖かな心が打ち寄せて、桃の硬く凍りついた心を打ち崩す。


自分の話を聞いて、それでも今までと同じように・・・いや、今まで以上の優しさを持って接してくれる仲間たちが、本当にありがたかった。



「いいの?私は、私は・・・自分の子供を」



それでも、我が子を殺したのだという桃の心の負い目は大きい。


震えながら口にしようとした言葉を、それまで黙って聞いていた利長が(さえぎ)った。





「桃。そのことだが・・・その子供は、“阿英(あえい)”と呼ばれてはいなかったか?」


突然の利長の質問に、桃は大きく息をのむ。


「!?・・・どうして、その名を?」


来珠の子は、名を(えい)といい、幼かったため“阿英”といつも呼ばれていた。(阿とは子供などを親しみをこめて呼ぶときに冠する語である。)


「やはりな。」と利長は言った。


「俺の中学時代の同級生に、前世の自分はそう呼ばれていたという奴がいるんだが・・・」


その男は、前世ではまだ“幼いうちに死んでしまったため”に、正式な自分の名前もどんな身の上だったかもわからないのだそうだった。ただ当時食べていたものなどのおぼろげな生活の記憶から、おそらく利長と同じ時代の中国に生きていたのだろうと思われていた。


「もちろん、そんな不確かな記憶では南斗高校に入学することは叶わなかったがな。」


その同級生は利長の地元の高校に進学したそうだ。




「そいつは、自分は大雨で氾濫した川に流されて死んだと言っているんだ。」




桃の顔からザッと血の気が引く。


「兄哥!」


翼の非難の声に利長はまあまてと手を上げる。




「そいつは・・・阿英は、前世の母親(・・)の“自慢”ばかりしている奴なんだ。」




「え?」




全員の目が丸くなった。


桃の口は、ポカンと開けられる。


耳にタコができる程聞かされたその自慢話を思い出し、眉間にしわを寄せながら利長は話す。


阿英の母親は絶世の美人だったのだそうだった。


「キレイで、色が白くて、ほっそりしていて、当時の自分は子供だったし相手は自分の母親だからそんな(・・・)目で見た事はなかったけれど、今思い出せば、うっとりするほどの麗人だった・・・と熱く語っていたな。」


そんな(・・・)目ってどんな目だよ?と中学生だった利長は心の中でツッコみながら同級生の話を聞いていたそうだ。

しかもその後に必ず、「優しくて、それでいて凛としていて・・・」と延々と美辞麗句が続くという。


聞きながら、蒼白だった桃の頬に、かすかに羞恥の色が差した。

頬を両手で押さえる。


そんな桃の様子を少し安心したように見ながら利長は話を続けた。




その同級生の自慢話に利長がいつも付き合ってやる理由は・・・その話をした最後にはいつでもその同級生が泣く(・・)からだった。


「そいつは大雨の夜、大好きだった母親の言い付けを守らず外に出たそうだ。必死で親の後をついていって、そして当然のように足を滑らせ氾濫した川に落ちてしまったのだという。・・・そいつが泣くのは、そんな自分を助けるために川に飛び込んでくれた優しい母の生死を心配してのことだ。」


桃の体はピクリと震えた。


肩に置かれた明哉の手が、励ますかのように力を増す。


利長の目が真っ直ぐに桃に向けられた。


「幼い自分の手を必死に握り、離すまいと掴まえてくれる母を見ながら、そいつは、とてつもなく怖かったと言った。真っ黒く濁った濁流の中で、白く小さく細い母の手が折れてしまわないかと不安だったと。荒れ狂う水に叩かれ、鼻や開いた口から大量の泥水を飲んで、意識を失いかけて、自分は死ぬのだと思ったその瞬間、恐怖より何より自分が言いつけを聞かなかったばかりに大好きな母までこのまま死んでしまうのかもしれないということに、大声で泣きわめきたいほどに怖かったのだと。」


もちろんその当時の幼子にそこまではっきりとした自己分析などできようもなかったが、転生しその恐怖を思い出した同級生は、自分は確かにそう思っていたのだとそう言う。




「そいつは、母にしがみついていた手を自分から(・・・・)離したと言っている。力がもう入らなかったのと・・・自分が離せば母は助かるかもしれないと思ったからだと。媽媽(マーマ)に死んで欲しくなかったと。最後の最後に手は離れたが、それが遅すぎなかったか?とそれだけを心配しているとそいつは言って泣くんだ。・・・大好きな媽媽は助かっただろうか?と。」




桃は・・・ポロポロと涙をこぼしていた。


利長が立ち上がり桃の側に近づく。



「桃。」



呼ぶ声は、(いた)わりに満ちていた。



「お前が助かることをお前の子供は望んでいた。例え俺の同級生がお前の子供とは違う別人だったとしても、俺はそう思う。」



利長の声は確固たる自信に満ちていた。



「あの子は・・・阿英は、私を恨んでいないの?」



対する桃の声は・・・揺れている。



「そうだ。むしろ、心配している。」



利長の強い声は桃の震える心に沁みた。


桃は、流れる涙をこらえるように瞳を閉じ、歯をくいしばる。


「ッ・・・ぅっ、フゥッ・・・」


嗚咽が漏れた。


利長の手が優しく桃の頬を包む。



「誰もお前を責めない。みんながお前を心配している。・・・だから、自分で自分を責めるのを止めろ。」



利長の声は・・・桃の呪縛(じゅばく)を解く。



桃は、泣いた。



流れる涙を利長の手で(ぬぐ)われて、背中を明哉に支えてもらい・・・みんなの暖かな思いに囲まれて、泣いた。




その涙は、今度こそ桃を本当に解放したのであった。

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