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セカンド・アース  作者: 九重


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クリスマス 7

今回のお話はシリアス成分多めです。(当社比でなくとも…)

セカンドアースは最後にはハッピーエンドを目指すお話ですので、どうか安心して最後までお付き合い願えればと思います。

仲西邸の豪華な一室で、桃は呆然と仲西を見詰める。


仲西は言いづらそうに、しかしきちんと桃の正面に立って話しかけてくる。


「・・・たまたま偶然で、知らずに使っているのだろうが、(いわ)くのある“偽名”は使わない方がいいだろう?」


純粋に桃を案じる仲西はやはり美形だ。


(人間じゃないみたい。綺麗に整い過ぎていて・・・)


まるで、神か仏・・・天使のようだと桃は思う。


頭がガンガンと鳴り出した。



(私の“罪”を(あば)きに来た天の使い。)



桃の瞳は、静かだった。

だから仲西は気づかない。


「父の前世は漢安の人だろう?だからあの地方の古い書物や資料を趣味で収集しているんだ。その中に三国時代から晋にかけて漢安を治めていた郡太守の”(でん)”があって・・・いや、伝といってもごくごくつまらない地方の出来事を”編年体(へんねんたい)”でくどくどと書き連ねているだけのものなんだが。」


伝とは紀伝体(きでんたい)と呼ばれる歴史書のスタイルの1つで、皇帝の記録を()と呼び、皇帝以外の人の記録を伝と呼ぶ。編年体とは歴史の書き方の基本的なスタイルで、年表の詳しいもののようなものをいう。


・・・それは、さぞかし歴史的には値打ちのあるものなのだろう。

あの時代の歴史書の最大の欠点は、当時の風俗や政治の制度、官の事業といった下部構造の記述がほとんどないことにある。桃たちの世代で三国志時代の人物がぞくぞくと転生してきて、その抜けた部分を補いつつあるものの、当時の地方官吏の日常を綴った伝の値打ちは計り知れないものがあるはずだ。


仲西は言葉を続ける。



「その中に漢安で起こった洪水の記載があって、そこに“来珠(らいしゅ)字は季芳(きほう)”という女の名前があった。」



ゴールデンウィークに家に来た桃が、父と漢安の話題で盛り上がっていた事を覚えていた仲西は、桃を招いた1日遅れのクリスマスパーティーで同じ事が起こった時、自分もその話題に入れるようにと父の書物を漁ったのだった。とはいえ、膨大なその書に嫌気を覚え、パラパラとめくっていた時、偶然その名が目に飛び込んできたのだと語る。


「お前の“偽名”と同じ名だろう?」


桃が劉備だと・・・劉備だけ(・・)であると信じて疑わない仲西にとって、それは本当にただの偶然に思えた。(らい)という姓も(しゅ)という名も、季芳(きほう)という(あざな)もどこにでもあるありふれたものだ。



桃の視界から仲西以外の全てが消える。


真っ白な空間に立つ、整い過ぎた完璧な容姿の男が・・・桃を告発した。




「その名を使うのは止めた方がイイ。それは・・・大雨の最中に対岸の堤を切って1つの村を全滅させ、あまつさえ自分の子供まで殺した(・・・)“大罪人”の名前だ。」




真っ白だった桃の世界が反転する。




闇に囲まれて桃は悲痛な叫びを上げた。




「うあぁぁっっ!!!」




「桃!?」




仲西の呼び声が遠くに聞こえた。








時は遡る。


この日、桃は1年の主だったメンバーのほぼ全員と仲西邸に赴いた。

むろん仲西は桃1人だけを招きたかったのだが、剛や理子にパーティーの計画がバレて全員を誘わざるをえなくなったのだ。


みんなで楽しく移動していたのだが・・・


「明哉は残念だったな。」


たいして残念そうでもなく、頭の後ろで両手を組みながら翼はそう言った。


翼の首には桃の編んだマフラーがしっかり巻かれている。

それを言えば、桃の仲間たち全員が同じマフラーを巻いていて、桃たち一行はそのスタイルと雰囲気でかなり目立っていたりする。

ここに何をしなくとも目立って一際人目を惹く明哉がいないことは、幸いなのかもしれなかった。


今回明哉は、家の都合で一緒に来ることができなかったのである。


なんでも今日は明哉の母親の誕生日なのだそうで、この日だけは普段忙しい両親も休みをとって家族全員で食事をする習慣なのだそうだった。


「両親ともにお医者さまなんでしょう?」


スゴイわよねと感心したように理子が言う。

もっともそういう理子だって、仲西財閥の中でも有力な一族である須賀家のお嬢様だったりするのだが、理子にはなんとなくそんな面を感じさせないおおらかで明るい雰囲気があった。


「いつも必ずいる人がいないとなんだか寂しいわよね。」


ね、桃ちゃん?とその雰囲気のままに理子が笑いかけてくる。


利長や翼といった他の男子たちが、「あんなうるさい奴、何が寂しいもんか。」とブツブツと呟いたが、幸いなことに桃には聞こえなかった。


「・・・うん。でも、明哉は遅くなるけれどパーティーには来るって言っていたから。」


桃は笑いながら理子にそう返す。



「え?」



なのにその言葉を聞いて、全員が驚いたように桃を見た。




「・・・俺は聞いていないぞ。」


利長が低く呟く。


桃はゆっくりと瞬きした。


「明哉は・・・お母さんに交渉して、今年は昼食だけにしてもらったって。」


そう言われれば、明哉がその件に了承の返事をもらったのは、昨日の夕方頃だったなと桃は思い出す。だとすれば、まだ誰にも伝えていないのかもしれなかった。


・・・というか、ひょっとして自分がみんなに伝えなければいけなかったのだろうか?と桃は焦る。


「ごめんなさい。私、黙っていて。」


申し訳なさそうに謝る桃に、なんだかおかしな顔をしていたみんなが慌てて首を振った。


「あ、いやこれぐらいの事は。」


「そうそう、明哉のことだからきっと仲西には連絡済みだろうし。」


口々に大丈夫だと全員が桃を慰める。



「・・・でも、桃。桃はそれを明哉から電話ででも聞いたのか?」



翼の質問に桃は首を左右に振った。


「直接聞いたわ。」


「いつ?」


「昨日。」


昨日は確か(非常に腹立たしいことながら)吉田とプラネタリウムだったよな?と、全員が思ったが・・・そう言えば明哉は、方向が同じだと言って桃を送って行ったのだということをほぼ同時に思い出す。

ああ、その時かとようやくみんな納得しようとしたのだが。



「結局、昨日は吉田さんが帰ってしまって、私、明哉と2人でプラネタリウムを見たの。」



桃が爆弾発言を落とした。



「なっ!?」

「何で?」

「どうしてそんなことになったんだ?」


聞かれて桃は・・・首を傾げる。

理由は、なんとなくわかるような気がするが、それを言葉としてはっきりと説明するのは難しかった。


口ごもる桃に、その場の空気が一気に殺伐としたものに変わる。


「チクショウ!抜け駆けだ。」

「それで連絡を寄越さないんだな!」

「・・・姑息な。」

「ヒドイ。私だって桃ちゃんとプラネタリウム行きたかったのに。」

「殺す!絶対殺す!」


・・・・・・・・・


殺気だつみんなを見ながら桃は、明哉がバレたら本気で殺されると心配していたことを思い出す。

そんなバカなことあるはずないと思っていたのだが・・・


(・・・3回もキスしたってことは、言わない方がいいわよね。)


今更ながらそんなことを思う桃だった。


次はぜひ自分とプラネタリウムに行こうと誘う仲間たちを見ながら、そんなに何度もプラネタリウムばかり行けないわと、桃は深いため息をついた。





その後仲西邸に着き、豪華なクリスマスパーティーに参加していた桃たちだったのだが(到着と同時に覇月率いる2年軍団に襲撃されたのは、歓迎セレモニーの一環だと思いたい。その後、剛にこってり叱られた覇月は、自分が南斗高校に入学した時のための訓練だと胸を張って宣言した。当然、剛から説教をたっぷり追加されていた。)そのパーティーの最中に、桃はこっそりと仲西に呼び出されたのだった。



そして・・・自分の”名”についての話を聞いたのだ。



前世の悲惨な思い出を一気に蘇らせ桃は悲痛な叫びを上げる。

その声は、広い仲西邸に響き渡った。




そしてそれは、丁度遅れて到着した明哉の耳にも届く。


案内に出た仲西家の家人を振り切って明哉は走り出した。


「桃!!」


駆けつけた部屋の中には、おろおろとどうしたらよいのかわからずに立ち竦む仲西と、耳を塞ぎ、蒼白な顔で歯を喰いしばり、ギュッと目を閉じてその場にうずくまる桃。そして明哉同様桃の悲鳴に集まったものの、当の桃の拒絶に声を届かせることもできずにいる仲間たちが居た。



「桃!!」



明哉が叫ぶ。



その声が・・・どう届いたのか。



桃が、ゆっくりと明哉の方を見る。



「・・・明哉。」



フラリと立ち上がり、縋るように桃は明哉の名を呼ぶ。



桃の頬には滂沱の涙が流れていた。




駆け寄る明哉の手が桃に触れた途端・・・そのまま桃は力を失ってガクリと明哉の腕の中に倒れ込み・・・意識を失った。

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