クリスマス 4
前半少し暗めですが、後は甘々です。(当社比)
安心してお読みください。
自分の前世の全てを支えたいという明哉の心に触れて桃の心は喜びに震える。
たまらなく嬉しかった。
繰り返された転生の中でも、これほどに熱い心を向けられたことは未だかつてない。
明哉の言葉は桃の持つ、辛く苦しい前世の記憶に優しく沁みこみ、そこを暖め溶かすかのようだった。
・・・しかし、溶けるかに見えた暗い記憶は頑なにそこに在り続け、桃の心の中で悲しみが頭をもたげる。
(そんなの無理だわ。)
気づけば桃は静かに首を横に振っていた。
「・・・桃。」
自分の心を受け入れてもらえないのだと思った明哉が力なく呟く。
桃はもう一度首を振った。
「違うわ。・・・ううん違わない。私の全てを受け入れようとなんてしてはダメよ。」
桃の口調は優しかった。
「桃?」
なのに何故か明哉の背中はゾクリと震える。腕の中に抱き締めているはずの桃が、今までで一番遠く感じられた。
見詰める明哉の瞳から逃れるように、桃は視線を逸らす。
桃の口が小さく開いて、言葉が絞り出された。
「・・・生死のぎりぎりで生きていく者の醜さを知っている?人としての尊厳も何もかもを捨てて、生きることにしがみつくしかない者の哀れさを?」
明哉は息をのんだ。
桃は顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔で笑う。
「私の前世はそんな記憶で溢れているの。・・・近づいてはダメよ。明哉はキレイなんだから。」
汚れちゃうわと呟くと、桃は明哉の瞳に浮かぶだろう嫌悪を見たくなくて顔を伏せた。
それほどに、桃の前世のいくつかは、辛く筆舌に尽くし難いほどに厳しいものだった。
夜毎見る悪夢を思い出しそうになり、ギュッと唇を噛む。
ゆっくりと明哉から身を離そうとした桃は・・・反対に、突如苦しい程の力で明哉に抱き締められる。
「明哉!」
「桃、桃、桃・・・」
明哉は・・・泣いていた。
美しい黒い瞳に涙が盛り上がり、あとからあとからこぼれ落ちてくる。
「・・・明哉?」
その涙が“キレイ”だと桃は思った。
「后悔!・・・何故私は本当にあなたと一緒に転生できなかったのか。何故あなたが救けを必要としていた時にお側に居られなかったのか。桃、桃・・・すみません。」
声を絞り出し、明哉は嘆く。
そこにあるのは純粋な後悔と身を切るような悲しみだった。
桃は、明哉が血を吐くのではないかと思う。
明哉の激情は、今度こそ桃の心に沁みていった。
自分をこれ程までに思ってくれる心に、桃の心は痺れるような喜びに浸される。
恐る恐る明哉の背に両手を回した。
「・・・ありがとう、明哉。」
桃の感謝の言葉に明哉は首を振る。
「感謝などいりません。私は何もできなかったのです。」
「明哉のその言葉だけで十分よ。」
明哉はイヤだと言うように首を横に振る。
「・・・本当にありがとう。明哉。」
もう一度桃は言った。
明哉も感謝の言葉はいらないと再び返す。
涙で濡れていた黒い瞳が、ひたと桃に向けられた。
「・・・私が欲しいのは、桃あなたの心です。私を頼り、心の苦しみを私にも分け与えてください。桃、私はあなたを支えたい。」
「明哉。」
桃はキュッと力を込めて明哉の服の端を握った。
「・・・今すぐにはまだ無理だけど、いつか聞いてくれる?私の愚かな前世の話を。」
明哉は力強く頷く。
ここで桃の前世が愚かなはずはないと否定することは容易いだろう。しかし、今の桃が必要としているのは、そんな否定や慰めの言葉ではなかった。
桃が欲しいのは自分の全てを・・・辛く苦しく惨めで、そしてそれ故に”愚か“ですらあったであろう前世の自分までをも含めたそのままを受け入れてくれる存在だ。
明哉にはそれがよくわかっていた。
「桃、私は有りのままの今のあなたを愛しています。あなたの前世が“どんなもの”であろうとも、それが今のあなたを形作ったものならば、私はその全てを受け入れます。・・・私を信じてくださいますか?」
桃は、小さくコクリと頷く。
そのまま2人は暫くただ黙って抱き合っていた。
夜の静寂は、心地良く荒立った心をゆっくりと宥めてくれる。
桃は、明哉の胸にそっと額をつけた。
明哉の体がピクリと震える。
「桃・・・あまりそういう可愛いことをしないでください。理性が焼き切れそうになる。言いましたでしょう?私は、あなたを抱き締め口づけし、あなたの全てを私のものにしてしまいたいんです。」
このままでは、その言葉を実行してしまいますよと半ば冗談のように言いながら、しかし明哉の声は、震え掠れていた。
桃はクスッと笑う。
「もう、抱き締めているわ。」
・・・確かにそうだった。
この状況はどこからどう見ても抱き合っているとしか見えないだろう。暖を取るとかそんな言い訳が通じるような体勢でもない。
明哉はボンッと赤くなったが、それでも腕の力を緩めるようなことはしなかった。
桃も離れるような素振りは見せない。
明哉の腕の力がわずかに強まった。
「・・・そうですね。既に1つめの願は叶っています。では、2つめは?」
頭の上から聞こえてきた言葉に、桃は「え?」と顔を上げる。
その桃の顔に、明哉のキレイな顔が降りてきた。
びっくりして目を見開いたまま・・・桃は、明哉の口づけを受ける。
至近距離で見る明哉の顔には、涙の痕が残っていた。
そんな顔でもキレイだなんてズルいだろう。
(まつげ・・・長い。)
なんの脈絡もなく、ふと思った。
今までの長い前世の中でも一番優しい口づけが桃の唇に熱を移す。
桃はうっとりと瞳を閉じた。
冷えた夜気にその熱は、燃える炎の暖かさを桃に感じさせる。
しっとりと重なった唇は、やがて静かに離れて行った。
目を開けた桃の瞳に、熟れたトマトのように赤い明哉の顔がとび込んでくる。つい先刻まで涙に濡れ、今は熱に潤んだキレイな黒い瞳の中に、同じくらい赤く上気した自分の顔が映っていた。
・・・ここは、セカンド・アースだ。
明哉も桃も前世では、口づけどころか伴侶を得て子を生す行為まで余裕で経験済みである。
それでも今この瞬間の2人は、間違いなく初恋を叶えたばかりの初々しい恋人同士に見えた。
「桃、あなたを愛しています。私と付き合ってくださいますか?」
あらためて明哉は桃に申し込んだ。




