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セカンド・アース  作者: 九重


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クリスマス 3

明哉は驚いて振り返る。


「桃!?」


そこには、もうとっくに自分の部屋で休んでいるはずの桃が立っていた。


「どうして、ここに?」


己の目が信じられずに明哉は問う。


「なんだか目が冴えちゃって。」


桃は笑ってそう言った。

目を見開く明哉に、ゆっくりと近づき、視線を合わせる。


・・・明哉は、桃のその言葉が言い訳であることを直ぐに悟った。

おそらくパーティーの間から少し沈みがちな自分の様子を心配し、真夜中に外を歩く姿を見つけてついてきてくれたのだ。


恥ずかしさと申し訳なさに、明哉は面を伏せる。

そのくせ、胸の内には、自分のことを気にかけてここまで来てくれたのだという事に対する喜びが沸々と湧き上がっていた。


どうして良いかわからずに立ち竦む明哉に、声がかけられる。


「明哉こそ、こんな遅くに外で何をしていたの?」


急にそう問われて答えに窮した明哉は、夜空を仰ぎ思わずこう答えた。


「星を見ていたのです。」


桃は、「まあ。」と言って目を丸くする。


「ステキね。ひょっとして明哉って星座とかに詳しい?私に教えてくれる?」


「・・・ええ。」


引っ込みのつかなくなった明哉は、もう一度今度はきちんと星を眺め、星座を指差し語り始めた。

桃は興味深そうに聞いてくれる。


(あなたは、いつも(・・・)そうして私の話に耳を傾けてくれる。)


意図せず訪れた幸せな時間に、明哉の心は大きくドキドキと脈打っていた。




喜びに頬を赤らめて語られるその話が暫く続いたところで、桃が小さくクシュン!とくしゃみをする。


「桃!?」


「流石に寒いわね。」


テヘッと笑うと、桃は寒そうに首を竦める。よく見れば、パジャマ代わりのジャージの上に大きめのカーディガンを羽織ったのみの薄着だった。

先刻明哉は自分が、冷えて体調を崩してしまうからと屋内に戻ろうとしていたことを思い出す。

喜びに昂揚して自分が寒さを忘れてしまっていた事に気づいた。


慌てて明哉は自分が着ていた上着を桃に着せかける。


「これを、桃。このままでは風邪を引いてしまいます。」


明哉は桃の体が心配でたまらなかった。


「ダメよ。そんなことをしたら明哉の方が風邪を引いちゃうわ。私だって毎日軍学の授業で鍛えているのよ。このくらいの寒さなんか平気だから、それは明哉が着て。」


「ダメです!着てください。」


桃も明哉も互いに相手の体を気遣い、どちらが上衣をかけるかで言い争いになった。

双方譲らぬ言い合いは続く。




「もうっ。」


突然、桃はそう言うと、明哉の腕を掴みそのまま引き寄せる。

くるりと体を反転させて、そのまま明哉の胸の中に飛び込んだ!!


「え?うわっ!?・・・も!桃?!」


「早く上着を着て。」


「え?」


「その上着は大きいから二人羽織みたいにして着られるでしょう?」


ハッとした明哉はあたふたと自分たち2人の上から上衣をフワリと被る。


「これで良いわ。あったかい。考えたら、布きれ1枚よりも人肌の方が暖かいに決まっているもの。そうでしょう、明哉?」



明哉は・・・自分の顔が火を噴くのではないかと思った。



「それは確かに、桃の言うとおりですが・・・でもこの体勢は!」


腕の中にすっぽりとおさまる桃の体の感触に、明哉の心臓はバクバクと音を立てて高鳴る。


なのに桃は、どうしてよいかわからずモジモジと体を動かす明哉の手を自分の体の前に回させて、しがみつくかのようにその腕をギュッと抱き締めた。


「大丈夫よ。これでもの凄く暖かいもの。・・・ね、さっきの星座の話の続きをして。」


桃は上機嫌でそう言った。


確かに暖かい。暖かいが、だからと言って、この体勢はない!と明哉は思う。


慌てふためき、なんとかしなければと思い・・・そう思いながらも、喜びが身を浸すのを止められようもなかった。


15歳の高校1年生の男女が深夜に体を密着させているこの状況はもの凄くまずいんじゃないかと思うのだが、明哉の胸のときめきはそんな罪悪感を軽く凌駕する。

共に過ごす内にかけがえのない存在となった少女が自分を案じてくれる優しい心が、人のぬくもりという形で明哉に伝わるのだ。これほどに幸せなことはなかった。



「桃・・・」


「男は諦めが肝心よ。」



尚ぴったりと体をくっつけられてそう言われれば、明哉はその言葉に従うしかなかった。


いや、従いたかった。


眩暈のするような幸福感と共に明哉は桃を抱き締める。

せがまれるままに星座の話を続けた。





やがて桃がポツリと呟く。


「この世界でも星座は同じなのね。」


明哉はハッとした。

ここがセカンド・アースだという事実をあらためて思い出す。



「ここはどこ(・・)なのかしら?」



自分たちの居た地球ではないはずの、しかし何もかも・・・星座すらもそっくり同じ世界。

この世界が何なのかという疑問には、アインシュタインやレオナルド・ダ・ヴィンチといった天才たちの生まれ変わりと称する者でさえも答えを見つけられずにいた。



「私たちは・・・私は、どこまで来てしまったのかしら。」



独り言のようにその言葉は呟かれる。


明哉は、突如腕の中の桃が消えてしまいそうな焦燥にかられて、華奢な少女の体をギュッと抱き締めた。



「我が君。」



「?・・・明哉、私は、」



明哉は桃の言葉を遮るかのようにその体をなお深く抱き締める。



そのまま、ずっと言えなかった“願い”を、とうとう口にした。



「話してください。何故その身を偽られるのかを。・・・私をほんの少しでも信頼してくださるのなら。・・・お願いします。・・・我が君、桃・・・私はあなたをお慕いしています。」



明哉は泣き出しそうになりながら声を絞り出し、自分の顔を桃の首筋へと埋めた。白く柔らかなうなじに請うように額を押し付ける。



桃はピクリと震えて・・・やがて長い息を吐いた。

背筋が伸び、その雰囲気がいつもの可愛いらしい少女のものから凛とした空気を(まと)(おごそ)かなものへと何の違和感もなく変化する。



「・・・孔明。私の軍師。」



“私の”と言われて明哉の胸は喜びに高鳴る。



「はい。」



「お前がそうであったのは、どのくらい前だ?」



だが続くその問いは、明哉の想定外のものだった。


「どのくらいとは?」


年数で言うのなら三国志時代は現代より1800年程も昔のことだ。しかし13歳で前世の記憶を蘇らせた明哉にとっては、自分がその時代を諸葛亮として生きていたという記憶はつい昨日のことのように鮮明に思い出せるものだった。



「私が劉備であったのは、はるか昔のことだ。」



桃は静かにそう言った。

その表情は背中にいる明哉には見えない。


「確かに我らが生きていたのは、はるか昔のことですが。」


不思議そうな明哉の言葉に、桃は小さく笑って「違う。」と言う。



「私には、劉備であった“その後”も様々な人物であった記憶がある。」



告げられた言葉に、思わず明哉は体を震わせた。



「!?・・・それは。」



「私は皆を(だま)していたわけではない。劉備として生き死んだ私は、その(のち)に間違いなく漢安の農民の妻として転生し生涯を終えた。」



明哉は言葉が出なかった。


そんなことは聞いたこともないことだった。セカンド・アースに生きる人の誰もが前世を持つがそれは必ず1つに限られる。だからこそ輪廻転生と言われながらも、誰も複数の前世を持つ存在がいるなどという事に考え至らないのだ。



「それからも私には何人もの人間に転生したという記憶がある。劉備以外は全て女性で、だいたいが底辺階層の住人だったな。」



農民の妻だったり、貧しい漁村の両親を早くに亡くした孤児だったり・・・



「虐げられ、搾取され、どの(せい)も生きるのに精一杯の日々だった。・・・私は、既にお前たちの知っている劉備ではない。」



桃の静かな声は、星々の輝く夜空へ吸い込まれ二度と戻らぬかのようだった。




「私を追うな。私はもうお前たちの求めるような存在ではない。」




明哉の腕の中、桃の体は固く強張りその後ろ姿は全てを拒むかのようだった。




明哉は桃の背後で大きく息を飲む。


長くて短い瞬くような()の後、明哉は隙間なく桃を抱き締めていた自分の腕を(ほど)くかのようにほんの少し緩めた。


そして、離れていく熱に桃が体を小さく震わせた瞬間、まだ腕の中にいる桃の体を反転させ今度は向かい合わせで尚深く抱き締める。



「孔明!」



「違います。・・・桃、あなたが我が君でないと言うのなら、私とて“亮”ではありません。」



明哉の腕の中で、桃が驚いたようにピクリと動いた。その顔が不思議そうに上を向く。



「・・・明哉?」



「桃・・・私は、あなたが転生し苦しんでいた時に、側にいれなかったことが悔しい。たった1人で運命の重さに喘ぎ、涙していただろうあなたを思えば、私の胸は辛く焦心に押し潰される。桃、私もあなたと共に転生したかった。」



明哉の言葉に桃は目を見開く。そんな言葉を聞かされるとは思ってもいなかったように明哉を見詰めた。



「・・・明哉。」



「そう、私は明哉です。“亮”も主君を敬愛し、我が身にかえても主君を守り従う意志を持っていましたが、でもこんな感情を主君に持ってはいなかった。・・・こんな焼き切れそうな、桃あなたの苦しみを思うだけで胸が詰まり、息ができなくなる“思い”は。」



「明哉。」




「あなたをこの腕に抱き締め、口づけし、あなたの哀しみも苦しみも全てを私のものにしてしまいたい。桃、私はあなたを愛しています。・・・こんな心を“亮”は知りません。」




熱い告白に、桃は眩暈をこらえるように目を瞑る。


「桃。」


明哉はこの上なく大切にその名を呼んだ。

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