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セカンド・アース  作者: 九重


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クリスマス 1

 きらびやかなイルミネーションが街中に輝きショーウィンドウの中は緑と赤のクリスマスカラーに染まる。

風は冷たくとも華やかな雰囲気に心が自然と弾む季節。


暖かな寮の団らん室で、たどたどしく2本の棒針を操りふわふわの毛糸玉と真剣に格闘する少女の姿があった。


「ここで目を休めて、半分だけ7段編むの。そしたらもう半分を編んで、それから全体をつなげて編めば通し穴ができるでしょう?」


格闘しているのは理子である。

桃は、そんな理子に長さの短い通し穴で止めるタイプのマフラーの編み方を教えていた。


「あ。やっ、目が外れそう。」


理子が焦った声を上げる。

その可愛い様子に頬を緩めながら、桃は落ち着いてと理子をなだめた。

理子は編み物自体がはじめてなんだそうである。

確かに、明るく闊達(かったつ)で誰よりお日様と風が似合いそうな美少女からは、室内で黙々と編み物をするイメージは浮かばない。

それなのに何故理子がマフラーなんかを編んでいるのかと言えば・・・


「桃ちゃんに手編みのクリスマスプレゼントをあげたいんだもん。」


・・・なのだそうだった。


だからと言ってプレゼントをあげる本人に編み方を教えてもらうのはいかがなものかと思うのだが、理子曰くサプライズより一緒に編み物をする時間の方が貴重なのだそうだ。


「それに、頑張って努力している私を桃ちゃんに見てもらいたいもの。」


桃に関してはどこまでも押しの一手で迫る理子だった。

その理子の戦法は正しい。

桃に対して気遣いや遠慮なんてものをしていては自分の“想い”は一生気づいてもらえないに決まっている。

入学式からはや9ヶ月。勉強はともかく桃に対する傾向と対策だけはばっちりな理子だった。


・・・ぜひ男子生徒に見習ってもらいたいものである。


とはいえ、男子たちも迫るクリスマスという一大イベントにまるっきり無策でいるわけではなかった。

南斗高校の2学期の終業式は、12月24日クリスマスイブ当日である。

終業式が終わり冬休みに入れば、全寮制の南斗高校の生徒たちは即家に帰る者がほとんどなのだが、彼らはその日に寮でクリスマスパーティーをする計画を立てた。



「桃の焼いたケーキが食べたい!」



そう言ったのは翼だった。


「え?」


「パウンドケーキ美味(うま)かった。また桃の作ってくれるケーキが食べたい。」


ダメか?と翼は上目づかいに桃を見てくる。


身もだえするほどに可愛い姿に、桃は困る。


「ダメじゃないけれど・・・でも何人分?」


パーティーには1年の都合のつく者は全員参加だと先ほど聞いたばかりだ。主だったメンバーで出られないと申告する者は誰もいなかった。

勢い桃も参加することになったのだが、その人数がかなりの数にのぼることは間違いないだろう。


「もちろん俺らも手伝う。材料費はみんなで出すし、チキンとかシャンパンとか他の料理はこっちで全部用意するから。」


だから頼む!と翼は桃の前で手を合わせる。


頭を下げた翼のフワリとくせのある黒い短髪を目の前で見て・・・桃は、仕方ないわねと笑った。


「やったぞ、みんな、イブは桃のケーキでクリスマスパーティーだ!」


うおぅぅっ!と地響きのするような歓声が上がる。


たかがケーキに大げさよねと思いながら、桃は一言釘を刺すのを忘れなかった。




「当然シャンパンはノンアルコールのものよ。」


翼の動きがギクリと止まる。


「・・・え?」


ノ・ン(・・)・アルコール。」


学校の寮で行うクリスマスパーティーなのだから当然である。

翼は、この世の終わりのような顔をして、ガックリと項垂れた。

翼ほどではないものの縋るような目で男子生徒たちは桃を見てくる。・・・三国志の武将たちは、張飛は言うに及ばず他の者たちも宴会好きの大酒飲みが多い。


彼らに向かい、無情にも桃は首を左右に振った。


うぉぉぉぅ〜と、今度は地を這うような嘆きの声が上がる。


多少思惑の外れた者はいたが、1年生は無事クリスマスイブ当日に、桃と一緒にパーティーを開く機会を得たのだった。





着々と準備は進んでクリスマスイブが近づいてくる。


理子のマフラーも順調だ。


滞りない流れの中で・・・何故か桃だけが、ダメ出しをくらっていた。


「何を考えているんだ?」


特に変わったことを考えたつもりなど何もない桃である。


「クリスマスイブに“恋人”と過ごさないなんて選択肢があるわけないだろう?」


桃は目をぱちくりと瞬いた。



(・・・恋人?)



何でそんな単語が出て来るのかわからない。


「付き合っている相手に、確認を取らないのはマナー違反だ。」


きっぱりと相手はそう言った。



(・・・・・・?)



桃は目の前の背の高い男を見上げる。


「付き合っているって・・・誰と誰が?」


勇気を出して聞いてみた。


「俺とお前だ。」


サラリと吉田は答えた。


桃の目が、限界まで見開かれる。


何だ気づいていなかったのか?と呆れたように言った吉田は、桃の髪をわしゃわしゃと撫でてくる。


「俺とお前は、南斗高校公認カップルだぞ。」


当然のことのようにそう言われてしまう。

デートだってしたし、プレゼントも受け取ってくれただろう?と聞かれて、桃は呆然としながらもコクリと頷いた。


「そういうことは、夫婦か恋人同士しかしないことだ。」


・・・確かに、考えてみれば桃と吉田のしてきたことは、自分の両親のしていることとそっくり同じだった。


そうか、自分は吉田と“お付き合い”をしていたのかと、桃は多少心に引っ掛かりを覚えながらも納得しかける。




そこに・・・


「馬鹿を言うな!」


内山が不機嫌な顔をますます不機嫌にして口を挟んだ。


「桃、あなたと吉田は恋人同士でもなんでもありません。」


きっぱりと言われて・・・桃はホッと安心する。


吉田が小さく舌打ちを漏らした。


それに内山は呆れたような視線を浴びせる。


「何をやっているんですか、貴方は?いくら桃が恋愛ごとに不案内だからといって、それに付け入り無理矢理恋人同士におさまろうなんて、やり口が“せこい”としか言いようがありませんね。」


絶対零度のその口調を聞きながら、桃は今更ながら、やっぱり自分はそういった方面には疎いのだなと改めて自覚した。





この頭を抱えるような事態は、12月になって2回目の3年生全校登校日に起こった。


久しぶりに吉田に(内山同席の元)呼び出され、当然のようにクリスマスイブのデートコースの希望を聞かれた桃は、これまた当然のことながらその日は寮でみんなとパーティーをするから会えないと断った。



そして桃は、ダメ出しをくらったのである。



「相変わらず、油断も隙も無い人ですね。」


内山の顔は嫌そうに歪む。


吉田はニヤリと笑った。


「利用できるチャンスはとことん利用するのが天下統一への早道だろう?」


そんな“せこい”考え方で魏が三国の覇者となったのかと思えば、内山ならずとも頭を抱えたくなるだろうが、吉田は少しも悪びれなかった。



「仕方ない、24日は諦めよう。・・・25日にプラネタリウムに行かないか?」



一転して出されたその案に、桃は軽く混乱する。


なんでも最近できたばかりのそのプラネタリウムは最新鋭のデジタルシステムを導入し、従来に比べて格段に鮮明な映像を楽しめ、なおかつアロマを使ったヒーリング効果や著名アーティストの転生者(・・・)とのコラボ作品などで超有名な施設なのだそうで、クリスマス期間のチケットを取るのはもの凄くたいへんだったそうだった。


「内容は保証する。」


隣接するレストランのランチも絶品で予約済みだと吉田は言った。



桃と行くこと前提で既に予約まで済ませている吉田の手腕に驚くとともに、あれ?と桃は思う。


同じことがひっかかったのだろう内山も眉間のしわを深くして確認してきた。



「予約は25日にとったのですか?」



当初吉田はイブのデートの希望を聞いてきたはずだった。

フンと吉田は鼻を鳴らす。


「イブをこいつが1年共と過ごすだろうことは予想出来ていたからな。」


桃は呆気にとられた。


では吉田は全て予想をつけた上で“あんなこと”を言ってきたのだ。


「だから、俺が希望を聞いたのはイブだけだっただろう?」


25日はすっかり予定が立ててあったから、万が一イブの桃がフリーだった場合は桃の希望を聞こうと思ったのだと、吉田は説明する。



(それって・・・)






「・・・本当に性質の悪い(・・)男ですね。」



内山が桃の気持ちを代弁してくれた。


あやうく桃は吉田に(だま)され、恋人認定されるところだったのだ。


そう言えば、前世で曹操は人材集めのためよく自分の敵を許し暖かく迎え厚く遇したが、その実本当に許せぬ相手は、厚遇すると見せかけて飼い殺しにし自分の宣伝効果だけを得るという全く持って食えない、人の悪い(・・)男だったなと、桃は思い出す。


吉田はその本性を隠しもせずに細い目をますます細めて楽しそうに笑った。


「ちなみにこの件は仲西も了承済みだ。あいつは26日に自宅のディナーにお前を誘うと言っていたぞ。」


行ってもかまわないが、浮気はするなよと吉田は桃の弱い耳元に囁く。


ブルリと桃は体を震わせた。



「俺は度量の大きい優しい“恋人”だろう?」



桃は大きく首を横に振った。





誰がだ?!というのが、桃と内山の正直な感想だ。





どうやらクリスマスイブのパーティーが過ぎても楽々できそうにない桃だった。


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