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セカンド・アース  作者: 九重


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修学旅行

目の前に所狭しと並べられたモノに桃の目は丸くなる。


天津甘栗のチョコレートにパンダの形のクッキー、同じくパンダの可愛いぬいぐるみや置物に雑貨が数種類。お湯に入れるとキレイな花が開く中国茶は女性に人気の一品のはずだ。果てはシルクのスカーフやレースの日傘まで・・・


それはいずれも中国のお土産品であった。


「こんなに、沢山・・・」


桃は絶句する。


目の前には荒岡をはじめとした2年の面々が我先にと桃に自分の買ったお土産をアピールしていた。


12月当初。

一足先に期末テストを終えた2年生は修学旅行に行ってきたのであった。


行き先は言わずもがなの中国である。

なんでも、三国志の転生者を大挙して抱える南斗高校に対し、中国政府は国を挙げて修学旅行先として自国を売り込んできたらしい。

至れり尽くせりの中国修学旅行4泊5日の旅を2年生は満喫してきたのであった。




それはいいのだが・・・


何でみんなが自分にお土産を買ってきてくれたのか不思議でたまらない桃である。


(お餞別(せんべつ)も何もあげなかったのに、こんなにもらっちゃったら、来年のお返しがたいへんそう・・・)


生真面目に桃はそんな心配をする。


そんな桃の心境を察したのであろう荒岡が見惚れるような笑みを浮かべて大丈夫ですよと桃に話しかけた。


「これは私たちが勝手に買ってきたのです。お返しとか余計なことは一切考えないでください。第一そんなことを考えられたら私のお土産は受け取ってもらえませんからね。」


爽やかな笑顔でそう言う荒岡のお土産は・・・見た目も可愛い色鮮やかなチャイナドレスだったりする。深いスリットの入ったその服はどう見ても桃のサイズピッタリで、いったいどうやって自分のサイズを知ったのかと考えると空恐ろしいものを感じてしまう。

しかも男が女に服を贈る理由には桃の顔を赤らめさせるようなものもあって・・・


確かにお返し何て考えたら絶対受け取れないモノだった。


悩む桃に剛が声をかけてくる。


「気にせず受け取るといい。そして気に入ったら笑ってやってくれ。・・・わしはそうする。」


剛の机の上も、2年からの修学旅行のお土産品でいっぱいになっていた。

しかも何故か漢方薬とか薬膳酒、墨、印鑑など高校1年生男子にあげるには渋すぎる一品ばかりが多い。

まあ、剛自身が嬉しそうなのでそれはそれで良いのかとは思うのだが。


確かに剛の言うとおりかもしれないと桃は思う。

気を取り直して、顔を上げるとフワリと笑った。


「ありがとうございます。」


桃の笑顔に大きな歓声が上がる。


修学旅行の間、なんとなく感じていた寂寞感が埋まっていく。


2年生が戻り通常通りの南斗高校の日々が戻って来たのであった。





その日の放課後、桃は仲西に呼び出されていた。


剛を通じ2人きりで会いたいというその願いを聞いた明哉や利長、翼たちは一様に眉を(ひそ)めたが、絶対おかしなことをさせないと剛に誓われて渋々桃を送り出してくれた。

それでもすぐ隣の教室にいる事だけは譲らず、何かあればこれを鳴らしてくださいと防犯ベルまで持たされた桃だった。


どれだけ信用がないんだとガックリした仲西にちょっぴり同情する。



「何のご用ですか?」



なかなか話を切り出さない仲西を桃は促した。


「あ、いや・・・修学旅行の土産を渡そうと思っただけなんだが。」


そういえば、荒岡たちがお土産を渡しに来てくれた時には仲西の姿はなかったなと桃は思い出す。

他に用があって来られなかったのだろうか?


それにしてもわざわざ呼び出さなくとも良かったのにとも思う。


(ひょっとして他の人に見せられないような何かなの?)


何を渡されるのかと、つい身構えてしまう。



しかし・・・少しためらった後に仲西が差し出してきたのは、なんの変哲もないガラスの小瓶だった。



(中国の工芸品?)


受け取りちょっとズシッとした中身に目を見開き、そのまま窓の方へ小瓶を持ち上げ光にかざしてみる。


(これって・・・?)



その中身はどう見ても、どこにでもありそうな砂に見えた。

星砂とかそんなものでも何でも無い普通の砂。


視線を仲西に移す。


仲西は、自分でも戸惑っているかのように眼鏡の奥の碧の瞳を揺らしていた。



「・・・長江(ちょうこう)の砂だ。」



ポツリと仲西はそう言った。


桃はピクリと震える。


手の中の小瓶が重さを増したかのようだった。


「わかっているんだ。ここはセカンド・アースだ。我らが生きたそもそもの地球ではない。この世界の大地に我らの血は流れておらず、故国の土をどれほど掘っても我らの屍は還っていない。」


仲西はその美しい顔に疲れたような笑みを浮かべた。



「それでも私は彼の地の大地に手を触れずにはいられなかった。我らが生きた地とそっくり同じ土、風、水・・・違いは私にはわからなかった。」



気づいたら砂を握っていたのだと仲西は言った。

何も考えずにその砂を持ち帰ってしまったのだと。


いらなければ捨ててくれと仲西は言った。


きちんとした土産は他にちゃんと買ってあり、品の確かな特注品の美しい白磁の陶器が、数日中には届くのだとそう話す。



・・・桃は首を横に振った。



小瓶に入った僅かな砂。

この砂を持ち帰るのに仲西はどれほど苦労したのだろうと桃は思う。


セカンド・アースでも検疫はあるはずだ。

そもそもの地球ほど厳しくはないのかもしれないが、仲西の家の力を使ったとしても簡単に通れることではなかったはずだと思う。


そこまでしても持ち帰りたかった自分たちとは何も関係もない、ただの砂。




・・・桃は祈りを捧げるように手を組み合わせ、その中に小瓶を握りしめた。


そのままその手を額に当てる。



「・・・風は吹いていましたか?」



静かに桃は訊ねた。



「ああ。」



「長江に船は行き交い人々は暮らしているのでしょう?」



「そうだ。・・・子供が笑っていた。」



そうですかと桃は呟いた。


そのまま俯く。


ならば、良いと桃は思った。




「・・・ありがとうございます。」




掠れた声で、桃は小さくささやく。


そのまま桃は、しばらく動かなかった。



窓から差し込む冬の弱い陽射しが、あっと言う間に短くなっていく。


仲西はただじっと黙ってそこに居てくれた。


これが吉田ならば、素早く桃に近づき抱き締めるのだろうなと桃は思う。


でも、今は、仲西のこの距離感と静かに側に居てくれる優しさが何より好ましいと桃は思う。




短くなった陽射しが夕刻の橙に染まるまで、桃と仲西はただ黙って教室に居た。


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