オープンスクール 2
「!?・・・意島先生が?」
たかが一教師にどうしてそこまでの権限があるのであろう?
桃の動きは止まる。
一瞬周囲の喧騒が全て消えて、凍りついたように桃には思えた。
遠くなる周囲に反し、すぐ近くで吉田の低い声が響く。
「あいつを普通の教師だとは思うな。あいつは自分の前世を管輅にはとても及ばぬ非力な占師だと名乗っているが、その正体は、はっきりしない。・・・少なくともあいつは昨年の入試で”お前”が来ることを予測して2次や3次募集を学校に行わせるだけの力を持っているということだ。」
そんな特例として入って来た”お前”が他ならぬ昭烈帝だと知るまでは、俺もそれ程警戒していたわけではないがなと、吉田は少し複雑そうに打ち明ける。
桃はショックを隠せなかった。
自分が高校受験に失敗し南斗高校の3次募集を受けるだなんてことを普通の人間が事前に知り得たはずはない。
それとも意島の占いは、そんなことまで予見することができるようなレベルのものだと言うのだろうか?
(そんなこと有り得ない。)
しかし、全ての状況はその有り得ないはずのことが実際に起こったのだと示していた。
桃は動揺する。
「・・・どうすれば?」
話の引き合いに出された管輅は、他人の寿命や自身の寿命まで言い当てたというほど力の強い占師だ。
三国志時代、優れた占師は主君に篤く用いられ、その言葉で一国をも動かせる存在だった。
意島の力はどれくらいで、一体何を目論んでいるのだろう。
再び唇をかんだ桃に、吉田は困ったように笑った。
「とりあえず、その直ぐ唇をかむくせを止めて、笑え。」
お前の笑顔は最高に可愛いと臆面もなく吉田は言う。
「吉田さん!」
「今のところ俺たちに実害はない。むしろここでの待遇は満足すべきレベルだ。俺はこの高校のやり口は嫌いじゃない。軍学の授業も気に入っているしな。」
ニヤリと吉田は笑った。
桃は黙り込む。
「俺の気を損ねぬ限り俺から動くつもりはない。他人の掌の上で踊ってやる趣味はないが、利害が一致するのであれば相手の意図に目を瞑るくらいはしてやってもかまわない。」
俺はそう思っていると不敵に吉田は笑う。
どこまでも偉そうな男であった。
三国が乱立し覇権を争い、戦いと計略が日常であったあの時代に生きた曹操にとって、現世の平和の中での意島や学校側の意図など気にするほどのことでもないのだと、桃は理解する。
そして、その吉田の考えは・・・共感できるものとして桃の中にもストンと落ちた。
確かに意島が、桃がこの高校を受験することを予見していたのであれば、その才は侮り難いものではあるが、桃に直接被害があったわけではなかった。
むしろ中学浪人をしないで済んだ今の状況を喜ぶべきなのかもしれない。
(・・・浪人していた方が平穏だったのは間違いないでしょうけれど。)
それでも桃は、南斗高校に入学しなければ良かったとは、もはや言えなくなってしまっていた。
明哉や翼、利長、理子といった仲間たちと共に過ごせぬ高校生活など何の魅力もないだろう。
わずか半年ほど前の自分とはすっかり変わってしまった考えに自分で驚く。
「・・・わかりました。」
考えた末に桃はそう言った。
迷い伏せていた顔を上げ、ニコリと笑う。
吉田の言うとおりだと思う。
例え誰かの意図で自分が・・・自分たちがこの高校に集められたのであったとしても、それは今のところ自分にとって不都合なものではない。
かえって利となることの方が多い。
ならばそれに乗った方が良いだろう。
少なくとも、自分がそう思える間は。
壇の下で学校側からの行事説明等を聞きながら、桃や吉田の様子に目を向けていたオープンスクール参加者たちの何人かが桃の浮かべた笑顔に釘付けになった。
可愛い女子高生の笑みなのに、何故か彼らの背はゾクリと震える。
やはりお前の笑顔は最高だと、細い目をますます細めて吉田は機嫌よく笑った。
南斗高校ミスとミスターの笑みは・・・眠れる獅子を目の前にしたかのような緊張を、前世を秘めた参加者たちに与えたのであった。
短いですが、きりが良いので今回はここで終わります。
なんだか桃ちゃんの笑みが、黒い…




