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セカンド・アース  作者: 九重


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デート? 2

目と口を大きく開けた桃の顔は、ちょっと“お間抜けさん”に見える。


しかし、どうか桃を責めないでやってもらいたい。

それくらい吉田の言葉は桃には予想外の言葉であったのだ。


他でもない吉田にそんなことを言われるぐらいなら、実は俺の前世は曹操ではなく張角(ちょうかく)だったのだと言われた方がまだショックが少ないだろうと思われた。(張角とは、三国志という大混乱時代の幕開けとなった黄巾(こうきん)の乱を起こした黄巾賊の総大将である。なんと一説では、仙人に巻物をもらった妖術使いであるらしい。)


呆気にとられる桃を、吉田は困ったように見つめる。


「そんな顔まで可愛く見えるのだから、末期だと思わないか?」


(いや、そんなこと私に聞かれたって・・・)


桃に返事ができるはずがなかった。


「自覚してから結構苦労したぞ。このテーマパークの下調べをして、どうすればお前が喜ぶかを真剣に考えて・・・前世で妻は大勢いたが、ここまで気を使った女はお前がはじめてだ。」


本当に吉田は苦労したのであった。


中でも一番の苦労は、このテーマパークに自分と桃との2人きりで来るという状況づくりであった。

今日のデート?は、明哉や翼、利長といった1年連中と2年の仲西、荒岡などを脅迫して諦めさせ(なんと吉田は、もし付いて来たら桃にほっぺにチュ!より凄いことをするぞと脅したのだった。)、城沢などの3年たちにも決して来るなと命令して、やっとつかんだ2人きりのシチュエーションだったりする。


ここまで苦労して告白すらできないなどという無様な真似を吉田はしたくなかった。

桃には、ぜひ自分の気持ちを知ってもらいたいと思っている。本来であれば、夜のロマンティックなイベント中に告白する予定でいたのだが、せっかく桃からきっかけを作ってくれたのだ。これを利用しない手はなかった。


期せずして告白を果たすことができた吉田に、このデートは気に入ったか?と聞かれて、桃は呆然としながら頷く。

すっかり魂が飛んでしまっている桃である。


吉田は嬉しそうに破願した。

心底嬉しそうなその顔は、反則技だと思う程にカッコいい。


()のお前に、俺の心に応えろとは言わない。だが今日のように一緒にいて楽しいのならば、これからも共にいる機会を俺に与えて欲しい。答えは・・・そうだな、卒業式までなら待とう。」


乞うていながら、なんだか上から目線で偉そうな吉田だった。

まあ、曹操なんだから当たり前と言えば当たり前の態度なのだが・・・


流れでなんとなく桃はまた頷いてしまう。

だって仕方ない。楽しいのは事実なのだ。


吉田は満足そうに笑った。



「それと、俺の想いと軍学の授業は別の話だからな。俺は私情で道を誤ることはしない。」



きっぱりと言った吉田に、桃は・・・あぁと思う。



「お前に向かい合い、恋をささやいている間は、俺はその恋に酔う。そんな時の俺の心にはお前しかいない。・・・だが、それだけが俺の全てではない。俺には友があり、共に戦う仲間がいる。俺が彼らに誓った全校制覇への道を見失うことはない。呉や蜀との戦いには俺は全力を尽くす。」



お前とてそうだろう?と聞かれて、桃はふと曹操の詠った『短歌行』を思い出した。


対酒当歌(酒に(むか)へば(まさ)に歌うべし)

人生幾何(人生幾何(いくばく)ぞ)

譬如朝露((たと)えば朝露の(ごと)し)


・・・そうだった。


曹操はそういう(おとこ)だったのだと桃は思う。


そして、並みの女性であれば、それってどうなの?と思う吉田の言葉を、桃は理解してしまった。


明日の命をも知れぬ戦乱の時代に大志を持って立ち、生きた曹操や劉備のような漢にとって、恋愛は決して至上のものではなかった。

恋をしている時は恋に酔い恋に生き。しかし、それに溺れるような真似は決してしない。


それが漢たちの生き様であった。




「さあ、行こう。せっかくのデートだ。楽しまなければ損だろう。」


吉田は立ち上がり桃に手を差し伸べる。


桃は・・・笑った。


笑って先ほど頭に思い浮かんだ歌を口にする。


「対酒当歌 人生幾何 譬如朝露」


吉田は驚いたように目を見開き、ついでニヤリと笑い、その続きを詠った。


「去日苦多 慨当以慷 幽思難忘 何以解憂  唯有杜康」

(過ぎた日々ははなはだ多く、悲憤にくれるばかりで物思いから離れられない。この憂いを何で解き放てばいい?それは、酒だ。)



「・・・お酒は20歳を過ぎてからです。」


「成人は13歳なのにな。」


「確かに理不尽ですが、仕方ありません。」


吉田と桃は顔を見合わせて・・・大声で笑い合った。


周囲の者が少しびっくりしたように、このちょっと変わった若い恋人同士に見える2人を見つめる。



「行くぞ。」



差し伸べられていた吉田の手を、今度は桃は進んで取った。


いつか、この男と酒を酌み交わしたいと桃は思う。

その時、自分たちがどんな関係になっているのかはわからないが、ただその酒はとても美味いだろうと桃は確信する。


その時を思い、クスリと笑った。


その桃の可愛い笑顔に見惚れた吉田は、桃の耳元に口を近づける。



「但為君故 沈吟至今」

(お前のためだけに、俺は詠おう。)



色気たっぷりに囁く。

ついでとばかりに、頬に軽く口づけた。


(頬へのキスをしないとは言っていないからな。)


心の中で吉田は、誰にともなくそう言い訳する。


桃の頬は、真っ赤に染まった。


「吉田さん!」


上機嫌に吉田は笑う。


この男だけは、油断禁物なのだと桃は心に刻んだ。






その夜。


ロマンティックな夜間限定イベントを思う存分楽しみ、門限から随分遅れて帰った桃は(当然吉田は事前にきちんと許可を取ってある。話を受けた意島は、2人で外泊されるよりマシだと言っていた。)待ち構えていた明哉や理子たちに捕まり、その日の出来事を洗いざらい全部報告させられた。


流石にほっぺにチュッまでは話さなかったが、吉田からの告白、その時のやりとり、自分の心情までもを桃は正直に話す破目になる。



・・・聞いていた明哉たちは、だんだんと微妙な顔になっていった。



わざわざ1年の寮に来ていた内山が黙って立ち上がる。


「楽しかったのですね?」


「はい。」


ならば良かったですといつもの憂い顔で言うと、そのまま帰って行った。

どこか、肩が落ちているように見えるのは気のせいだろうか?


他のみんなも、桃に「良かったな。」とだけ言って、それ以上の言葉はない。


報告会は、自然に解散になった。





その日の拓斗の日記に、話しを聞いた誰もが思い、しかし口にできなかった感想が書かれている。



“四言詩のやりとりや、あまつさえ酒を酌み交わしたいなどと・・・それはどう見たって男同士の熱い友情にしか思えないだろう・・・”



確かに、愛の告白をされたはずの桃の様子には、残念ながら砂糖1ミリグラムほどの甘さも感じられなかった。

はからずも吉田は、どれほど熱くストレートな告白をしてもそれが桃に本当の意味で届くのは難しいということを実証してしまったのであった。



なお、拓斗の日記には例によって余計な1文が付け加えてある。


“これって、ひょっとして(ビー)L?”


拓斗の日記が吉田の目に触れないことを心から祈りたい。

注:伏せ字にふりがなをふるのは、止めましょう。

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